修士論文要旨


氏名

早川 杏子

修了年度

2009年度(2010年1月提出)

修士論文題目

聴解における中国語母語話者の日本語漢字語の心内処理過程
−台湾人日本語学習者を対象にした単語聴覚呈示実験−

要旨

(300字以内)

 本研究は、日中間で形態・意味の共有度がそれぞれ異なるS語,D語,N語の3種類の漢字語がそれぞれどのようにCNS学習者の心内で処理されているのかを単語聴覚呈示実験を行い、検証した。
 実験により、日中間で形態を共有するS語・D語は、日本独自語であるN語よりも反応時間に遅延が見られた。また、台湾人日本語学習者の漢字語の聴覚的認知処理は、親密度の高低にも影響を受けることが分かった。一方、日本語の習熟度による主効果は見られなかったが、習熟度に関わらず処理パターンは類似していた。実験から、中国語を母語とする台湾人日本語学習者の心内において、漢字語の認知処理の時間差が生じるのは、語彙学習時の記銘の方法や音韻学習に対して意識があまり払われないことが背景に関与しているものと考えられる。

要旨

(1000字以内)

 中国語を母語とする日本語学習者(以下CNS学習者)からは、よく「聴解が苦手」という声が聞かれる。日本語においては、漢語の占める割合は高く、CNS学習者にとって漢字語の知識が有効にはたらくように思われる。だが、実際には聴解力と漢字語の知識にはギャップがあるようである。本研究は、特に漢字語の認知処理過程に焦点を当て、 (1)S語,(2)D語,(3)N語の3種類の漢字語はそれぞれどのようにCNS学習者の心内で処理されているのかを単語聴覚呈示実験を行い、検証した。
 実験には、3つの研究課題が挙げられた。研究課題1は、L1とL2間で形態・意味を共有する度合いが異なる語によって、音韻表象から意味表象へのアクセスの速さに差があるか、研究課題2は、親密度の高低によってそれぞれの音韻表象から意味表象へのアクセスの速さに差があるか、研究課題3は第二言語の習熟度によってそれぞれの音韻表象から意味表象へのアクセスの速さに差があるか、であった。
 研究課題1に関しては、単語の種類条件に主効果が見られ、S語・D語はN語よりも反応時間に遅延が見られた。
 研究課題2に関しては、親密度条件に主効果が見られ、単語の親密度の高低により、語認知の判断に差が見られることが分かった。
 研究課題3に関しては、日本語の習熟度による主効果は見られなかった。習熟度によるパターンの違いが見られなかったことは、台湾人日本語学習者は熟達度が上がっても日本語の漢字語彙の聴解認知処理は同じ過程をたどっていることを示している。習熟度に関わらず処理パターンが類似しているのは、視覚依存的な語彙学習スタイルの継続が日本語漢字語の音韻表象形成の阻害要因となっていることがその要因として考えられる。
 実験から、中国語を母語とする台湾人日本語学習者の心内において、漢字語の認知処理の時間差が生じるのは、語彙学習時の記銘の方法や音韻学習に対して意識があまり払われないことが背景に関与しているものと考えられる。日本語独自語であるN語は記銘のための心的努力により、音韻―意味表象間の連結度が強くなるが、形態と意味を日中言語間で共有するS語と、形態を共有するが意味が異なるD語は、視覚型の語彙学習により形態―意味表象間の連結度の強さに比べ、音韻―意味表象はその連結度が弱いために、語の聴覚認知処理に時間がかかっていることが推察される。
最終更新日 2011年4月1日