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2026年6月1日更新
| 修了年度 | 2025年度 |
|---|---|
| 修士論文題目 | 外国にルーツをもつ生徒と向き合う国語科教師の語り―エンカレッジスクールにおける経験の意味づけをめぐって― |
| 要旨 (1000字程度) |
日本社会の多文化化が急速に進展するなか、東京都が導入した「学び直し」を理念とする学校種であるエンカレッジスクールは、入試に学力考査がないことから、結果として日本語能力に課題を抱える外国にルーツをもつ生徒の進学先の選択肢となっている。しかし、母語話者を前提として成立してきた国語科の教育現場において、多様な言語的・文化的背景を持つ生徒への対応は、教師の専門性や役割認識に大きな変容を迫るものである。 本研究は、エンカレッジスクールA校に勤務する国語科教師4名を対象とした半構造化インタビューを実施し、Labov(1972)の枠組みを用いたナラティブ分析を通じて、多文化化・多層化する教室環境における教師の役割認識の再定義と教職アイデンティティの形成過程を調査した。 研究の結果、A校の教師たちは共通して、従来の文学解釈や感性を重視する「教養としての国語」を一時的に棚上げし、生徒が社会で生き延びるためのツールとしての「社会的スキルとしての国語」へと教育目標を転換させていることが明らかとなった。教師たちは、生徒が直面する学習困難やコミュニケーション上のトラブルを背景に、自身の専門性を「語彙力の育成」や「論理的な伝達技術の習得」へと再定義し、実生活に直結する力の育成に軸足を移している。 こうした変化は、学習に困難を抱える多くの日本人生徒を対象とした授業スタイルの適応の結果であるが、それと同時に、外国にルーツをもつ生徒に対し「無意識の包摂」がなされていた。外国にルーツをもつ生徒たちは、特別視されることなく、支援を要する集団の一員として教室の中に居場所を見出している。一方で、この包摂は、外国にルーツをもつ生徒固有の言語的・文化的背景や学習言語上の困難を「勉強が苦手な生徒」という大きなカテゴリーの中に埋没させ、不可視化させる可能性もある。 結論として、エンカレッジスクールにおける外国にルーツをもつ生徒の包摂は、多文化共生の理念主導ではなく、現場のニーズに応える教師たちの実践の副産物として成立している。今後は、「無意識の包摂」が生徒の視点にてどのように認識されているか、また他教科や他の学校種でも同様であるのか、多角的な調査が必要であると考える。 |