アメリカの新理論:「家族的責任差別」

 労基旬報・平成24年7月25日号「人事考現学」掲載

 日本大学法学部教授 神尾真知子

 私は、現在、お茶の水女子大学の先生方が中心となっている「ジェンダー・格差センシティブな仕事と生活の調和」研究プロジェクト(文部科学省・日本学術振興会委託事業)に参加しています。そのなかで法政策班に属し、男性も女性も、そして正規雇用労働者も非正規雇用労働者も、働くことと育児などの家族的責任が両立できるようにするには、どのような法政策を取ればいいのかについて研究しています。7月初めに、カリフォルニア大学ヘイスティング・ロー・カレッジのジョアン・ウィリアムズ教授をお招きし、国際シンポジウムを開催しました。
 ウィリアムズ先生の講演の中で興味深かったことは、アメリカのこれまでの判例を分析し、「家族的責任差別」という新しい理論を打ち立たてたことです。「家族的責任差別」には、育児や介護という家族的責任を持つ労働者に対する差別のみならず、妊娠した女性に対する差別も含んでいます。そのような差別の背景には、男性の働き方を「理想的な労働者規範」とすることがあり、そのことが女性(母親)に対するステレオタイプな見方を生むとしています。性差別の立証に必要な「比較すべき男性」がほとんどいない職場において、女性(母親)に対する固定観念に基づく使用者の発言が家族的責任差別となりうることを理論化しました。
 その理論が、2004年に、8つある連邦控訴裁判所のひとつにおいて採用されました。その事件は、3年の試用期間で働いていた学校の心理カウンセラーである女性が、それまで高い評価を受けていたのに、出産休暇を取ったことがきっかけで評価が低くなり、終身的な雇用継続権を認められなかったというもので、連邦控訴裁判所は、「母親であることと雇用は両立できないとする固定観念に基づく発言は、雇用に関する決定においてジェンダーが作用したことの証拠となりうる。したがって、子どもの世話をする女性に対して固定的観念を持つことは、それ自体で他に証拠がなくても、容認できない性に基づく動機の証拠となりうる」としました。この事件は、連邦最高裁判所に上告されず、確定しました。
 ウィリアムズ先生に個人的にお聞きしましたところ、新しい法律を作るのはむずかしいので、新しい理論を考え出したとのことです。判例法の国アメリカでは、裁判所で法理論が採用されれば、法と同じような効力を持ちます。あと7つの連邦控訴裁判所で、ウィリアムズ先生の理論が採用されるかは未知数ですが、注目していきたいと思います。