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2025年4月7日更新
少子高齢社会に進む流れのなかで、誰にでも使いやすい生活支援技術が求められています。本研究室は先端科学技術の福祉や医療分野への応用を専門とし、研究活動を行ってきました。人間工学・医用工学(Biomedical Engineering)という新しい学問分野を専門とし、医療や福祉の現場、さらには、家庭で役立つ機器やシステムの開発を進めています。具体的には、リハビリテーション工学、福祉工学、健康工学、医用工学、生体計測などの開発テーマを中心に研究を行っています。Quality of Lifeの向上をはかりつつ、人に優しい(侵襲の低い)機器システムを開発するには、医学・生物学と工学(物理・化学)の基本的知識が必須となるだけではなく、試作したシステムを現場・臨床に持ち込んで評価する必要があります。
このような分野で事業を展開しておられる企業様ならびに自治体様、是非、ご遠慮なく、産官学連携の声をお掛けください。
キャッチコピー: 工学(精密機械工学)をベースとする人間/環境中心技術の開発
キーワード: 機械工学、人間医工学、生活工学、ジェンダードイノベーション※、デザイン思考など。(左記に限定しません。人間中心の技術と広くお考え下さい)
※ジェンダードイノベーションとは、男女の性差の観点に基づいた基礎研究、 技術分析、製品・システム開発です。
参考ページ 日経ジェンダー会議講演:ジェンダードイノベーションとは何か? お茶女大と企業・自治体が挑む未来(20240913)
https://channel.nikkei.co.jp/202409gender_gap/2409131030.html
専門は人間工学です。人間工学は、人間から見て望ましいモノ・コトと、技術的・経済的に実行可能なモノ・コトを結び付けて製品をデザインすることです。これまで、機械工学をベースに、医用工学→医療ロボット→リハビリテーション工学→福祉工学→生活工学→健康工学→ジェンダードイノベーションへと、医療から暮らしへと展開しつつ、あたらしい人間中心の技術を社会と共創して来ました。
これまでの研究開発事例につきましては、下記をご覧下さい。近年は歩行関連技術が多いですが、あくまで事例です。人間工学は、生物学的ヒト、ならびに、社会での人を対象とする諸技術を広く扱います。既に確定した開発技術案を持ち込んで頂いても結構ですし、ふんわりしたアイデア段階でも(よろず相談的に)時間を掛けてテーマ探索する形でも対応致します。アカデミアにおける研究仮説も、ビジネスにおけるPoCも理解しております。お気軽に声をおかけください。
2021~2024年度に産学連携・イノベーション担当の副学長を務め、研究と教育(人材育成)の両面で、大学-企業・自治体との連携を進めてきました。他大との連携やスタートアップを含めて、「引き出し」も増えてきました。他大学の工学部、医学部のチャネルも有しております。
私個人の研究室で開発プロジェクトをお受けすることももちろんできますが、他に適切な相補的パートナー(学内外の大学研究者、関連企業)がいれば、それらの方々とチームを構成して、本学研究・産学連携課のスキームに則り、産学連携機能的に動くことも得意です。多くの多様なプレーヤーと開発するほうが、より速く、優れたアウトカムが得られると確信しております。下図をご参照ください。
◎以下ではこれまでの主な研究テーマを取り上げました.それら以外にも,近年では,高分子/ゲルの機械特性の評価法に関する研究, 簡便な腰椎穿刺法に関する研究,椎体骨圧迫骨折の判定法に関する研究,腸内細菌の新しい培養技術に関する研究,ヒト前足部(MP関節)の歩行機能評価に関する研究, 深層学習を用いた神経膠腫の分子サブタイプ予測,など,医療福祉から物質に至る 多彩な研究テーマを他機関との共同研究として近年実施してきております.加えて, Julien Tripette准教授との健康工学(身体活動量の評価・解析・応用手法)に関する研究にもとくに力を入れてきております. それらの研究の最新状況の詳細に関しましては,学生・アカデミックの方々も,企業の方々も,ビジネス分野の方々も,どうぞご遠慮なくお問い合わせ下さい。
高齢者の転倒予防デバイスの開発 →
TOF方式3次元距離測定カメラ →
光トポグラフィの応用 →
RFIDタグを用いた手術器械の個体管理システム →
低侵襲性手術支援システム →
ユビキタス実験住宅におけるヘルスケアシステム →
原子間力顕微鏡を用いた細胞微小環境の機械特性計測 →
原子間力顕微鏡による生体試料観察 →
動画像情報を利用した生体バイタルサイン計測 →
生体磁気刺激 →
初期褥瘡の無侵襲検出に関する研究 →
脊髄損傷者用歩行補助装置の開発 →
車いす常用者のための下肢運動訓練支援装置 →
対麻痺者のための新しいモビリティデバイス →
養護学校における災害・避難訓練システム →
小児歯科治療におけるストレスモニタリング →
■高齢者の転倒予防:歩行バランス機能の計測のための靴デバイス
転倒は骨折を引き起こし,身体的にも心理的にも悪影響を及ぼし,高齢者医療費,介護保険費用の高騰を招く要因となります.転倒予防には,下肢筋力の強化とバランス機能の向上が重要とされてきましたが,有効な評価方法が確立されていない状況が続いています.本研究では,高齢者の歩行機能を維持し転倒を予防するために,歩行に関するバランス機能の評価機器を開発することを目的としています.具体的には靴のインソールに圧力・剪断力センサを埋込んだ足圧計測システムの開発を進めています.歩行中に足の裏にどのような力が加わるかを測るための装置で,測定は無線通信により拘束無く行われることを特徴としています.高齢者の歩行に関する国内外の報告の多くは,トレッドミルなどの大掛かりな機器を使用した限定環境(非日常環境)での実験がほとんどであり,日常的転倒リスクや歩行機能評価には直接的にはつながらないと考えます.本研究で提案するシステムは日常的な歩行動作において無拘束かつ連続的にバランス機能の測定・評価が可能です.この足圧計測のためのウェアラブルデバイスを用いて,現在,高齢者の転倒防止のための基礎的研究を進めています.これまで,高齢者施設や幼稚園などでフィールド計測実験を行ってきており,それらのデータにもとづき転倒歴などの観点から,転倒防止プログラムの開発を進めています.写真左は圧力センサを埋め込んだインソール,写真右はこの靴による足圧測定の様子です.
An in-shoe device to measure plantar pressure during daily human activity.(Med Eng Phys. 2011 Jun;33(5):638-45.)
Measuring gait pattern in elderly individuals by using a plantar pressure measurement device.(Technol Health Care. 2014;22(6):805-15.)
■ 小児歯科治療におけるストレスモニタリング
痛みは単なる感覚ではなく,不安,苦痛などの情動の影響を受けます.それらは個人の主観的な体験であり痛みを客観評価する方法は未だ確立されていません.一方, 痛みの自己評価方法はいくつか報告があり,小児患者のトリアージのために,Wong と Bakerらによって考案された Face Pain Scale があります.歯科治療における患者の主訴の多くは痛みです.治療中の痛みに起因する恐怖や不安は受診を妨げる原因ともなり得ます.とりわけ小児は成人と比較し,神経生理学的な痛み閾値は高いにも関わらず,心理学的に感情や情緒の影響を受けやすく,術者・小児患者・保護者間のコミュニケーションや術者による患者の痛み・心理状態の把握が求められます.本研究では歯科治療中の痛みや恐怖を起因とする小児患者の心理ストレスをモニタリングする装置の開発を目的としています.そのためにまずは,治療の間に小児患者が感じている痛みや恐怖の度合いを,バルーンを握る強さで表現させ握力変化を計測する方法を検討しています.握力の計測と同時に,患者の R-R Intervalや皮膚電位活動などを計測し比較を行っています.
■ TOF方式3次元距離測定カメラ
近年,物体の形状計測の新しい方法として,TOF方式3次元距離測定カメラが開発されています(写真右,メーカホームページから).この計測原理は,カメラ前面のLEDから強度変調して発光された赤外線が,対象物体で反射して戻ってくるまでの時間を計測することで,その物体までの距離を取得するという TOF(飛行時間計測)方式です.サンプリングレートは最高50フレーム/秒であり,リアルタイムコントロールも可能なデバイスです.ここでは,このユニークな距離計測カメラを用いた生体計測・生活支援技術に関して研究を進めています.まずは,本カメラの3次元計測精度の検証を行うとともに,このカメラを利用したバイオメカニクス計測実験を行っています.具体的には,生体形状の計測,歩行運動の計測,実験住宅内での動作モニタなどに関して,一連の研究を展開する予定です.とくに,2013年度からは,下図に示すように高齢者の静止立位時および歩行時の運動をTOFカメラ等により非侵襲的に計測するとともに,得られたデータに基づいて,運動のモデル化にも取り組んでいます.また,運動機能向上のための介入(治療)方法として,新しい歩行運動法であるノルディック・ウォーキングに注目しています.この運動は歩行疾患に対する保存療法となり得る可能性があり,現在,骨・運動器疾患に対する治療効果の検証を進めています.
■ 光トポグラフィの応用(インタフェース,リハビリ,高次機能)
近年,近赤外光を用いることで,頭皮上から非侵襲的に脳の活動状態を記録する光トポグラフィと呼ばれる装置が普及しつつあり,人間の様々な活動に伴う脳の機能を調べることが可能となっています.研究室では,これまで,この装置を用いたインタフェース(Brain Computer Interface,BCI)について研究を行いました.BCIとは,脳活動情報をコンピュータのインターフェースとして利用することを指します(簡単に言えば,考えただけでコンピュータを操作する).BCIの技術は医療福祉やエンターテイメント分野等,様々な方面で実用化が期待されており,例えば,進行性筋ジストロフィーのため四肢が麻痺し,言葉を話すこともできなくなってしまった患者さんが,外界環境とコミニュケーションをとるために,脳活動の情報を利用することなどが考えられています. また,「回想法」と呼ばれる治療法に関する研究も行っています.回想法とは,高齢者が過去の思い出を語ることで過去の記憶を再統合したり,また,回想する過程を通して楽しい感情を想起させたりするという認知症セラピーです.これまでは,観察を中心とした定性的な治療評価が中心であった回想法ですが,今後は定量的な評価も重要と考え,回想治療中における脳の血流変化を測定しようと考えています.これにより,例えば,回想を行う際の契機として何が適切か,また,回想法において声を出して語ることは有効か?,等が解明されることを期待しています.(写真は光トポグラフィ装置ETG-4000,メーカホームページから.)
■ RFIDタグを用いた手術器械の個体管理システム
外科手術現場では,メス,ハサミ,鉗子などに代表される様々な手術器械(手術器具)が多数用いられています.手術器具の体内遺残事故を防ぐためにも,これらの手術器械は安全かつ適正に管理されねばなりません.本研究ではRFIDタグのユニーク性を利用することで,個々の手術器械(手術器具)にRFIDタグを取り付け手術器械を個体管理し,手術の質や患者の安全性向上を図るためのシステムの開発を進めています.左写真の白い丸が開発したRFIDタグ,右写真がRFIDタグのリーダです(読み取りの仕組みは,Suica,PASMOなどと同じです).本研究の意義として,医療過誤の防止はもちろんのこと,手術器械の自動管理による医療従事者の負担の軽減,手術器械の適正な保守態勢の実現,手術工程の管理分析などが挙げられます.
Evaluation of Surgical Instruments With Radiofrequency Identification Tags in the Operating Room.(Surg Innov. 2018 Aug;25(4):374-379.)
Corrosion Generation and Cleaning Effect on Surgical Instruments with Attached Radiofrequency Identification Tags in Long-Term Usage.(Surg Infect (Larchmt). 2019 Dec;20(8):665-671.)
Management of surgical instruments with radio frequency identification tags.(Int J Health Care Qual Assur. 2016;29(2):236-47.)
■ コンピュータ外科(Computer Aided Surgery):低侵襲性手術支援システム
侵襲性(出血や痛み)の低い外科手術の実現を目指して研究開発が進められています.ここでは.血液が満たされている心臓(心室)の内部を,心臓を止めること無く観察するための内視鏡の開発を行いました.CCDカメラを備えた内視鏡の先端(同軸ジェット・ノズル)から,透明な血漿を勢い良く噴出することで,CCDカメラの前を透明な状態にして観察を行います.つまり,内視鏡正面の血液を透明な血漿に一瞬置き換えることにより観察が可能となるのです.心臓は拍動を続けたままの状態で観察することになりますので,観察時に心臓に過大な負荷を与えることがないように,拍動タイミングと血漿の噴出タイミングを合わせる技術も開発しています.本技術によれば,人工心肺を利用することなく心臓内部を観察することができるため画期的な技術と言えます.動物実験を通じて三尖弁の映像を得ることができました.弁疾患の診断に有効と考えられます.
Endoscope System With Plasma Flushing and Coaxial Round Jet Nozzle for Off-Pump Cardiac Surgery. (Surg Endosc. 2011 Jul;25(7):2296-301.)
■ ユビキタス実験住宅におけるヘルスケアシステム
高齢社会に入り個々人が自己管理するヘルスケアシステムが求められており,現在,さまざまな生体計測技術を利用し,在宅で利用できるモニタ・計測機器として,ウエアラブルデバイス,家具組み込み機器などが開発されてきています.さらに近年では,発展著しいユビキタスコンピューティング技術を居住環境に導入した在宅ヘルスケアシステムも盛んに研究されています.ここでは,実験住宅Ocha houseを利用することで,身体を拘束することなく,ウエアラブルデバイスなど何も身につけることのない状態で,歩行関連情報を得る手法の開発を進めています.具体的には以下を実施しています.(1)建築躯体に加速度センサを埋め込んだ生活空間を創出し,住居内を生活者が移動する際の床振動から歩行情報を収集する手法を考案・構築する.(2)床振動計測と並行して歩行バイオメカニクス計測を行い,両データを比較することで,歩行時の床振動の発生伝搬メカニズムやバイオメカニクスパラメータの計測精度検証を行う.それらを踏まえて,計測された歩行データを利用したヘルスケア・アプリケーションを考案するとともに,被験者の短期居住実験を通じて有効性の検証をすすめています.
Assessing physical activity using floor vibrations in a smart home setting.(6TH INTERNATIONAL CONFERENCE ON AMBULATORY MONITORING OF PHYSICAL ACTIVITY AND MOVEMENTMAASTRICHT, THE NETHERLANDS)
■ 原子間力顕微鏡を用いた細胞微小環境の機械特性計測~細胞分化メカニズムの解明
生体から細胞を取り出し必要な機能に改変し,再び生体に戻す再生医療研究が盛んに進められています.任意の器官になりうる多能性を持つ細胞(幹細胞)が,種々細胞に変化するプロセスを細胞分化と呼び,現在,周囲の微小環境が幹細胞の分化に及ぼす影響が調べられています.Fischer ら(Science 2005 ほか)は,幹細胞の土台(周囲環境) の弾性率が 0.1~40kPa の範囲では,弾性率増加とともに細胞形状が球状から紡錘状に変化すること,さらには神経や筋, 骨などに分化することを示しました.幹細胞は足場の弾性率を何らかのメカニズムで認識するとともに,分化に関連した遺伝子に影響を与えたことを示した重要な知見です.現時点では, 幹細胞が増殖移動するための足場(土台),すなわち,微小環境の物理的特性(機械的特性)が細胞の機能分化に影響を及ぼすと考えられており,私たちもこれまでに,細胞培養の際の足場(ゲル)の弾性率を変化させることで,分化制御の可能性を見いだしてきています.具体的には,細胞培養時の土台となるゲル弾性率を変化させ,それを原子間力顕微鏡(AFM)により実測しました.すなわち,AFMのカンチレバーをゲルに対して強く押し込むことで,押し込み量とカンチレバー撓み量から弾性率を得ています(フォースカーブ法).現在,この手法に基づきゲル弾性率と細胞分化の関連性を詳しく調査しています.加えて,実測されたデータに基づき,細胞と足場の変形量をコンピュータで有限要素解析し,研究を進めています.(右写真がシミュレーション解析の計算結果).
■ 原子間力顕微鏡による生体試料観察:機械的ストレスによる赤血球溶血現象のナノスケール解析
1986年,走査型トンネル顕微鏡を改良し,Binning,Quateらにより原子間力顕微鏡(Atomic Force Microscope: AFM)と呼ばれる顕微鏡が開発されました.この顕微鏡の計測原理は,カンチレバー先端の微小探針(先端径1~20nm程度)を試料表面に近づけ,分子間に働くカをnNオーダーで検出することにより,試料表面の微細構造を観察するというものです.とくに近年では,表面微細構造の観察に留まらず,試料・探針間に働く各種相互作用力を検出することにより,微小領域における試料の物性計測も行われており,磁気力の検出,摩擦力の検出等が行われています.AFMは探針を用いて試料表面を走査すると言う原理上,試料に対する制約が少なく,導電体のみならず絶縁体の観察も可能となります.このため,無機材料に限らず,DNAや神経細胞等を含めた各種生物試料の観察が可能であり,さらに大気中に加えて液体中でも動作するなど,動作環境を選ばないことから,大気中において活性を維特できない生物試料の観察手法として期待されています.すなわち,生理溶液中で,生きた状態での観察が可能であるため,生体の様々な機能の「生きた」観察に期待が寄せられています.これまでに,ヒツジの赤血球を対象に免疫機能に関する観察を進めると同時に,人工臓器内で赤血球に及ぼす機械的ストレスについて研究を進めています.
Atomic force microscopic observation of mechanically traumatized erythrocytes.(Artif Organs. 2002 Jan;26(1):10-7.)
Changes in surface roughness of erythrocytes due to shear stress: atomic force microscopic visualization of the surface microstructure.(J Artif Organs. 2003;6(2):101-5.)
■ 動画像情報を利用した生体バイタルサイン計測
高齢社会の進展に伴い,在宅での疾病予防・健康管理の重要性が増大し,近年では高齢者の在宅健康管理を目的として,様々な手法を用いた医療システムが多数提案されています.これらのシステムは高齢者の生体信号を計測するとともに,診断のためのデータを蓄積・伝送する機能も備えており,慢性期疾病を有する高齢者に対する治療・リハビリテーション効果の診断・治療計画の策定なども可能です.ただし,そのためには長期間の生体生理情報の蓄積,加えて異常状態の検出手法の確立が必要不可欠です.さらに,これらの情報は日常的かつ連続に獲得されねばならないため,計測センサは対象となる高齢者の日常生活行動を極力妨げないよう,家屋内に設置したり衣類に装着される必要があります.しかし,患者側で利用される機器の多くは操作性,拘束性などの点で問題があり,現在,様々なかたちで計測の無侵襲化,無拘束化が進められています.本研究室では,無拘束・非接触という性質を有する動画像情報を利用することで,心拍数・呼吸数・姿勢動揺量などのバイタルサインの抽出・計測が可能なシステムを開発し有効性を確認してきました.高速度ビデオカメラなどから得られた動画像データを解析することで,呼吸数,心拍数,心拍変動(HRV)などの生体情報を抽出することを目的としています.
Heart rate measurement based on a time-lapse image.(Med Eng Phys. 2007 Oct;29(8):853-7.)
■ 非接触電気刺激としての生体磁気刺激
運動や感覚の麻痺に対し,電気により刺激をすることで治療を行う試みがあり,機能性電気刺激(Functional Electric Stimulation)と呼ばれています.ただし,生体を電気刺激する場合には電極を生体表面に設置したり,体内に埋め込むことが必要となり,それによる問題も多く生じます.これに対し,電極を用いずに生体を電気刺激する方法が開発されて来ています.磁気刺激と呼ばれる方法がそれです.原理は,コイル(変動磁界)により生じる誘導電流を利用した電気刺激であり,モータ等にも従来から用いられている方法です.この方法によれば,非接触、無侵襲に生体を刺激できることになりますので,たとえば衣服を着た上からでも電気刺激が可能となります.また,大脳皮質の表面を電気刺激することもできますので,脳機能の解明・治療診断等にも用いられるようになって来ています.ここでは,磁気刺激技術の福祉機器分野への応用を探る研究を進めています.具体的には,寝たきり高齢者の拘縮予防,排便促進などを目標に研究を行っています.磁気刺激により神経を有効に刺激するためには,変動磁界による渦電流の生体内での分布を十分考慮する必要があります.写真はそのために作成した生体モデル(計算機モデル)です.これに基づいて,骨モデルと体表モデルを光造形法にて作成し,内部を生理食塩水を満たすことで誘導電流の分布を実測しています.
■ 初期褥瘡の無侵襲検出に関する研究
褥瘡とは床擦れのことで,自発的に寝返りを打つことが出来ない寝たきりの高齢者,脊椎損傷者,車いす利用者,麻痺患者に好発する疾患です.褥瘡発生の原因は,体表面からの高圧力・高せん断応力の局所的印加による組織血流の減少・遮断とされています.血流不十分な状態が継続すると組織に供給される酸素や栄養の減少,老廃物の貯留がおこり,細胞壊死となります.これが褥瘡の出発点です.さらに血流不充分な状態が持続すれば褥瘡は拡大します.前述の患者群に褥瘡発生率が高いのは,長時間仰臥または座位で過ごすため,局所的高応力状態が長期間持続すること,また,加齢による循環機能低下,高齢であることや障害による体動困難,麻痺による無感覚などが褥瘡の発生・拡大を助長するからです.褥瘡は一度罹患すると治りにくく再発しやすいため,早期発見,栄養状態改善,体位交換の回数増加などの早期対策を行うことが重要とされます.患者本人や看護・介護者が体位交換や褥瘡好発部位の皮膚を頻繁に点検できれば問題はありませんが,実際には困難です.そのため,ここでは電気インピーダンス(電気抵抗)を用いた簡便な皮膚状態監視デバイスを提案し,褥瘡初期段階である炎症反応(発赤)の検出を試みています.
Multi-frequency Bioelectrical Impedance Analysis of Skin Rubor With Two-Electrode Technique.(J Tissue Viability. 2008 Nov;17(4):110-4.)
■ 脊髄損傷者用歩行補助装置の開発
筋肉は脳からの電気信号で制御されています.また皮膚内に多数存在する感覚器(圧,温度,痛センサ)からの電気信号は脳に入り筋肉の制御系内に取り込まれます.これらの電気信号は神経細胞によって伝達されますが,その細胞は脳から末梢側は脊髄によリ頑丈に守られています.不幸にしてスポーツ・交通事故等で脊髄が損傷し,この神経細胞が切断すれば,筋肉を自らの意志でコントロールする事も不可能となりますし感覚も消失します.脊髄損傷者は従って歩行が不可能であり,車いす上の生活を余儀なくされますが,ヒトの構造・生理は歩行に適するよう進化してきており,脊髄損傷者にとっても立位歩行を行う方が心理的にも生理的にも良いことが分かっています.歩行のための市販の装具として様々なものがありますが,いずれもリハビリテーション訓練を目的とした装具であること,僅かな段着越えも困難である場合が多いこと,等から日常生活での歩行補助を実現するには多くの課題が残されています.現在,市販の装具に簡単なモータを取り付けることで,歩きやすくする工夫を施した,動力型歩行補助装置の開発を進めています.
A two-degree-of-freedom motor-powered gait orthosis for spinal cord injury patients.(Proc Inst Mech Eng H. 2007 Aug;221(6):629-39.)
■ 車いす常用者のための下肢運動訓練支援装置
下肢の運動機能麻痺を伴う障害者では,車いす生活を続けることにより,麻痺領域に筋萎縮や関節拘縮,尖足などの廃用性変化が発現します.さらに,関節の不活動化に伴う麻痺領域の低循環状態は深部静脈血栓症や褥瘡などの二次障害の原因ともなります.したがって,これらの予防のための日常的ケアは極めて重要となります.基本的かつ効果的な予防策はストレッチ運動や他動運動ですが,運動自体の面倒さ故,習慣化に至らない場合が多いことも事実です.また,「リハビリテーションの実施には専門知識が必要」という固定観念もあり,患者さんの多くは,本来在宅でも実施可能なケアでさえも,病院での処置やセラピストによるリハビリ提供に依存する傾向があります.自らの身体に対するケアを他者に委ねることは障害者の自立を妨げる要因ともなりますので,在宅でのリハビリテーション実施を定着させ,病院への依存傾向を緩和することは極めて重要な視点と考えられます.このような背景から,本研究では在宅で簡便に,障害者自身の操作により実施できる下肢運動訓練のための支援装置の開発を進めています.車いす使用者は就寝時間を除き,殆どの時間を車いす上で過ごし,その間つねに足部をフットレスト上に乗せていることから,フットレストを可動にすることで日常的な足関節の他動運動が実施できる装置を考案し評価を進めています.
■ 対麻痺者のための新しいモビリティデバイス
対麻痺者にとって,再び自分の足で立位歩行できるようになることは切なる願望です.その実現の可能性のひとつとして装具歩行がありますが,現実的には装具歩行の訓練には力点が置かれていません.不全麻痺など対麻痺の程度によっては装具歩行の可能性があるにも係わらず諦めているケースも見られます.その原因として,対麻痺者やリハビリテーション関係者が歩行装具の性能や品質,歩行訓練の限界を感じていることを指摘できる一方で,歩行装具を介助なしに装着し,起立し,立位姿勢を保持し,杖や歩行器を取り,歩行に移行することが難しい現実も影響していると考えられます.本研究では,装具歩行の促進を目的として,介助なしに装具を装着し,歩行に移行することを支援する車いすシステムを構築し,立位歩行と座位移動をシームレスに選択できる新しいモビリティデバイスの開発を進めています.具体的には、介助なしに装具を装着し,起立し,装具歩行に移行することを支援する機能を簡易電動車いすに組み込んだシステムです.このデバイスは,使用者が車いす上で装具を装着して,建物間の移動など比較的長距離の移動では車いすとして利用し,フロア内でのスポット的な移動やリハビリ訓練を兼ねた移動などには歩行装具による立位歩行を活用するという使い方をするもので,使用する機器間で移乗なしに利用できることを特徴とします.
■ 養護学校における災害・避難訓練システム
養護学校における災害時の避難は重要であるにも関わらず大変難しい問題となっています.現状では,普通校と同様の避難訓練が年に数回実施されていますが,未だ体験したことのない火事や地震を想像できないこと,また,危険物(割れたガラス、炎、煙)に対する学習ができていないことなどから,その効果に関しては未知数と考えられます.また,避難訓練そのものに参加できない生徒がいることも問題となります.災害時の危険に対する正しい理解,災害時にとるべき行動の理解,避難訓練への参加などが求められます.これに対し,本研究では,養護学校の協力の下,バーチャルリアリティ(VR)技術を用いた避難訓練システムの開発をすすめてきました.右の図は,訓練システムの映像の一部で,仮想的な校舎の中で火災を発生させて,避難経路を学習している様子を示したものです.