お茶の水女子大学
日本言語文化学研究会


最終更新日:2011/01/13

【第43回 日本言語文化学研究会】

【終了報告】

  開会挨拶・ポスター発表  
 

 
     

  分科会  
 
 
     

  交流会  
 

 

 
     

 

【各分科会の様子】

◆言文・第1分科会の様子
                
(司会:田崎敦子、記録:原田三千代

第1分科会では以下3件の発表が行われました。
 

◆大山シアノ(カイ日本語スクール)「江副文法による文構造を可視化した授業実践」

・概要:本発表は、発表者が所属する日本語学校の実用日本語コース(1日3時間・週15時間、4週間完結)において、従来の文型積み上げ式を離れ、「江副文法」を取り入れた授業実践の報告である。コースでは場面構成型シラバスを用いるため、従来の文型の提出順序とは別に必要な表現を指導することから、文型積み上げではない江副文法を取り入れた。江副文法とは、新宿日本語学校の江副隆秀校長が提唱する、文の構成語を出現順の観点から分類し直した新しい文法体系である。現在は新宿日本語学校が江副文法の知的所有権を保持しているが、同校に対し許諾に関する手続きを行って、発表者の所属校において取り入れた。コースでは、江副文法の「文は情報と述部に分かれる」「日本語の助詞は二列で示す」という枠の中で文を整理することで、初級学習者にもわかりやすく日本語の構造を可視化して提示した。(発表では実際の授業場面の録画映像も紹介された。)江副文法を取り入れたことの効果は、「助詞の語順ミスがほぼなくなる」「情報と述部を間違えることがない」などであり、学習者が「新しい文型がどんどん増えていくイメージを持たず、常に一定の構造の中で情報と述部の関連を整理できるようになる」ことが示唆された。
 

・フロアからの質問と発表者の回答

Q: 初級前半までの学習項目は、「情報」と「述部」の枠で効果的に整理できるように思うが、初級後半の文型(テンス、アスペクト、ムードなど)は、述部が膨らんでいくように思われる。そうした文構造も同様の整理を試みるのか。

A: (発表資料のうちの「にほんごの ちず」を提示)、テンス、アスペクト、ムードなども、同じ枠の述部の中で整理している。可視化も可能だと思う。

Q: 教師が導入するには何らかのトレーニングが必要なのか。

A: 「江副文法」は新宿日本語学校の知的財産であるという位置づけである。同校の日本語教師養成講座を受講すると資料一式は入手可能である。教師が個人的に授業の中で江副文法の考え方や指導法を取り入れることには問題ないが、教育機関が公の立場で江副文法を使うことは、正式な手続きが必要である。ただ、江副文法を実践に取り入れたいという人は多いため、有志が集まって勉強会などは開いている。詳しい情報を希望する人は、発表者まで連絡をしてほしい。
 

◆鈴木寿子(お茶の水女子大学)・トンプソン(平野)美恵子(淑徳大学)・後藤美和子(お茶の水女子大学大学院生) 「問題提起型ワークショップの企画を通して運営側が目指したもの−involve sessionの提案−」

・概要:本発表は、2011年9月14日に言文研究会で行われたワークショップ「今ここで日本語教師であること―私と社会と学習者のつながりを考える」を企画した3名による、ワークショップを企画し開催するまでの話し合いの道のりと、ワークショップ当日を振り返る実践報告である。発表者は、東日本大震災を経て「これまでとこれからを考えていくような場」の必要性を感じたことで「今、ここ」でいかに生きていくかを考えるための場を作るような、新しいワークショップを企画するに至った。企画者が話し合いの中で共有した問題意識から「働き方」と「貧困」をテーマとして決定し、参加者と一緒に考えるためにワークショップの中で「企画者の自己開示」および「多様な属性からなるグループ編成、ペア・グループでの話し合いから全体での共有、議論へと発展させる活動形態」の2点を試みた。そしてそのような「人が集まり、問題意識を共有するための新しい場づくり」を、従来の知識伝達型ワークショップとは異なる「インボルブセッション」として提案した。

・フロアからの質問と発表者の回答

Q:  振り返りが進んだようだが、ワークショップの内容で具体的なものを紹介してほしい。
A: (当日視聴した「貧困」に関するDVDの一部を紹介)、DVDに登場する様々な働き方をしている人たちについて、「誰が印象に残ったか。彼らの言語生活を想像してください。誰と、どのぐらい、どんなことを話していると思うか」など、言語生活に引きつけて話し合った。
 
Q: 今考えなければならない深いテーマを、日本語教育に携わる者が話す機会になったと思う。ただ、このインボルブセッションが、従来のワークショップの枠組みに当てはまらないと思われるのはなぜか。なぜワークショップと異なるものとして位置付けなければならないか。

A: インボルブセッションは、継続性、持続性を持たせる点でワークショップと異なると思う。従来のワークショップでも参加者間でメーリングリストを作成したりなど、継続した関係が築かれることもあると思うが、それは偶発的なものであって、必然ではない。つながるのはその時だけ、というのが常なのではないか。もう1点、ワークショップと異なる点がある。従来のワークショップとは、結論の方向性が前もって決められており、「落としどころ」に持っていくように話し合いを展開させると思われる。インボルブセッションでは、巻き込み、巻き込まれて話し合う中で結論を探る余地があるものだと思う。
 

◆朴貞玉(お茶の水女子大学大学院生)「ニューカマー韓国人の子どもに対する教育戦略 −東京韓国学校と日本の公立学校の違い−」

・概要:本研究では、日本におけるニューカマー韓国人の、子どもに対する教育戦略を、「父母が子どもに期待するアイデンティティと文化伝達面においての文化選択志向性」を通して検討したものである。 東京韓国学校に子どもを通わせるニューカマー韓国人の父母353名と、日本の公立学校に子どもを通わせるニューカマー韓国人の母親52名を対象に質問紙調査を行った。その結果、日本の公立学校に子どもを通わせるニューカマー韓国人父母のほうが、東京韓国学校の父母よりも「ホスト文化選択志向性」が強いことがわかった。また、「欧米文化選択志向性」については逆に東京韓国学校に子どもを通わせる父母のほうが強いことが明らかになった。ニューカマー韓国人父母たちは、文化選択志向性を、子どもが将来の学校選択の幅を広げるための、教育戦略のひとつと捉えていると思われる。また、父母の文化選択志向性は、帰国予定の有無、日本滞在予定期間、価値観等により変化することが明らかになった。

・フロアからの質問と発表者の回答

Q: 質問紙調査の中では、「文化」をこのように捉えていたのか。
A: アイデンティティの観点、自我同一性から捉えた。質問紙の中では、「子どもに〜〜〜のような子になって欲しいと思う」という項目に対する賛同の程度を尋ねることで志向性を見た。

Q: 長期滞在、短期滞在者の割合は、近年変化しているのではないか。割合はどのようなものか。
A: 東京韓国学校は、もともとは在日韓国人子女のために開設された学校だが、近年は駐在員の子どもが90%以上であると聞く。東京韓国学校の中では 駐在員の滞在形態も、短期・中期・長期と多様である。長期型は二文化併存選択志向性と、ホスト文化選択志向性が多く、中期型では欧米文化選択志向性が高い。

Q: 父母の学歴などの属性が志向性に影響していることはないか。また子どもの年齢なども影響しているのではないか。
A: 父母の日本滞在歴は、志向に影響していると思われる。また、本調査での公立学校のデータに関しては、小学校に子どもを通わせているニューカマー父母のみを調査した結果であるので、子どもの年齢は全員小学生であった。子どもが中学生の場合は、適応のこともあってホスト文化を重視する可能性もあると思う。父母の学歴に関しては、韓国学校のニューカマー父母は全員大学卒の高学歴保持者であった。職業は、企業の駐在員、大使館関係者、研究者などである。教育熱心であるとも聞いている。公立学校に子どもを通わせているニューカマー父母の中には、大学卒ではない母親も若干名いた。学費に関しては、東京韓国学校は、本国で正式な教育機関と認定されており運営費の補助を受けていることから、日本のいわゆるインターナショナルスクールよりは学費は安い。インターナショナルスクールの学費は年間200万円であると聞いているが、韓国学校の場合は100万円程度である。

菅生早千江(国際日本語普及協会)
 

 

◆言文・第2分科会の様子
                 (
司会:池田広子、記録:菅生早千江

第2分科会では、以下3件の発表が行われました。
 

韓国人観光ガイドの日本語案内の分析 −敬語を中心に−
(李 奎台 お茶の水女子大学大学院科目履修生)

・概要:本発表は、韓国人観光ガイドが日本人観光客に対し日本語で観光案内するときの発話を、日本語母語話者に評価させ、分析したものである。分析対象は韓国の世界文化遺産の一つである「昌徳宮(チャンドッグン)」で案内をしている、現役韓国人観光ガイド4人の実際の観光案内中の発話である。そして、その発話を日本語母語話者24人に評価させ、順位付け調査を行った際に現れた、丁寧さに関する印象及び感想とガイドの敬語使用との関係について分析した。その結果、限られた種類の敬語使用や同じ敬語の繰り返し使用が、観光客に「丁寧さ」に関して否定的な印象を与える可能性があることが分かった。この結果に基づいて、これからの観光日本語教育に提言したいこととして、1)観光客に対する指示場面での同じ敬語の繰り返し使用は控えること、2)同じ場面でも様々なバリエーションの敬語使用ができるようにすること、3)指示する際には観光客に冗談を言うなどして場の雰囲気を和らげ、指示によって観光客が感じる負担を減らすこと、4)指示する際には注意事項について詳しく説明し、謙譲語の使用にも気を使うこと、が考えられる。

・フロアからの質問と発表者の回答

Q:韓国における観光(ガイド)教育の現状は?
A:現在、韓国の大学では「観光学科」という学科を設けており、「観光日本語」という科目の授業が行われている。また、専門のガイド資格試験もある。試験内容は韓国の歴史、地理、日本語などを網羅している。

Q:ガイドのための専門講座はあるか?
A:韓国観光団体の専門講座がある。ほかには専門の塾などもある。

Q:どのような研究動機でこの研究を始めたのか?
A:韓国人日本語ガイドの説明を聞くと、言葉が丁寧すぎて聞き手に不快感を与える状況があることに気づき、この研究を始めた。

Q:スライドの6ページの「ほかの場面」とは具体的にどのような場面を指しているか?
A:宇佐美先生は非母語話者の言語行動に対する母語話者の評価について、評価者の性別や年齢などの属性だけではなく、評価する場面によっても異なる評価観が生じると述べている。例えば、依頼、勧誘、謝罪などその場面によって評価するところが異なってくるということである。またそのような日常的な場面のほかに特殊な状況を持つ場面もあると考えられる。本研究では観光場面という、日常場面とは異なる特殊な場面を対象として取り上げた。

Q:なぜ「観光場面」に焦点を当てたか?
A:「観光場面」のような特殊な場面についての分析結果から、日本語教育における敬語教育に示唆を与えられないかと考え、分析を試みた。例えば、「ご覧になります」のような誤用や、同じ敬語の繰り返しが聞き手に違和感を与えてしまう可能性があることを日本語学習者に提示できるのではないかと考えられる。

Q:ガイドの言葉に対する評価の結果は評価者の年齢差によって影響されるのか?
A:今回の評価者は20代から60代に跨っているが、結果から見ると評価者の年齢による影響は殆ど見られなかった。
 

◆母語話者と学習者の談話における指示詞の使用 −接触場面のデータを用いて−
(呉 映璇・張 晋瑋 お茶の水女子大学大学院生)

・概要: 本発表は接触場面での自然会話における日本語母語話者と日本語学習者による非現場指示詞の使用特徴を考察した。日本語能力試験1級の資格を持つ学習者と母語話者が参加する初対面会話(5組)を対象に、孫(2008)の分析枠組みで分析した。その結果、1) 日本語母語話者は「ソ」系指示詞を最も多く使用し、そのうち、単純照応指示の「ソ」の使用と相対的話題指示の「ソ」の使用率が高かった。これは、日本人は自分が導入した指示対象でも自分の領域外の「ソ」系で客観的に指し示す場合が多いこと(迫田1993)と、初対面会話という場面設定による影響が要因として考えられる。2)日本語学習者による指示詞は、ソ系→ア系→コ系の順に正用率が下がる傾向が見られた。また、孫(2008)に含まれなかった「相コ」は、母語話者より学習者で多用される特徴が見られた。これは学習者が指示対象に関する情報を多く持ち、主観的に指示対象を自分のものに捉えた可能性があると考えられる。一方、学習者の指示詞の誤用について、誤用の「コ」が見られず、誤用の「ア」も少なかった。誤用の「ソ」はすべて「ア」系を使用すべき場合に誤りが生じたものとなり、やや高い誤用率を示した。これは先行研究を支持する結果であり、会話の性質による影響が大きいことが示唆された。なお、話し言葉の指示詞使用と書き言葉の指示詞使用にずれが見られたため、更なる検討が必要だと考えられる。

・フロアからの質問と発表者の回答

Q:今後の課題では「学習者はどのような意志のもとで指示詞を使用したかを考察したい」というのは、具体的にどういうことであるか。
A:今回のデータでは学習者内の違い(個人差)が見られ、会話例だけから誤用であるかどうかを把握しにくい部分があるため、今後は学習者の意志を踏まえて考察を深めたい。

Q:研究対象である学習者は日本での滞在歴が1年未満の学習者に統制したのはなぜか。
A:環境(日本国内)から受ける影響を最小限に抑えるためにこのような設定をした。

Q:スライドの18ページの、「中国人学習者は指示対象を主観的に自分のものと捉える傾向にある一方、日本語母語話者は客観的に捉える傾向がある」という示唆は今回のデータから導き出されたか。
A:今回のデータから示唆された。また、先行研究の迫田(1993)でも同じような傾向が指摘されている。

Q:迫田(1993)とは異なる特徴が見られたというのは、対象者の属性による影響が考えられるか。
A: 迫田先生はインタビューデータについて分析され、本発表は自然会話からの考察を試みたので、会話の性質が本発表の結果に影響を及ぼしたのではないかと考えられる。ただ、本研究は5組のデータをもとに分析したため、考察には限界があると思われる。今後はデータを増やして考察を深めたい。
 

◆初対面接触場面の会話における人称詞の使用実態について
 (金青華 お茶の水女子大学大学院研究生)

・概要:本発表では、初対面接触場面における中日女子大学生の人称詞の使用実態について考察した。その結果、母語話者、学習者に関わらず、同年齢でありながら、初対面対話では、人間関係や「場」を意識して人称詞を選択することが分かった。すなわち、自称詞の場合、「うち、あたし」など、砕けた表現よりは、改まった表現である「わたし」のほうが多用され、対称詞、他称詞の場合、直示的な人称代名詞の代わりに、間接的な他称詞である固有名詞や親族名称などが使用されていることが明らかになった。さらに、母語話者は、日本人の友達同士で使われる日本語規範をはみだす表現をあまり使用せず、日本語規範による正しい表現を選定していることがわかった。一方、学習者は母語の影響のため、ずれが生じ、相手に違和感を与えると考えられる。

・フロアからの質問と発表者の回答

Q:学習者と母語話者それぞれが使用した親族名称の使用数を数えられているが、その使用数は会話の話題によって影響される可能性は考えられるか。
A:親族名称の使用は学習者によって多く見られたのは、話題と大きく関わるからだと考えられる。

Q:「わたし」、「あたし」、「うち」の違いは何か。
A:自分の家族、自分のことを指す時は名前で、フォーマルな場面では「わたし」で言う。また、友達同士では無意識に「わたし」と「あたし」を使い分けると思われる。「うち」は若者ことばとして今の女性による話によく見られる。

Q:中国語の「自称詞」、また「自称詞」の省略はどのような特徴があるか。
A:中国語の「自称詞」は「我」(「ウォー」)である。「私は〜と思います」はパターン化されていて、主語を省くと不自然な表現になってしまうので、一般的には省略できない。

Q:日本語では「第3人称代名詞」はあまり使われないか。
A: 会話の中で、初めて聞いた人を話題とするとき、中国語では「第三人称代名詞」でその人を表すが、日本ではそのような表現を使わない。日本語では、会話に入る前に参加者全員が知っている人を話題にする場合のみ、「第三人称代名詞」が使われる。だが、普通文語でもよく使われる。

Q:フォーマルな場面では、意識して「わたし」を使うので、「あたし」を選んだのは会話者同士の間にすでに距離感が縮まったことを表しているのではないか。
A:母語話者の発話から見るとその可能性は考えられる。しかし、中国人学習者にはそのような傾向が見られなかった。

Q:今回の研究結果から日本語教育現場への示唆としてどのようなことが考えられるか。
A:今回の研究を通して、筆者自身でも場人称詞は場面によって使い分けられることを分かるようになった。また、フローアップ・インタービューから学習者は日本語のドラマから影響を受け、「あたし」を多用する特徴が見られた。そして、日本語教育の現場では、場面に応じて学習者に人称詞を提示する必要があるということが示唆された。
 

方 穎琳 お茶の水女子大学

 

 
 
 

 

 

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