第2分科会では、以下3件の発表が行われました。
◆インドネシアにおける内容重視のグループリーディングの試み
−対話的問題提起学習を取り入れて−アリアンティ・ヴィシアティ(お茶の水女子大学大学院生)
・概要:大学で日本語を学ぶ学習者は、学年が進むにつれ、読む対象も教科書からオーセンティックな文献へと範囲を広げていく。しかしインドネシア人日本語学習者にとって、漢字に対する負担感から読む活動を苦手とする学習者も多いという。発表者は、大学におけるアカデミック・リーディングの目的は文型や語彙を覚えこむことではなく、読み物の内容から学び、何かを考え或いは行動することだと捉えた。そして中級日本語学習者を対象に、「対話的問題提起学習」の考え方を取り入れた授業を試みた。
本発表では、学習者にとって身近な社会問題から4つのテーマを取り上げたうち、インドネシアのごみ問題を扱った授業に関して報告された。首都におけるゴミ問題とゴミ回収業従事者に関する読解テキストは、インターネットに掲載されたオーセンティックなものを用いた。その記事を読むために、手順として、スキーマを活性化させるために関連するインドネシア語の記事を読む、写真、画像を見て話し合う、グループで話し合うといった活動を行い、そのプロセスを設けたことで、読解テキストの大意の理解が深まったという報告であった。発表では、グループでの話し合いのやり取りのデータから、一人では読みとれなかった内容をやり取りの中で確認し理解していく様子、またテーマを自身の問題として捉え、関心を深めていく様子が報告された。本実践を通して、学習者がテキストからの学びを実感することで、読解活動、アカデミック・リーディングに対する動機を高める可能性が示唆された。
・フロアからの質問と発表者の回答
Q:
インドネシアでの大学における日本語教育で、読解とはどのような位置づけか。また対話的問題提起学習は学習者からはどのように受け取られたか。
A:
インドネシアでは、読解は、テキストを読んで内容について質問で確認することを、文型を学習する目的で行われている。今回は、学習者の受け取り方は調査していないが、グループで読むことで難しいものも理解しやすかったというコメントがあった。
Q:ピアリーディングでの読みによって多くの気づきを得たことが、個人で読む場合にも有益となるか。
A:本発表では触れなかったが、知識を教え合う中で、読みのストラテジーについてもお互いに学ぶような場面もあった。それらは個人で読むときにも取り入れることができるものだと思う。
Q:今後、どのように教育実践につなげていくと考えているか。
A:可能性としては、アカデミックリーディングの授業として実施したが、通常の読解授業でも取り入れることができると思う。
Q:学生は活動を通して何を学んだと言えるか。
A:内容について話し合う際に、問題の所在の確認、原因、解決策の3点を順に質問することで、話し合う際に焦点を絞れるようにした。そのことで深く内容を理解できたと思う。
Q:アカデミックリーディングに対する取り組みとしての今後の課題は何か。
A:今までの読み教材は、いろいろな資料から寄せ集めたようなもので、内容に深く自分を関わらせて読むということはなかったと思う。今後自分に必要な文献を読むときにも、本当に内容を理解するために読むという読み方ができるようになれればいいと思う。
◆「教科・母語・日本語相互育成学習モデル」に基づく支援活動における子どもと母語話者支援者の横の関係―母語支援場面に着目― 王 植(お茶の水女子大学大学院生)
・概要:本発表は、「教科・母語・日本語相互育成学習モデル」(以下、「モデル」)に基づいた中学2年生の中国人生徒に対する中国語母語話者の教科学習支援について考察したものである。「モデル」では、学習支援の流れは、まず子どもに対して「母語による先行学習」、次に「日本語による先行学習」が行われた後、子どもが在籍級の授業に臨むよう計画される。「モデル」に関する先行研究では、教科学習で母語を取り入れる有効性や意義は十分に議論されているものの、先行研究で言及されている「一緒に学ぶ」関係については研究対象とされていない。そこで本発表では、支援者と子どもとの関係について、「教える」と「教わる」の関係を「縦の関係」とすることに対して、「一緒に学ぶ」関係を「横の関係」と捉え、その様相を明らかにすることを目的とした。国語の先行学習を母語で実施している時の会話をIRE分析することでデータとし、「横の関係」がどのようなものであるかを明らかにすることを試みた。
発表では、発話データを示し、子どもの方から支援者に「あなたはどう思う?」という働きかけをして支援者の意見や感想を求めるなどして、「一緒に学ぶ」関係を構築していく様子が説明された。そして、「横の関係」は、支援者が子どもの問いに対して、無視せず向き合って真剣に考えることで、構築されていくものであるとの見解が述べられた。
・フロアからの質問と発表者の回答
Q:
「横の関係」を構築するための具体的な支援の方法とは何か。また、支援者が知識をもっていないような場合は関係が悪くならないか。
A:
支援者が、教科科目学習を援助しなければならない、先生役にならなければならない、と力まないことだと思う。知識を与えることがこの支援の目的ではない。一緒に考えたり、一緒に調べたりするプロセスも大切だと思う。
Q:「あなたはどう思う?」のような子どもからの質問は、支援が開始された当初から見られたものか、それとも回を重ねて支援者から刺激を受けるなどして、見られるようになったものか。
A:支援を始めて間もないころから見られた。「縦の関係」から「横の関係」に変わった、というものではないと思う。これは、「モデル」に基づく支援の特徴かもしれないと思う。「モデル」では既有知識に結び付けて考えることを大切にするため、人の意見を聞きたくなるのではないかと思う。そのために、そのような発話が早くから見られたのかもしれない。
Q:データからは、「武士」が子どもと支援者ともに詳しくは知らないトピックだったから「横の関係」が見られたが、支援者がよく知っているトピックの場合は、「縦の関係」に変わる、ということはないか。
A:全部が「横の関係」というわけではなく、支援者が主導している場面も当然見られた。しかし、すべてのやりとりが「横の関係」である必要もないと思う。子どもが主導して会話を展開する、という場面があるということが「横の関係」を示すものだと思う。
Q:「(学習者から教師に質問するなど)下の立場の者から上に質問する」ということが、関係を縦から横に変える鍵だと思う。しかし、「縦の関係」を「横の関係」に変えることで、失うものもあるのか?
A:この支援活動では自分の母語を使って者を考える力をつけることを目的としているので、正解を求めてそこで終わりではなく、相手の理解を聞くことで自分の視野も広がることなどが、大事にしたい点だと思う。「横の関係」によって失うことがあるかといえば、…支援者が教える経験を積みたいと思っていたら、そうした期待は失われるかもしれないが。
Q:「横の関係」を構築することは、教科科目の支援としてどのような意義があるのか。
A:「母語であれば会話のイニシアチブが取れる」という経験が、自信となり、今後日本語を使用する場でも積極的になれる可能性があると思うが、今後調査していきたい。別の点では、「横の関係」を構築しながら、母語を用いて考える力を養成することにつながると思う。それが日本語使用場面にもいい影響をもたらすものであれば素晴らしいが、今後調査していきたい。
◆2言語を4年間育成した子どもの会話力―OBCテストの結果から― 滑川恵理子(お茶の水女子大学大学院生)
・概要:
本発表では、両言語をともに伸ばす「相互育成学習モデル」を援用した学習支援を4年間継続的に受けた小学校6年生の中国人児童に対して実施した、OBC(Oral
Proficiency Assessment for Billingual Children)(バイリンガルの子どものために考案された会話力のテスト)の結果を基にした報告がなされた。Cummins(1984)
の「2言語相互依存仮説」では、母語と第二言語は表面的特徴の点で異なっているが、思考や認知活動を司る深層の部分では共有の言語処理を行っているとされる。そのため、2つのことばをもつ子どもは母語で獲得された思考力や抽象的概念を第二言語に転移させることができるため、第二言語のみによる学習よりも、母語を活かして学習した方が有効であるとされる。しかし、2つの言語をともに伸ばす学習の実践と研究の蓄積はまだ十分ではないのが現状である。
本発表では、OBCテストの評価項目や実施タスクに関する説明とともに、タスクにおける発話例が紹介された。OBCテストの結果から、対象とした子どもは支援当初の小学校3年時と比較すると、L1を保持伸長させながら新たに日本語が獲得されている様子が観察された。中でも、L2
日本語では学習したことがあるがL1中国語では学習したことのない、公害を扱った認知タスクにおいて、中国語でも専門用語も含めた説明を試みるなど、L2
日本語からL1中国語へ転移している様子が観察された。本研究は、来日当初から2言語を伸ばす学習支援を継続的に行うことにより、2言語が相互に関連しながら発達していく実態を事例で示した点で、意義深いと思われる。
・フロアからの質問と発表者の回答
Q: L1中国語からL2日本語に転移している様子とはどのようなものか。
A:
4年前の、子どもが小学校3年時のデータを紹介する。「アリの行列」について説明するタスクで「目が見えないけれども触覚で周りを確かめて進む」様子を、既有知識を活用し、知っている限りの日本語を使って説明している(会話データ開示)。
Q:子どもの支援を続けていく中で、本人の意識的なL1学習の態度の変容というものは見られたのだろうか。
A:発表で省略してしまったところだが、今後の課題はその点だと思う。今のところは本人の変化は感じられず、母親が熱心であるという印象である。対象者が思春期を迎えるころでもあり、どのように自分の母語と向き合うのかは、これから変わっていくところかと思う。
Q:今現在の子ども本人の読み書き能力はどのくらいか。
A:読み書き能力を測るツールのひとつとして、音読で評価する方法もある。L1中国語の音読については、本人はとても上手にできる。来日時点以前で学んでいなかった中国語の語彙もよく知っているが、ただし内容理解については正確さが不安定なものもある。全般的にいってL1中国語は非常によく保持していると思われる。L2日本語については、書いたものであれば、日本人児童と比べても遜色ないほどで、よく上達していると思う。
菅生 早千江 (国際日本語普及協会)