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崔 暁文

2016年11月22日更新

多義動詞「ひく」の意味構造分析
―心理実験で内省分析の結果を検証する―

小川 美幸
修了年度 2015 年度
修士論文題目 多義動詞「ひく」の意味構造分析
―心理実験で内省分析の結果を検証する―
要旨
(1000字以内)

日本語の多義動詞は日常生活において使用頻度が高い。その多くは様々な意味を持ち、中心義(以下プロトタイプの)の習得が容易なものの、拡張義の習得が難しいと考えられる。今井(1993)では、日本語を母語とする英語学習者がwearの意味を習得する際、母語話者のように、構造化された意味カテゴリーを構築することができず、その意味構造が点としてのみ表象されるという結果が得られた。そこから、多義語の意味習得は学習者にとって難しいことが明らかとなった。

本研究は日本語多義動詞の中で極めて多義的な「ひく」を対象に、その意味構造を内省分析によって明らかにし、またその妥当性を、不特定多数の日本語母語話者を対象とした心理実験で検証した。

内省分析ではLangacker(1990b)のビリヤートボール・モデルを用いて「ひく」のプロトタイプ的意味を認定し、『大辞林(第三版)』に掲載された「ひく」の様々な例文を運用し、メタファー、メトニミー、シネクドキという動機付けによって拡張義を分析し、最終的にプロトタイプを中心とした放射状意味カテゴリーを明らかにした。

心理実験では同じく『大辞林(第三版)』の例文を基盤に、日本語母語話者40名を対象としたプロトタイプ判断テストと類似性判断テストを実施した。得られたデータをspssver.22にかけ、「多次元尺度解析(MDS)」と「クラスター分析」によって「ひく」の意味構造を分析した。

内省分析の結果からみると、「ひく」には19個の語義があり、それらは「人が物を主体のほうに移動させる」というプロトタイプを中心に、メタファーとメトニミーという動機付けによって意味拡張し、放射状意味カテゴリーを形成したことが明らかとなった。それを心理実験で検証した結果、両者は必ずしも一致しないことが判明した。内省分析で得られた「ひく」の19個の語義のうち、15個の語義については心理実験の結果と一致し、内省分析の結果が検証されたと言える。一致しない4個の語義について、内省分析の結果が妥当でないものと、心理実験自体に問題があるものがある。そこで、内省分析と心理実験の両方には利点と欠点があり、どちらかだけで分析するのではなく、両方を行うことで、分析の精度を高めることができるということが改めて明らかとなった。

本研究は二つの方法で「ひく」の意味構造を考察したことから、内省分析の結果をより客観的なものにし、さらに母語話者が持つ共通認識に近づけることができたと言える。

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