修士論文要旨


氏名

張 倩

修了年度

2009年度(2010年1月提出)

修士論文題目

多義的動詞「切る」の意味構造

要旨

(300字以内)

 日本語学習者の語彙習得は、授業のデザインや辞書の配列などの原因で、多義的な語彙の語義の習得が困難である。本稿はこのようなことを解消するために、学習者の語彙習得に役立つ教科書や辞書開発に結びつく基礎研究を行った。
 本稿は現代日本語において、極めて多義的な動詞「切る」を考察対象にし、それが持つ複数の語義および関連性を認知意味論の手法により明らかにした。その結果、「切る」のプロトタイプは<刃物などで> <具体物を> <分離する>になり、メタファーやメトニミー及びシネクドキにより各拡張義と動機付けられている。また、スキーマは「前景の連鎖に対し、異なる方向で連鎖する背景を補足する」ことが分かった。

要旨

(1000字以内)

 日本語教育において、従来、文法や発音に比べ、語彙教育は軽視される傾向がある。語彙学習は教科書の語彙リストに沿って行われており、授業の時間が限られているため語彙の説明に当てる時間は少ない。「切る」のような多義的意味構造を持っている基本語彙も語彙リストに示された意味は一部分でしかないため、学習者は語彙の全体像は把握できないと考えられる。また、学習者の語彙学習は辞書にも頼っている。しかしながら、多義語の様々な意味を習得しようとする際用いる辞書そのものに問題があることも考えられる。『広辞苑』のように時代の出現順序で配列された辞書に取り上げられている用例は現代文のみならず古文も混在しているため、学習者にとって難しい。『大辞林』のような現代語の頻度による辞書の記述はその点では分かりやすいが、「切る」の中のそれぞれの語義は意味的関連性を失い、あたかも同音異義語のように扱われることになる。また、日外辞書の記述は学習者の母語を使用しているため、日本語の意味を的確に表現できているとは言いがたい。  学習者のための辞書を編纂するには、語彙の意味構造を明らかにする必要があると考えている。本研究では、意味の理解がもっとも難しいと筆者が感じた基本語彙の1つ「切る」に着目し、まずその意味構造を明らかにしたい。
 具体的には、「切る」の意味の拡張関係を考察しながら、「切る」の意味構造の全体について分析を試みる。分析に際しては、語彙や意味の研究で多く用いられる認知意味論の手法を参考にしたい。多義的動詞「切る」の意味構造を考察するために、以下のような2つの研究課題を設けた。
 研究課題1について、本研究はプロトタイプをプロトタイプ:<刃物などで> <具体物を> <分離する>と認定する。研究課題2について、本研究は認知意味論の方法論に基づき、「切る」のそれぞれの拡張義を認定している。また、メタファー、メトニミーおよびシネクドキの拡張関係を明らかにすると同時に「切る」の意味ネットワークも明らかにした。  さらに、語彙の各語義は認知主体にどのような前景を選択され、言語化されるかによって決まるものであることから、本稿研究は「切る」の各語義を分析したところ、スキーマを「前景の連鎖に対し、異なる方向で連鎖する背景を補足する」ことにまとめる。
 本研究は、「切る」の意味構造を明らかにするという教科書、辞書開発の基礎研究になり、これからの日本語学習者の語彙教育に役立つであろう。
最終更新日 2011年4月1日