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趙 彦竹(ZHAO YANZHU)

2026年6月1日更新

中国人日本語学習者による授受補助動詞の使用と無使用 ―有標と無標の視点を中心に― 

ZHAO YANZHU   
修了年度 2025年度
修士論文題目 中国人日本語学習者による授受補助動詞の使用と無使用 ―有標と無標の視点を中心に― 
要旨
(1000字程度)

 本研究は、中国人日本語学習者が授受補助動詞をどのような場面で使用し、どのような場面で使用しないことを選択するのかを、有標/無標の枠組みから明らかにすることを目的とする。授受補助動詞は恩恵の方向性や人称関係を精緻に指標化する言語形式であるが、学習者の自然談話では使用が限定的であることが先行研究で示されている。しかし従来の研究は無使用を「使用すべき場面で使えていない」という欠如として扱う傾向が強かった。本研究はこの前提を批判的に再検討し、無使用を選択的な語用判断として捉え直す点に特徴がある。 

 調査では、日本滞在経験のない中国人上級学習者4名を対象に、2回のインタビューを実施した。第1回(日本語)では日常生活における経験を自由に語らせることで、授受補助動詞の使用/無使用の傾向を確認し、第2回(中国語)では第1回の発話を提示しながら、「なぜその場面で授受補助動詞を使わなかったのか」という語用的判断を語ってもらった。この二段階構成により、産出された形式とその選択動機を切り離して検討できるようにした。得られた280例の動詞から授受補助動詞が使用可能と判断される58例を抽出し、形式レベルと頻度レベルの二層で分析した。 

 分析の結果、授受補助動詞が使用されたのは16例にとどまり、多くの場面では「一緒に〜した」「〜する」などの単純動詞や共同化構文によって恩恵性が中立化されていた。教師・先輩からの個別的な支援や心理的価値をもつ評価発話など、恩恵性が明確な文脈では授受補助動詞が立ち上がりやすい一方、友人関係、家事、授業運営などの反復的・制度的行為は「役割」や「共同作業」として処理され、無標表現が体系的に選択されていた。また第2回インタビューでは、「(恩恵の意味合いが)強く聞こえる」「距離が近くなりすぎる」「事実ではなく感情が出てしまう」など、授受補助動詞の有標性に対する学習者自身の語用的認識が確認された。したがって、学習者の無使用は単なる習得不足ではなく、母語の語り様式や対人関係観を背景とした、恩恵性の可視化を調整するための関係デザインとしての談話実践であることが明らかになった。 

 本研究は、授受補助動詞の無使用を誤用ではなく語用論的選択として捉え、日本語教育においても形式の理解に加えて「恩恵性をどの程度言語化するか」という語用能力を扱う必要性を示唆するものである。 

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