お茶の水女子大学
日本文化研究の国際的情報伝達スキルの育成
海外研修 一覧
海外研修(平成20年度)

日本語・日本史 韓国教壇実習・ジョイントゼミ
日 時 2009年2月15日(日)~21日(土)
場 所 同徳女子大学校(韓国・ソウル市城北区月谷洞23-1)
参加者 お茶の水女子大学大学院生8名
グループ1(日本語教育) グループ2(日本語教育) グループ3(日本史)
福冨 理恵、小松 奈々、
呉 暁婧、黄 明淑
(以上、博士前期課程比較社会文化学専攻日本語教育コース1年)
早川 杏子、張 倩、
金 秀惠
(以上、博士前期課程比較社会文化学専攻日本語教育コース1年)
染井 千佳
(博士後期課程比較
社会文化学専攻1年)
同徳女子大学校大学院生10名
指導教員          【お茶の水女子大学】  森山新 佐々木泰子
         【同徳女子大学校】   李徳奉 金栄敏 石井奈保美 奥山洋子 金榮淑



教壇実習報告要旨  グループ1(日本語教育)
呉暁婧 黄明淑 小松奈々 福冨理恵

コミュニケーションを円滑に進めるためには、話し手だけでなく聞き手の言語行動も重要である。特に日本語の会話にはあいづちを始めとする聞き手の言語行動が多く見られる。今回の教壇実習では、JFL環境では意識が向けられにくい聞き手側の発話に注目させ、あいづちの機能と使い方について理解させることを目的とし、授業実践に取り組んだ。

授業の目標は以下の3つを設定した。1)映像を通して学習者自身にあいづちの存在に気づかせ、あいづちの有無によって会話にどのような違いがあるのかを考えさせること。2)グループワークであいづちの機能について考えさせること。3)スクリプトを使った練習や教師を相手とした口頭練習を通して、あいづちを使うタイミングを体得させること。

授業は2009年2月16日に韓国の同徳女子大学校で行った。授業時間は70分間で、学生数は20人であった。学習項目は、友人同士の会話におけるあいづちの種類、あいづちの機能(聞いているという信号、理解しているという信号、感情の表出)、あいづちのタイミングの3点であった。授業は、ビデオ視聴、グループワークに続き、教師からの説明を行い、最後に練習・発表という流れで行った。

授業中の学生の反応は良く、スムーズに活動できた。一度の授業であいづちの使い方を身につけさせることは難しかったが、あいづちの存在に気づき、その機能について考えるという目標は達成できたと思われる。学生に書いてもらったアンケートには、「授業の雰囲気が楽しかった」「あいづちの表現についてより深く理解できた」などの感想が多く見られた。

授業後のジョイントゼミでは、「学生の日本語能力は初級後半レベルであるため、口頭練習では会話内容について十分に理解できなかった可能性がある」「今回のあいづちは女性の表現であったが、男性のあいづち指導はどのように行うのか」など、様々な意見やコメントが得られた。



教壇実習報告要旨  グループ2(日本語教育)
金秀恵 張倩 早川杏子

2009年2月17日に韓国・同徳女子大学で行った教壇実習では、認知言語学の観点を取り込んだ日本語教育の授業実践を試みた。近年、認知言語学の観点から日本語の文法や語彙を捉える研究が数多く出され、日本語教育においても言語と認知の関係、そしてまたそれが第二言語の習得とどのように関わっているのかに注目が集まるようになってきている。認知言語学は、文法をカテゴリー化やスキーマ形成で言語の習得が可能であるという立場をとる。この観点から文法を捉え直してみると、学習者が文法を習得するのには、ある文脈や場面から自分自身で一定のパターンを見つけ、それを抽出し、ルールを作りだし、いろいろ当てはめてみるというプロセスが必要であるが、そのプロセスをどのように実際の授業に応用するかについては、まだ未解決な部分が多かった。

その中で、Achard(2004,2008) によりL2フランス語教育での認知言語学の観点を取り込んだナチュラル・アプローチの授業が提案された。この教授法が個別の言語の制約を超えた普遍性があるかどうかを日本語教育で実践し、新たな日本語教育の方法を模索することが今回の授業の目的であった。

扱った文法項目は、「気づき」・「疑問の氷解」の「~んだ」であった。この文法項目は日本語の中で高頻度に使用され、学習者はそれに遭遇する機会が比較的に高いと考えられる。さらに、「~んだ」の意味の中でも両者はトークン頻度もとりわけ高く、連続したコンテクストの中で使用されるため、この二つの用法は文脈依存性が高い。その特徴を利用して、授業ではメタ言語をなるべく控えて、初級レベルの学習者に映像・音声・イラスト・漫画などの視聴覚的な教材を用い、さまざまな場面提示をしながら学習者が自分自身で場面と用法を結びつけ、使用のパターンを抽出できるような授業を組み立てた。

 受講学習者は20人、授業時間は計70分であった。まずはスライドで場面を学習者に見せ、「~んだ」の意味機能の気づきを促し、その後イラストを用いた練習、漫画を見ながらストーリーを作るグループ別でのロールプレイを行った。最後に、トークン頻度が高い目上に対する待遇表現の「~んだ」使用も扱った。

 用法への気づきから、練習やロールプレイを行う中で実際に使用するという過程で、学習者は適切に文法項目を使うことができていた。授業後、学習者のアンケートには「説明の理解ができ、色々な場面をたくさん見られて、どんな場合に使われるのか理解しやすかった。」、「先に映像で会話を聞かせて考えて見るようにした後、その内容を学習して練習してみられた点が良かった。」など全体として高評価が得られ、授業の目標の一つである、学習者内でのパターン抽出が行われた授業が実現できたと思われる。

 午後にはジョイントゼミが開かれ、多くの貴重な意見やコメントが得られた。その中で、認知言語学の観点からの文法授業について、「~んだ」の意味や機能等、活発な議論が交わされた。



教壇実習報告要旨  グループ3(日本史)
染井千佳

本グループでは日本語教育初期に日本語で日本史の授業をするため、まず第一に日本史に興味関心を持たせることを目標にした。更に日本史自体に興味関心の薄い学生である可能性もあったため、高麗の武人政権と日本の武士政権の比較研究とし、導入には学習者の持つ武人・武士のイメージを引き出し、更に馴染み深い韓国史の話から始めた。

授業の進行は、学習者に興味を持たせるため、視覚効果を狙ってパワーポイントを用い、話し方にも気をつけた。この点は学習者に印象深かったようで、学習者へのアンケートやジョイントゼミでも意見があった。しかし学習者によっては、歴史学そのものを敬遠する傾向も見られた。授業の最後には、班ごとに授業内容をまとめてもらい、日本語で発表してもらった。内容を自分たちでまとめることで、より理解が深まったようである。

ジョイントゼミでは、政治史ではなく、民衆史が良かったとの意見があったが、史料の限られる古代史では難しいように思う。題材については幾つか意見があり、それぞれ納得できるものであった。また平易な日本語の語彙が限定され、不適切な用語を使用した箇所もあった。この点は大いに反省する所である。

常日頃は研究活動の還元を考えずにいるため、今回はその難しさを思い知り、非常に刺激的な経験となった。今後の活動に生かしていきたい。



交流グループ日本語授業  同徳女子大学大学院
倉持香・ 張恵貞・ 柳川紘子・ 粟飯原美智・西岡麻衣子

本グループでは、授業名を「交流グループ日本語授業」とし、交流学習、協働学習の2つの学習形態の特徴を活かした新しい授業を模索するための実験的試みとして教壇実習に臨んだ。授業の目標として、1.既習日本語の実際使用の場とする。2.文化の多様性を感じ、多文化を受け入れる姿勢を養う。3.個と個の連帯感を深め、社会的協調性を養う。4.日本語学習の動機付けを高め自律学習の素養を養う。の4つを設定した。

授業日程は2009年2月16日と17日の2日間、11時20分から12時30分までの70分授業で、参加者は同徳女子大学日本語科の学生約20名、交流ゲストとしてお茶の女子大学、同徳女子大学の大学院生約12名であった。具体的な授業の進行は両日ともはじめに、オリエンテーションを簡単に行い(授業の流れの説明やクラス全体目標、および自己目標の確認)、次にアイスブレイキングとして、日本のラジオ体操と類似する韓国の国民体操を参加者全員で行った。各グループで体操に関するクイズに答えるなど、身体を使い楽しく、リラックスした状態で、その後の主活動である交流グループ授業に移った。主活動では大学生と大学院生の韓日中の混合グループで、「韓国人男性に対するイメージとは?」、「素敵な女性とは?」というテーマで話し合い、最後にグループごとに発表を行った。最終作品として完成した各グループの模造紙は参加者の国ごと、またそのグループごとの特徴が出たものとなり、授業後のアンケートにおいても「各国の多様な意見と考えを共有し学べるのがよかった」や「素敵な女性という普遍的なテーマで(それぞれの)個性を発見できて興味深かった」など、目標達成とも捉えられる意見があった。しかしその一方で、午後のジョイントゼミでは、本授業に対する様々な指摘がなされ、授業担当者らの考えが至らなかった多くの改善点や気づきを得ることとなり、大変有意義なものとなった。



日本語・日本史教壇実習について
[担当]  森山 新

日本語・日本史教壇実習は2009年2月、韓国の協定校、同徳女子大学にて開催された。今回は教壇実習に何らかの新たな試みが含められることが求められていた。

16日、大学を訪れた本学一行は簡単に自己紹介とオリエンテーションを済ませ、まずは本学のグループ1(福富、小松、黄、呉)の4名による日本語教壇実習が行われた。今回は日本語の「あいづち表現」を扱った。学習者自らあいづちの重要性に気づき、習得に結びつけていく流れになっていた。引き続き韓国側から大学院生、西岡、倉持、柳川、粟飯原、張による「協働・交流活動を取り入れた日本語教育」の授業が行われた。午後にはこれらの教壇実習に関するジョイントゼミが行われた。まず、それぞれの授業について担当者から趣旨説明があり、それについて質疑応答やコメントがあった。

17日はまず、本学のグループ2(早川、金、張)による日本語教壇実習があり、「認知言語学的観点を用いた教授法」による文末表現「~んだ」を扱った。認知言語学では最近Achard(2004、2008)が具体的な教授法を提示しており、今回はそれを日本語教育に応用したものであった。続いて韓国側は昨日に続き、5名により「協働・交流活動を取り入れた日本語教育」の授業が行われた。2日間の授業は言語のみならず(異)文化を扱った内容で、協働・交流活動で自ら学びを得るように工夫されていた。午後は同じく、教壇実習に関するジョイントゼミがあり、趣旨説明と質疑応答が行われた。

18日はまず、同徳女子大の女性学センター内の博物館を見学、朝鮮時代の女性について学習した。午後は本学のグループ3(染井)による日本史の教壇実習があった。授業は比較史の観点から「韓国の武人と日本の武士」について扱われた。この授業も従来韓国で行われているような韓国語による知識付与型の授業ではなく、学習者自らが自国の武人と比較する中で日本の武士について考察する授業で、日頃日本史に関心を持っていなかった学生たちも日本史に対して関心を持ったようであった。実習後、引き続きそのジョイントゼミが行われた。

各々の教壇実習は、それぞれがこれまで自分たちが学んできた内容をもとに準備してきた教案と教材を用いて行われ、どれも非常に工夫が凝らされ、多くの学びを与え合う場となった。日韓両国の教員や院生からコメントや意見も出され、参加者は多くの学びを得たようであった。

19日は日韓の大学院生が合同で韓国の故宮景福宮と国立民族博物館を訪ねた。時々雪の舞う寒さにも関わらず、院生たちは時間を惜しんで見学し、日本、中国、韓国の共通点と相違点について具体的に学ぶことができる時間となった。夕方にはナンタの公演を鑑賞した。伝統芸能を現代芸能に盛り込んだもので、韓国の伝統と精神、そして躍動感あふれる韓国の民族性を感じる公演で、会場には世界各国から観光客が訪れていた。

最終日は伝統文化の街、仁寺洞、若者の街、明洞など、それぞれが関心のある韓国の文化を訪れ学んでいた。

これまでは研究の成果を発表するジョイントゼミが行われてきたが、今回ははじめて教壇実習とジョイントゼミを行い、教育交流の場となった。教育は研究の上に成り立つものであるが、研究の成果をいかに教育に応用するかはそれほど容易なことではない。今回はその難題にそれぞれの院生が積極的に取り組み、このような研究の上に立った教育交流の意義を強く実感したものとなった。



(2009/02/23up)