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三浦 香菜子

2016年11月29日更新

中国語を母語とするJSL生徒の語彙力調査
―小・中学校教科書で使われる多義動詞に着目して―

三浦 香菜子
修了年度 2015 年度
修士論文題目 中国語を母語とするJSL生徒の語彙力調査
―小・中学校教科書で使われる多義動詞に着目して―
要旨
(1000字以内)

日本語を第二言語とする(以下、JSL)生徒にとって、学習言語能力の獲得は生活言語能力の獲得より難しいと指摘されている。特に、教科書では多義動詞が基本的な意味だけではなく抽象的な意味で用いられていることがわかっている。そこで本研究は、そのような語の多義性に着目し、基本的な動詞10語に対しJSL生徒はどの程度異なる意味や用法を習得しているのか、教科書での使用頻度と知っている用法にはどのような関係が見られるのか、語の意味の習得において日本語生徒とJSL生徒でどのような違いがあるのかを明らかにすることを目的とする。対象語及びその語の用法は「現代日本語書き言葉均衡コーパス」の教科書コーパスより選出し、産出と受容の両タスクを用いて日本人生徒10名、中国語を母語とするJSL生徒8名の語彙力を調査した。

調査の結果、滞日年数2年以上のJSL生徒にとって多義動詞の異なる意味・用法の習得は難しく、産出・受容能力ともに日本人生徒との間に有意な差が認められた。産出能力においてJSL生徒が正答率が高い用法は、1)生活場面で日常的に使用されている用法、2)学習場面で高頻度で使用されている用法、3)動詞の意味において中心的な用法であり、一方で正答率が低い用法は、4)日常生活場面で触れる機会の少ない書き言葉で使用される用法、5)広範囲で使用されている語に置き換えが可能な用法、6)場面に即したことばの使い分けが難しい用法であった。受容知識においては、産出知識に比べ知らない用法は少なかったが、4)を含む派生的な用法、家庭内で習得されるような用法において日本人生徒との差が顕著に現れた。日本人生徒・JSL生徒ともに受容知識が産出知識を上回るという結果が示され、本調査対象者のJSL生徒は日本人生徒に比べ産出知識と受容知識の差が大きく約5割の用法が「知っているが、産出できない」状態であることがわかった。

また、教科書コーパスの各用法の使用頻度と産出・受容正答率の間に正の相関関係が認められ、知っている用法と教科書の使用頻度には関連性があることが明らかになった。しかし、教科書には生活場面で既に習得されているであろう用法も多く含んでいたため、「教科書内の頻度」のみを分析対象にするのではなく、日常生活場面の使用頻度にも注目しその影響について検討する必要がある。さらに、産出・受容能力ともに母語の影響も示唆された。中国語と日本語で同じ意味の共起表現をとる用法(例:弓をひく)は産出正答率が高く、「ひく」と「拉」のように中国語と日本語で意味範囲が異なる場合受容正答率が低い傾向が示されたが、この点に関してはフォローアップインタビューなどでさらに調査を行う必要がある。
 本研究は、実際のJSL生徒の多義語の習得状況を明らかにし、具体的な用法及び要因についても示すことができたため、今後JSL生徒のための教科指導の実践の場に有益な示唆が与えられると考える。

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