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程 寧

2020年10月28日更新

Behavioral Profileアプローチからみた多義語の意味分析―移動動詞「あがる」を例に―

程 寧
修了年度 2019度
修士論文題目 Behavioral Profileアプローチからみた多義語の意味分析―移動動詞「あがる」を例に―
要旨
(1000字以内)

 これまでの多義語の意味構造を分析した研究では、主に内省分析、心理実験、コーパスという3つの手法が用いられている。コーパス手法は、語義を網羅的に分析することによって、内省分析に比べ客観的かつ有効であると言えよう。しかし、コーパスを用いた多義語の意味分析は、コーパスから収集された例文に対し、研究者の内省によって分析されることが多かった。客観性を高めるため、例文に対して統計的分析を行う必要がある。Behavioral Profile(以下、BP)アプローチは、コーパスから抽出した例文に対して統計的分析を用いた信頼性と客観性が高い手法であり、内省分析の結果の検証、プロトタイプの語義の認定、語義分類、意味ネットワークの決定に有効とされる。しかし、管見の限り、BPアプローチは日本語の多義語の意味分析にはまだ応用されていない。そのため、本研究は基本動詞「あがる」を例に、BPアプローチを用いて「あがる」のプロトタイプの語義、語義分類、意味ネットワークにおける意味拡張を分析した。

 その結果、第1に、「あがる」のプロトタイプの語義は、「上に移動(着点)」や「数量が増加」であると考えられるが、どちらがプロトタイプとは言い難い。そして、「上に移動(経路)」は単独ではプロトタイプの語義であるとは言い難い。かつ、単純にプロトタイプは、使用頻度とバリエーションの豊富さだけで容易に決めることは難しいということが明らかになった。第2に、「あがる」の語義分類は概ね内省分析の結果と一致していたが、内省分析の語義に当てはまらなかった例文もコーパスには存在していた。このため、コーパスから抽出する例文の数を増やしつつ、内省分析の語義を再定義したり、新たな語義を追加したりすることを検討すべきであると考えられる。第3に、「あがる」の全ての語義同士の相関は1%水準で有意であり、どれも非常に高い相関を示した。しかし、「あがる」の意味拡張について、内省分析とは一致しなかった語義のつながりもあった。BPアプローチの結果に基づき、「あがる」の内省分析の結果を再考する必要があると考えられる。第4に、BPアプローチは、客観的な手法として「あがる」の内省分析の結果を概ね検証できるが、結果の一部に解釈しにくい語義のつながりも存在していた。これは、BPアプローチの前提である、形式的振る舞いの類似性は意味の類似性を反映するという考えに限界があることを示している。つまり、一般的には意味の類似性は形式の類似性を伴うという前提は成立するものの、全く同義ではないということを暗示していると言えよう。

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