お茶の水女子大学
日本文化研究の国際的情報伝達スキルの育成
コンソーシアム・シンポジウム一覧
コンソーシアム(平成19年度)
(1)
プログラム
開会式
7月5日(土) Session1
「人類・食・文化」
7月6日(日) Session2
「源氏物語の千年」
煎  酒
(2)午前の部 (3)午後の部 (4)研究発表 (5)パネル (6)復 元 (7)試 飲


 
 7月6日(日) 第2日目
 【Session2】源氏物語の千年 〜日本と欧米における源氏絵の旅〜


 このシンポジウムには源氏物語の名場面の数々が美しいカラー写真でスクリ−ンに映し出された。4人の発表者の多角的な発表を、通して聞くには5時間を要した。ある参加者(八十代の女性)からいただいた礼状を以下に示したい。

・・・スライドを見せて頂く等源氏物語の新発見で私たち三人ともとても楽しい時間でございました。最後までと願いながら、お一人のご都合で残念ながら途中退場してしまい心残りでございました。「新しい日本学の構築」の報告書を求めてまいりましたので、楽しく読ませて頂いております。
年寄ってから、これ程すばらしい人生になるとは思いませんでした。・・・

  清水婦久子氏の講演では『源氏物語千年紀展』(京都文化博物館 4/24−6/8)の展示作品と、国宝「源氏物語絵巻」を扱った。カラーコピーの手元資料には
‥租攤憾吉・源氏物語図屏風(出光美術館)60場面
⊆輒郢畤(17世紀)源氏物語図屏風   54場面
3入り『源氏物語』若紫巻(1650年)山本春正編
づ攤憾起(1617−91)・源氏物語図屏風(福岡市美術館)
が掲載された。´△倭歓沺↓い麓禹膣の北山の垣間見の図と、須磨巻の海近き住居に雁を見る図が示された。

 清水氏の講演は有名な北山の垣間見の場面に、尼君・少納言の乳母・若紫たちの他に雀の子・伏せ籠が描かれるが、さらにどの絵にも必ず桜の花が描かれることに注目する。それは源氏の視線と少女の間にあり、「夕まぐれほのかに花の色を見てけさは霞の立ちぞわづらふ」の歌によるのである。源氏物語がかくも多くの源氏絵を生んだのは、そもそも源氏物語の風景描写の文章が映像として具体化しうる光景を作ろうとする基本姿勢によっているからである(同氏『源氏物語の風景と和歌』1997年4月 和泉書院)。清水氏の研究の上に立つ丁寧な場面説明は非常に説得的であった。

 また、大和絵の中の桜、霞、雁、海などは物語本文の歌の素材としてあり、鑑賞者の享受する絵の世界は、和歌の世界をふまえ、その場面はもとより、人物の心情までも察知しうるものであることを説明された。
 
 原山絵美子氏は絶大なファン層をもつ大和和紀の漫画『あさきゆめみし』に親しんだ若い世代として、自分の経験を交えながら発表した。竹河巻は平安文学の研究分野では従来、源氏物語正編41帖と宇治十帖のつなぎの3帖として、巻の構想・人物呼称・和歌および文章の異質性(拙さ)に不審がもたれてきた。

 しかし国宝「源氏物語絵巻」には竹河巻から3場面が絵画化されている。それに対し『あさきゆめみし』では巻そのものがカットされている―それはなぜか、という興味深い問いを原山氏は抱いた。時代により、享受者により関心の光のあて方が異なること、しかもどの光にも豊かな内容を顕しうる作品であること、など源氏物語の本質を明らかにする出す問いとなるに相違ない。今回はいわゆる源氏絵の、藤のかかる松を前に対座する二人の貴公子の詠じた和歌の贈答について、その表現を実証的に考証し、新しい解釈を提出した。勅撰集のみならず私家集の索引類が整う研究環境(注1)と贈答歌を本質とする褻の歌(日常歌)の研究成果によって、物語内の和歌の注釈は新たな段階に入ったと言えよう。端的に言って従来の注釈書の和歌の解釈には首をかしげたくなるものが少なくない。夕顔巻の五条の小家に咲く夕顔の花は、身分卑しい者の比喩にはなっても源氏の顔を指すわけはないにもかかわらず、その解釈がまかり通る。この点、清水婦久子氏の近刊『光源氏と夕顔』(新典社 2008年)に詳しい。
 
 エステル・レジェリー=ボエール氏の昨年公刊した豪華本は部厚い3冊1組の高価なものであるが、3500部完売したという。源氏物語本文はルネ・シフェール訳の全文、それをはさむ形で左と右に、国宝「源氏物語絵巻」をはじめ江戸の土佐絵に至るいわゆる源氏絵を、大小・長短様々に切り取った図柄も含め配置した視覚的に美しい本である。

 フランスにおける源氏物語に対する認識はまだ浅く、そのような状況の中でこの本の出現は大きな意味をもつ。ルネ・シフェール訳にはなかった巻毎の登場人物の系図が加えられ、作品理解の第一歩となる点が特筆される。

 また、発表の中で紹介された初のフランス語訳を試みた「キク・ヤマタ」(山田キク)への関心は今後増大するにちがいない。  メトロポリタン美術館の渡辺雅子氏は博士論文に国宝「源氏物語絵巻」を扱った研究者であり、自身の経歴、またアメリカにおける源氏物語という文学の研究、絵巻や源氏絵など美術史の研究について紹介した。
 
 多種多様な源氏絵の中で、近世初期に制作された大がかりな、或る源氏物語絵巻が石山寺のほか、その一部がアメリカやヨーロッパの美術館や個人に所蔵されており、散乱したパズルを集め全体像を求めるのに似た知的興奮を伴う動きがあった(『源氏物語と江戸文化』森話社 2008年5月)。本学のシンポジウムの一週間後、立教大学で開催されたそのテーマのシンポジウムではボエール・渡辺両氏がパネリストであった。また、清水婦久子氏の大きく企画に加わった『源氏物語千年紀展』(京都文化博物館)にもその絵巻の一部が展示された。

 文学の研究でいえば、古筆切の研究が想起される。はじめ一冊(一巻)であったものの分断された一葉一葉の所蔵者の在り処、またそれぞれの流転の歴史が明らかにされ、原形復元の完成を目指すのである。

 今、概要を書くにあたり、シンポジウムの全体をふりかえって見ると、あらためて「源氏物語の千年―日本と欧米のおける源氏絵の旅―」と設題したシュワルツ先生の炯眼に深く感服する。また、参加した研究者は文学と美術史の両方の領域のそれぞれの関心事や、真実に迫る方法について学んだ。聴衆は知的また美的満足を味わった。

 源氏物語千年紀の実行委員会の企画をはじめ2008年の様々な行事の成功には目を見張るものがあった。年明け東京国立博物館の「宮廷のみやびー近衛家1000年の名宝」があり、国文学研究資料館の戸越から立川への移転記念特別展示「源氏物語千年のかがやき」(思文閣出版 10月)など続いた。王朝の生活、建築、服飾、音楽、書、香、紙、布、などについて、より正確な情報が蓄積されるようになった。また、書物そのものについても新出の大沢本をはじめ多くの写本、版本などが公開され、益するところ大であった。

 今年の様々な研究イヴェントの中で、国宝「源氏物語絵巻」をめぐって留意したいと私の考える最大のことは、その復元についてである。中古文学会の龍谷大学での春季大会において徳川美術館の四辻氏はX線によって絵の具の材質・分量・その割合などの分析を踏まえた復元と、剥落した絵の画面にいくつも認めうる後世の加筆の存在を明らかにした(中古文学82号2008年12月)。後世の加筆の存在は今までタブーとされてきたことである。また、そのことは、とりもなおさず、甦った現代の復元絵巻の細部にも、復元する現代の絵師の裁量にまかされた筆の跡がある―ということである。
 また、文学としての源氏物語について、フランスにおけるのと同様、日本から「日本文化」として押し付けられるほどには北米に源氏物語は浸透していない―この事実は重要である。
 
 現代のわれわれは一昔前の日本人がそうであったように、そのことをきいて源氏物語が過小評価されたといって憤慨したりはしない。ルネ・シフェールの言葉を引用するシュワルツ氏の文章にある通り、ごく少数の優秀な日本学研究者は、ヨーロッパ中心主義ではなく、生きた場所も社会もちがう平安時代の作品の中に今も昔もかわらない人としての共感を覚える奇跡に打たれるのである。

 そのことを私たちは知っているからこそ、一般の人々の中にフランスにおいてもアメリカにおいても源氏物語が浸透していない事実をありのまま受け止めることができる。源氏物語千年紀はたしかに古典に親しみ、それを見直し、現代をより豊かに生きる、大衆的な良い企画であった。一方、現代社会の男女にとって、平安時代の多妻婚は、あまりにもかけ離れた習俗であり、源氏の色好みは理解し易いものではない。時折用いられる「プレイボーイ」という語がどのように光源氏にふさわしくないか、簡潔に正確に説明できる教師は日本にもそう多くはあるまい。その意味では日本の一般の人々の中に源氏物語が浸透している程度も、西村亨氏の言うように(注2)決して深いとは言えないのである。

 作者は作品を書くことはできても古典を創ることは出来ない、という言葉は享受する側の重要な働きを明快にとらえる。その意味で源氏物語は日本において何時の世にも読者を得てきた、まぎれもない古典である。しかし文学研究に従事するものとしては、平安時代の制約や制度、価値体系の中における人間の悲喜こもごもを明らかにしたい。なぜなら、それこそが普遍的な感動を時代と空間を超えて伝える最適な方法であると思うからである。

注1 『新編国歌大観』と『私家集大成』、書籍のほかCDロムあり。『私家集大成』CDロムは2008年12月完成。
注2 西村亨『知られざる源氏物語』(大修館書店 1996年1月)
【文責 平野由紀子】
(2009/02/05up)



   【左】森山新(本学教授)による〈大学院教育改革支援プログラム〉の紹介。
   【右】司会ロール・シュワルツ=アレナレス(本学准教授)による「趣旨説明」。



1. 清水婦久子氏 (帝塚山大学教授)
源氏物語の絵画性




2. 原山絵美子氏 (お茶の水女子大学大学院 博士後期課程)
『源氏物語』竹河巻の絵画化 〜『あさきゆめみし』を出発点として〜




3. エステル・レジェリー=ボエール氏 (フランス国立東洋言語文化研究院 INALCO准教授 )
フランスにおける源氏物語 〜テキストへの視線と絵画への視線〜




4. 渡辺雅子氏 (メトロポリタン美術館アジア部門 主任研究員) 
米国における源氏物語イメージの 美術史的研究活動 






(2008/07/17up)

(1)
プログラム
開会式
7月5日(土) Session1
「人類・食・文化」
7月6日(日) Session2
「源氏物語の千年」
煎  酒
(2)午前の部 (3)午後の部 (4)研究発表 (5)パネル (6)復 元 (7)試 飲