氏名

趙 あきこ

修了年度

2011年度(2012年1月提出)

修士論文題目

L2子どもの文構造の発達
−対格マーカー使用に焦点化して−

要旨

(500字以内)

 本研究では,第二言語(以下L2)を習得する子ども(以下L2子ども)の動作主-被動作主関係を表す統語標示(syntactic marker),対格ガ,ヲの習得過程を,L1習得で分かっている,語結合から動詞に注目の習得過程に当てはまるか,という観点から探ることを目的に,6か月間の短期縦断観察を行い,得られた自然発話,誘発発話を分析した。
 その結果,対格のガ,ヲの使用について,語結合の段階から動詞に注目する段階は,語結合では,特定の名詞を除き,ほとんど見られず,動詞に注目する,ということもなかった。そこで,発話場面に注目した結果,何かを要求したりする要求発話にヲを,それ以外の陳述発話にはガが用いられ,といった発話機能に注目して対格を使い分けていたことが分かった。また,ガが無標の対格,ヲが有標の対格として使用されていた。
 以上の結果から,L2子どもが,インプットの影響を受け,ガを無標のマーカーとして用い,ヲを有標のマーカーとしていたことが示唆され,その有標マーカーであるヲを,対格のプロトタイプである他動性の強いものに用いる,といった使用していたこと,対格の他動性を単純化していたことが推察された。

要旨

(1000字以内)

 本研究では,第二言語(以下L2)を習得する子ども(以下L2子ども)の動作主-被動作主関係を表す統語標示(syntactic marker),対格ガ,ヲの習得過程を探ることを目的に調査を行った。動作主-被動作主の関係とは,名詞相当語句が係り先である文中の支配要素との間で取り結ぶ統語的(syntactic)な関係である格関係(『日本語教育事典』: 97)に含まれ,統語標示によって表される。日本語では,この関係は,対格ガ,ヲで標示され,L1習得においては,前の名詞と結合され(Clancy, 1980; 横山, 1990, 1991),その後,動詞との兼ね合いで使えるようになっていくことが,大久保(1967),Miyahara(1974)等によって,分かっている。このような習得過程は,用法基盤モデル(以下UBM)の,語結合(word combination)とピボットスキーマ(pivot schema)の段階から,動詞に注目をし,動詞中心に学ぶ段階(item-based)へと習得が進む(Lieven, Pine, and Baldwin, 1997; Tomasello, 1992, 2003),という観点から説明が可能である。
 本研究ではL2子ども(5;1~5;8)の対格習得に,このような習得段階が見られるかを調査するために,7か月間の短期縦断観察を,1~2週間に1回2時間程度行い,得られた自然発話および誘発発話を分析した。誘発発話とは,子どもが動詞のみ産出した際には,「誰が何したの?」等の質問をし,「○○が△△をした」等の発話の誘発を,適宜行ってなされたものである。 結果,対格のガ,ヲの使用について,語結合の段階から動詞に注目する段階は,語結合では,特定の名詞を除き,ほとんど見られず,また,動詞に注目する,ということもなかったといえる。そこで,発話場面に注目した結果,L2子どもは,何かを要求したりする要求発話にヲを用い,それ以外の陳述発話にはガを用いる,といった発話機能に注目して対格を使い分けるルールを作り,使用をしていたことが分かった。また,ガが無標の対格,ヲが有標の対格として使用されていることも窺えた。
 以上の結果から,L2子どもが,インプットの影響を受け(Cook, 1985),ガを無標のマーカーとして用い,ヲを有標のマーカーとしていたことが示唆された。ヲを要求,ガを陳述発話に使用することは,このような,有標マーカーのヲを,対格のプロトタイプである他動性の強いものに用いる,といったプロトタイプ的ものに注目して習得するSlobin(1985)の主張と一致する一方で,機能への注目は,対格の他動性を単純化していたことによる,と考察された。また,語結合の段階から動詞に注目する段階に,特定の名詞しか見られなかった理由としては,L2子どもは大胆に一般化を行うことでルールを創り上げること(e.g., 橋本, 2007, 2011)と,まだ,動詞に注目できる段階に至っていなかったことが原因なのではないか,と推測された。
最終更新日 2012年11月10日