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呉 雙羽

2016年11月22日更新

日本語多義動詞「うつ」の意味構造

呉 雙羽
修了年度 2015 年度
修士論文題目 日本語多義動詞「うつ」の意味構造
要旨
(1000字以内)

【研究動機・目的】
日本語の基本動詞には多義性があり、上級学習者にとっても習得困難な学習項目である(杉村・赤堀・楠見1999)。特に拡張義の習得困難という問題点が存在する(鷲見, 2015)。海外の日本語教育では、授業時間が限られるため、語彙は学習者による独学が少なくない。その際、未知語は辞書で調べることが多いと考えられる。しかし、日本語母語話者向けに作られた国語辞典は各語義間の関連性を明確にするものではなく、単に意味を記述するものである。そのため、学習者が各語義間の関連性を正確に把握するのは至難の業である。従って、日本語学習者の基本動詞の理解を促進するために、語の全体の関係を解明する意味構造研究を行う必要があると考える。これまでの意味分析研究は研究者の内省分析が多く、それのみの結果では信頼性と妥当性に疑問が残る。筆者は内省分析を補完するためにも、心理実験が必要だと考える。
本研究は、多義動詞「うつ」に着目し、森山(2012; 2015)に倣い、内省分析の結果を複数の日本語母語話者による心理実験で補完することにより、「うつ」の意味構造を明らかにすることで、日本語学習者の多義動詞の習得を促進及び日本語教育の辞書開発に貢献することを目的とする。

【研究方法】
内省分析では、筆者が認知意味論の知見から、動詞と共起するガ格、ヲ格を重視した語義記述(森山2015)を行い、各語義間の関連性を明らかにした。内省分析の結果を踏まえて、心理実験では、日本在住の日本語母語話者63名のデータを採取した。「うつ」の用例をカード分類法(Miller1969;今井1993;森山2015)により、プロトタイプ判断テスト、類似性判断テストを行った。内省分析及び心理実験の結果にそれぞれ限界があるため、認知言語学を専門としている研究者(日本語母語話者)1名とともに、内省分析と心理実験の結果を元に検討して、最終案を示した。

【最終的な結果】
最終案では、「うつ」は「人が物体を(意志的に)強打する」というプロトタイプを中心に、メトニミーとメタファーという2つの動機づけに依拠して、15の拡張義を派生し、放射状カテゴリーを構築している。「うつ」のイメージ・スキーマは「強く、激しく、衝撃的、攻撃的な動作を行うこと」である。

【今後の課題】
本研究では、日本語「うつ」の意味構造を解明した。その結果を台湾人の多義語習得に生かすために、今後は言語類似論の観点から「うつ」の中国語の対応語との対照研究を行う必要があると考えられる。さらに、「うつ」自体も多義的であり、加えて複合動詞の「うち~」には重層的な意味を持つ動詞が少なくない。例えば、「勉強に“うち込む”」と「気持ちが“うち解ける”」の「うち~」は意味構造が大きく異なる。本動詞「うつ」と複合動詞「うち~」の意味の関連づけに関する意味構造は今後の課題としたい。

【主な参考文献】
森山新(2012)「認知意味論的観点からの「切る」の意味構造分析」『同日語文研究』(27),147-159.
森山新(2015)「日本語多義動詞「切る」の意味構造研究―心理的手法により内省分析を検証する―」『認知言語学研究』(1),138−155.

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