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井浦 星香

2025年5月20日更新

日本語学習者の日英翻訳における「文化」の表象―社会記号論的翻訳論の視座から― 

井浦 星香
修了年度 2024度
修士論文題目 日本語学習者の日英翻訳における「文化」の表象―社会記号論的翻訳論の視座から― 
要旨
(1000字以内)

   本研究は、日本語学習者が日本語の原文テクストを英語に翻訳するという行為において、そこに「文化」がどのように表れるかを明らかにすることを目的とする。これまでの言語教育研究や教育活動において、「文化」という語はごく一般的に用いられてきたものでありながら、その概念についての検討は十分になされていなかった。また、言語教育における翻訳の実践研究においても、その前提となっているのは個別にカテゴリー化された固定的な「文化」観であった。そこで本研究では、「文化」を実践の中で生まれたり変容したりするものと理解し、その実践の一つとして翻訳という行為を捉える社会記号論的翻訳論の視座から、原文テクストや産出された訳文テクスト、および翻訳に関するインタビューの発話データについて談話分析を行った。

   調査では、 英語を第一言語とする5 名の上級日本語学習者を協力者とし、太宰治『斜陽』から抜粋した計 7 つの短い日本語テクストの英訳を行ってもらった。また、各協力者の言語・文化背景などについて調査する事前インタビューと、タスク終了後に全体を通しての感想などに関する事後インタビューも併せて実施したほか、タスク中にも、特に翻訳しづらいと感じたところや興味深いと思ったところなどについて適宜インタビューを行った。

   結果として、翻訳において原文で非言及指示的に指標される文化的概念は、言及指示的内容への焦点化によって訳文では一部捨象されることもあった。しかし一方で、そのような文化的概念を、原文から受けた「イメージ」として訳文にも反映させようとするさまざまな工夫も見られ、訳文テクストにおいて文化的概念が再生産されたり、場合によっては強化されたりすることが示唆された。また、原文テクストと訳文テクスト間におけるそのような「文化」の表象の違いを探るために、翻訳の実践そのものを通して指標される「文化」にも着目したところ、異化翻訳を通した「当時」対「現代」 、 「日本の社会」対「英語圏の社会」といった文化的対比の再生産や、翻訳に関するインタビューにおける「日本語母語話者」 対 「非母語話者」 という二項対立に基づく文化的ステレオタイプの創出が窺えた。よって本研究にて、翻訳における「文化」は、テクストと実践そのものの両面において前提的かつ創出的に指標されることが示された。以上を踏まえ、翻訳の実践はそれ自体が文化的コンテクストの中に埋め込まれたものであり、言語教育における翻訳の実践研究においてもそのように翻訳実践と「文化」の関係を捉えていくべきであることを主張した。

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