2004年度修士論文要旨


氏名

伊東 あゆみ

修了年度

2004年度(2005年1月提出)

修士論文題目

中・上級日本語学習者の説明文理解における協働的読みの効果 
   ―個人読みとペア読みの比較―

要旨

(300字以内)

本研究は、中・上級日本語学習者同士が説明文理解においてお互いに協力し合いながら読むことが、理解に及ぼす効果について検証した。読み条件(ペア×個人)の違いによる一要因被験者間計画で、理解表象レベルで検討した結果、量的な分析からは、ペア読みがテキストベースや状況モデルの構築を促進する効果は見られなかった。また個人読みと比べて要点把握も充分ではないことがわかった。しかし、内容再生と応用課題の回答を詳しく調べた結果、個人読みとペア読みには理解表象に違いがあり、それが文章中のトピック内容に影響を受けている可能性があることが示唆された。またペア読みが理解の促進にも妨害にもなることが示唆された。

要旨

(1000字以内)

近年、日本語教育の実践や研究において、協働学習が注目されている。学習場面における対話には自分の理解状態を見つめる必要性が生じ、また他者(特に仲間)から新たな見方を提示されるという役割があるという(秋田1993)。L2日本語読解において協働学習の実践研究や実践報告(舘岡2000など)からは、学習者同士で学習する効果が質的に報告されているものの、その効果を実証的に検証したものは見当たらない。
本研究は、日本語学習者同士が説明文理解においてお互いに協力し合いながら読むこと(=協働的読み)が、理解に及ぼす効果について検証した。研究課題は以下の2つである。   
研究課題1 ペア読みは説明文理解においてテキストベースの構築を促進するか
研究課題2 ペア読みは説明文理解において状況モデルの構築を促進するか
対象は中級から上級レベルの中国語・韓国語母語話者36名で、読み条件(ペア群×個人群)の違いによる一要因被験者間計画である。研究課題1(テキストベース構築)を検討するために内容自由再生(再生アイデアユニットを得点化)、真偽判断課題を用い、研究課題2(状況モデル構築)を検討するために応用課題を用いた。
分析の結果、量的な分析からは、ペア読みがテキストベースや状況モデルの構築を促進する効果は見られなかった。また個人読みと比べて要点把握も充分ではないことがわかった。しかし、再生アイデアユニットを詳しく調べた結果、本研究で使用した問題解決型の文章において、個人群は前半部分の問題設定の再生が多く、ペア群は後半部分の解決方法の再生が多いことがわかった。また応用課題の回答内容を分析しても、同じような傾向が見られた。このことから、個人読みとペア読みには理解表象に違いがあり、それが文章中のトピック内容に影響を受けている可能性があることが示唆された。また、日本語読解力と再生得点の関係を見たところ、ペア群は個人群と比べばらつきがあり、ペア読みが理解の促進にも妨害にもなることが示唆された。
このことから、学習者同士の学習は誰にでも効果があるということはいえず、教育現場ではその点を考慮に入れる必要があるだろう。

要旨

(2000字以内)

 

修論発表会要旨

【研究背景】L2日本語読解研究では、学習者同士が読解過程を共有し、学習者自身で読解中の問題を解決する協働的な読みの実践報告がなされている(舘岡2000など)。学習者同士が助け合いながら読解を行なうことは理解構築に効果があると予想されるが、これまでの研究は記述的なものであり、協働的な読みの効果を実証的に検証したものは見当たらない。
【研究目的と課題】本研究は、日本語学習者同士が説明文理解においてお互いに協力し合いながら読むこと(=協働的読み)が、理解結果にどのように結びついているのかを、理解表象レベルから検証することを目的とする。研究課題(RQ)は以下の2つである。
RQ1 ペア読みは説明文理解においてテキストベースの構築を促進するか
RQ2 ペア読みは説明文理解において状況モデルの構築を促進するか
【研究方法】被験者は中・上級の中国語・韓国語母語話者36名。読み条件(個人群×ペア群)の違いによる一要因被験者間計画。実験材料文はパニックの発生条件(問題)やその回避方法(解決)について書かれている、約980字からなる問題解決型の説明文。分析測度として、RQ1を検討するために内容自由再生(再生アイデアユニット(以下、IU)を得点化)、真偽判断課題を用い、RQ2を検討するために応用課題を用いた。ペア群は読解過程のみ協力し合い、テスト過程は個人群と同じ条件下で遂行された。
【主な結果】分析の結果、量的な分析からは、ペア読みがテキストベースや状況モデルの構築を促進する効果は見られなかった。また個人読みと比べて要点把握も充分ではないことがわかった。しかし、再生IUを詳しく調べた結果、本研究で使用した問題解決型の文章において、個人群は前半部分の問題設定の再生が多く、ペア群は後半部分の解決方法の再生が多いことがわかった。また応用課題の回答内容を分析しても、わずかながら同じような傾向が見られた。このことから、個人読みとペア読みには理解表象に違いがあり、それが文章中のトピック内容に影響を受けている可能性があることが示唆された。また、日本語読解力と再生得点の関係を見たところ、ペア群は個人群と比べばらつきが大きく、ペア読みが理解の促進にも妨害にもなることが示唆された。
【今後の課題】今回分析しなかったペア間の相互作用の発話プロトコルを分析することで、ペア間の協力のあり方が、どのような理解結果と結びついているかを明らかにできるだろう。さらに、誤再生や推論再生まで分析範囲を広げることで、L2中・上級学習者の読解過程をより明らかにできるだろう。
【主な参考文献】舘岡洋子(2000)「読解過程における学習者間の相互作用 ―ピア・リーディングの可能
性をめぐって―」『アメリカ・カナダ大学連合日本研究センター紀要』23, 25-50.
Kintsch, W. (1998) Comprehension: A paradigm for cognition. Cambridge, NY: Cambridge University Press

 

氏名

稲葉 和栄

修了年度

2004年度(2005年1月提出)

修士論文題目

チャットのおける日本語母語話者の言語的・相互的調整

‐接触場面と母語場面の比較‐

要旨

(300字以内)

本研究では、チャットにおける母語話者の言語的調整と相互行為的調整の特徴を明らかにするために、同一の日本語母語話者が参加する母語場面と接触場面を比較し、そこで
観察された調整をフォリナー・トーク(FT)などの先行研究で得られている結果と対照し分析をおこなった。
日本人1群(15名)−韓国人群(15名)、日本人1群―日本人2群(15名)に絵の間違い探しをするタスクを課し、そこでの言語データを分析対象とした。
その結果、言語的調整ではFTなどで報告されているものと共通する調整の他に、例えば、三角の説明として「△」を使用する視覚的な調整や語・節の繰り返しが少ないなど、文字言語・同期性・記録性などチャットの場面的特性によって引き起こされる調整の特徴が明らかになり、今後、場面的特性を視野にいれた研究の必要性が示唆された。

要旨

(1000字以内)

母語話者の調整はこれまでフォリナー・トーク研究(以下、FT)として数多くの研究がなされているが、その多くは対面を対象としたものに集中している。しかし、近年の技術進歩によってコミュニケーションの形態は多様化してきており、コミュニケーションがおこなわれる場面の特徴によって、母語話者の調整もまた異なると考えられる。そこで、本研究ではチャットを取り上げ、そこでおこなわれる母語話者の言語的・相互行為的調整の特徴を明らかにすることを研究課題とし、FT研究などで明らかにされている結果と対照することでその調整の特徴をチャットの場面的特性と合わせて分析した。
 日本人1群(以下NS)‐韓国人群(以下NNS)[接触場面15ペア]、日本人1群‐日本人2群[母語場面15ペア]に分かれ絵の間違い探しをするタスクをおこなった。うち、日本人1群の接触場面と母語場面におけるデータを分析対象とし、両場面での比較をおこなった。
 その結果、接触場面では、訳語・臨時借用語・同義語による言い換え・釈義の使用・視覚的調整が母語場面より多く使用されていた。また、母語場面では、漢字の多様性・漢字の出現率・語の多様性が統計的に有意に高いか、または高い傾向にあり、接触場面では疑問文の使用割合が有意に高く、さらにYes‐No疑問文を多用してNNS使用の負担を削減する調整が取られる傾向にあった。しかし、「文の複雑さ」「文の長さ」に関しては、両場面で有意な差がなく先行研究とは異なる結果となった。また、チャットと同時にインターネットの翻訳ページを利用しNNSの母語を訳語として使用する調整が見られた他、応答を返すまでの間が「理解困難」や「メッセージの不伝達」といった認識を与え調整を引き出す引き金となっているケースが観察された。これらの調整にはFT研究の結果と共通する調整と、チャットの<文字言語><同期性><記録性>といった場面的特性によって特徴付けられる調整があった。例としては、<文字言語>(1)記号を使った言い換え(例)三角って△ですか、(2)別表記による言い換え(例)台形はだいけい、(3)非文が少ない、<同期性>(4)文がより短く単純になる、<記録性>語や節の繰り返しがほとんどない、などが挙げられる。また、事前調整をおこなう電子メールや手紙など非同期の場面に対し、同期性の高いチャットでは、「発話の繰り返し」が少ない点を除いては会話における相互行為的調整とほぼ同じ調整が観察された。本研究によって、これまで明らかにされてきた母語話者の調整には、場面的特性に依拠するものと共通のものがあることが明らかになり、今後、様々な場面での調整を検証し普遍的な母語話者の調整を検証していく必要性が示唆された。

要旨

(2000字以内)

 

修論発表会要旨

【研究動機と研究課題】

母語話者の調整はこれまでフォリナー・トーク研究(FT)として数多くの研究がなされているが、その多くは対面を対象としたものに集中している。しかし、近年の技術進歩によってコミュニケーションの形態は多様化してきており、コミュニケーションがおこなわれる場面の特徴によって、母語話者の調整もまた異なると考えられる。そこで、本研究ではチャットを取り上げ、そこでおこなわれる母語話者の言語的・相互行為的調整の特徴を明らかにし、先行研究で明らかにされている結果と対照することで、それらの調整の特徴をチャットの場面的特性と合わせて検証することを研究課題とする。

【分析方法】

MSNメッセンジャーを使用し、日本人1群‐韓国人群[接触場面15ペア]、日本人1群‐日本人2群[母語場面15ペア]に分かれ1対1で、絵の間違い探しをするタスクをおこなった。うち、日本人1群の接触場面と母語場面におけるデータを分析対象とし、両場面を比較した。

【結果と考察】

母語話者の調整には、場面的特性に依拠するものと共通のものがあることが明らかになった。

例えば、接触場面では訳語・臨時借用語・同義語による言い換え・釈義の使用・相互行為的調整がより多用され、統計的に有意に疑問文の使用率が高く、Yes‐No疑問文を多用してNNSの負担を削減する調整が取られる傾向にあったが、これらは対面におけるFT研究の結果とほぼ一致しており、「同期性」を有する場面に共通する調整と考えられる。一方で、先行研究では母語場面で文がより長く複雑になるとされているが、チャットでは両場面共に短く単純な文が使用されていた。メッセージを読み、理解し、応答メッセージを考え、文字入力し、送受信するという一連の行程が必要なチャットは、対面と同等の同期性を有していない。この同期性のズレを解消するために、両場面で短く単純な文を使用しテンポよい会話展開をはかっていると考えられる。また、送信までの行程でメッセージを吟味・修正できるため、非文はほとんど観察されなかった。

『台形はだいけいのこと』のように、漢字や外来語をひらがな等で表記しなおす「文字言語」特有の調整、『三角は△のことです』のように、パソコン(PC)の限定された入力機能を利用した視覚的調整、チャットと同時にインターネットの翻訳ページを利用しNNSの母語を訳語として使用する調整やPCの機能をNNSに教えることによって円滑な意思疎通をはかろうとするなどPC使用に関る調整が観察される一方、「記録性」の高さから、会話文で見られるような「発話の繰り返し」調整はほとんど観察されなかった。この他に、母語場面では、漢字の多様性・漢字の出現率・語の多様性が統計的に有意に高い、応答を返すまでの間が「理解困難」や「メッセージの不伝達」といった認識を与えNSの調整を引き出す引き金となっていることなどが明らかになった。

【今後の課題】

本研究は、チャットにおける母語話者の調整を表層面的に分析したのに留まっており、今後はNNSを含めた一連のインターアクション処理過程をミクロレベルで検証する必要がある。

【主な参考文献】

Long, M.H.(1983) “Native Speaker / non-native speaker conversation and the negotiation of comprehensible input”.Applied Linguistics 4:126-141.

志村明彦(1989)「日本語のForeigner Talkと日本語教育」『日本語教育』68号、204-215.

ロング・ダニエル(1992)「日本語によるコミュニケーション−日本語におけるフォリナートークを中心に−」『日本語学』11巻13号、明治書院 24-32.

杉本洋子(2003)『日本語のフォリナーライティング』南山大学大学院修士論文(未刊行) 他

氏名

サロワート=ウィラースィニー

修了年度

2004年度(2005年1月提出)

修士論文題目

タイ人日本語学習者の外来語習得−長音化規則を中心に− 

要旨

(300字以内)

本研究ではタイ人学習者に対して外来語における長音化規則習得を中心に考察した。結果としては、タイ語で外来語として使われる対象語の場合、初級学習者の正答率と上級学習者の正答率はほぼ変わらなかった。このことにより、学習レベルが上がっても、タイ語表記の影響を受け、日本語の長音化規則を習得するのが困難であるといえる。一方、タイ語で外来語として使われない対象語の場合、上級学習者の正答率と初級学習者のそれとは大きな差が見られた。このことにより、タイ語で外来語として使われない単語の場合、学習レベルが上がれば、学習者の頭の中にあるタイ語の構造の影響を受けることが少なくなり、日本語の長音化規則を初級学習者より習得しつつあるといえる。
これらの結果により、学習者にとってタイ語で外来語として使われる単語が学習レベルと関係なく習得しにくいということが分かったため、日本語教育現場では留意する必要がある。

要旨

(1000字以内)

本研究ではタイ人学習者の外来語における長音化規則習得を中心に考察した。目的としては学習者が長音化規則を習得するに当たって、タイ語で外来語として使われる単語の場合と、タイ語で外来語として使われない単語の場合は、学習者の日本語表記にどんな特徴があるかということを考察するとともに、それぞれの場合の初級学習者と上級学習者の得点を比較することである。
 研究方法としては調査用紙を作成し初・上級の学習者に日本語の表記をさせた。この調査では、タイ語で外来語として使われる対象語のパートと、タイ語で外来語として使われない対象語のパートで分類し、タイ語で外来語として使われない対象語のパートはタイ語表記も予測させて書かせた。
 結果をみると、タイ語で外来語として使われる対象語の場合、t検定を行い2群の学習者の正答率に有意差がないという結果が分かった。有意差がないということにより、タイ語で外来語として使われる対象語の場合は初級学習者の正答率と上級学習者の正答率はほぼ変わらなく、つまり、上級学習者の長音化規則習得の程度は初級学習者とはほとんど違いがないと考えられる。このことにより、学習レベルが上がっても、タイ語表記の影響を受け、日本語の長音化規則を習得するのが困難であるといえる。
 一方、タイ語で外来語として使われない対象語の場合、t 検定を行った結果、2群の学習者の正答率に有意差が見られた。このことは、上級学習者の正答率は初級学習者のそれと差があり、初級学習者より上級学習者の方が長音化規則を習得しているという意味を指している。このことにより、タイ語で外来語として使われない単語の場合、学習者が上級に上がったら、学習者の頭の中にあるタイ語の構造の影響を受けることが少なくなり、日本語の長音化規則を初級学習者より習得しつつあると思われる。
 さらに、本研究によりほかに著しい現象が見られた。その中の2点を挙げると、一点目はタイ語表記・予測したタイ語表記で短音の場合、学習者が日本語の回答も同様に短音化したことである。2点目はタイ語表記・予測した表記では母音の後に破裂音がつく場合、学習者が長音符号の代わりに促音を挿入してしまうことである。
 これらの結果により日本語教育現場への示唆としては、タイ語で外来語として使われる日本語の外来語が学習者にとって困難であるため、これらの単語を導入する際に留意すべきである。特にタイ語と日本語の母音の長短が異なる単語の場合にはたくさんの日本語正書法に基づいた表記のインプットが必要であると考えられる。

要旨

(2000字以内)

 

 

修論発表会要旨

【研究動機・目的】
 日本語の外来語における長音化規則がタイ人学習者にとって大きな問題点である。タイ語で外来語として使われる単語と使われない単語を日本語の外来語としてカナカナ語で表記する際、学習者が頭の中にあるタイ語の音韻体系に影響されるかということについて感心を持っている。
本研究の目的はタイ語で外来語として使われる単語の場合と、使われない単語の場合、学習者の日本語表記にどんな特徴があるか、それぞれの場合の初・上級学習者の得点に有意差があるかを考察することである。
【研究方法】
 調査用紙を作成し英語の原語を示した上で初・上級の学習者に日本語の表記をさせた。この調査では、タイ語で外来語として使われる対象語と、タイ語で外来語として使われない対象語で分類し、タイ語で外来語として使われない対象語の部分はタイ語表記も予測させて書かせた。
【主な結果】
 タイ語で外来語として使われる対象語の場合、t検定を行い2群の学習者の正答率に有意差がないという結果が分かった。有意差がないということにより、タイ語で外来語として使われる対象語の場合は初級学習者の正答率と上級学習者の正答率はほぼ変わらないといえる。つまり、学習レベルが上がっても、タイ語表記の影響を受けつづけ、日本語の長音化規則を習得するのが困難であるといえる。
一方、タイ語で外来語として使われない対象語の場合、t 検定の結果、2群の学習者の正答率に有意差が見られた。このことは、上級学習者の正答率は初級学習者のそれと差があり、初級学習者より上級学習者の方が長音化規則を習得しているという意味を指している。このことにより、タイ語で外来語として使われない単語の場合、学習者が上級に上がれば、学習者の頭の中にあるタイ語の影響を受けることが少なくなり、日本語の長音化規則を初級学習者より習得しつつあると思われる。
【今後の課題】
 縦断研究を行うことと、タイ語の発音とタイ人学習者の日本語の聞き取りに関する研究を行うこと
【主な参考文献】
富田隆行(1991)「日本語教育と外来語およびその表記」『日本語学』74号 明治書院,37-44
山下みゆき(1995)「初級日本語学習者の外来語における日本語化規則の習得」お茶の水女子大学修士論文

 

氏名

姜 恩貞

修了年度

2004年度(2005年1月提出)

修士論文題目

韓国人日本語学習者の談話における「視点」に関する研究

要旨

(300字以内)

韓国人日本語学習者(以下、学習者)の談話における「視点」の特徴を視座の統一や各談話における視座・注視点のパターンの分析から検討した。その結果、日本語母語話者は談話の中心人物に一貫して視座を置く傾向にあり視座の統一度が高く、学習者は中心人物と他の登場人物からの視座で述べることが多かった。また、視座・注視点のパターンから学習者も日本語母語話者も中心人物からの視座で述べ談話の後半になるにつれ他の人物(父)の注視点を置く傾向が見られた。特に、日本語母語話者においては中心人物からの視座のみで述べる視座の統一度の最も高いパターンが観察された。一方、学習者は各談話における視座の統一度が低く、さらに母語による「視点」に影響されている可能性が示唆された。

要旨

(1000字以内)

韓国国内の大学で日本語を学んでいる3、4年生の韓国人日本語学習者(以下、学習者)を対象に、談話における「視点」の特徴を日本語母語話者との比較から探ることを本研究の目的とした。台詞のない12コマ漫画のストーリーを描写した談話における「視点」の置き方にどのような特徴が見られるか。「視点」を受身表現、授受表現の視点表現の有無から判断される視座と注視点として捉え、視座の統一度や中心人物の関わる主要場面における視座と注視点の移動パターンを分析し記述することで、談話における「視点」の問題を探った。
課題1では、学習者と日本語母語話者の視座の統一にどのような特徴があるか。また、学習者のレベル間に違いが見られるか。課題2では、@学習者と日本語母語話者の視座・注視点の移動パターンはどのようなものがあり、その特徴は何か。A学習者の視座・注視点の移動パターンにレベルや母語の影響が見られるか、を課題に検討した。
課題1では、日本語母語話者は談話の中心人物に共感し一貫してその人物に「視点」をおいているのに対し、学習者は中心人物だけでなく他の登場人物からの視座で述べられることが多く、談話における視座の統一度が日本語母語話者に比べ低かった。また、学習者の下位グループは主人公と他の人物からの視座の割合が高く、レベルがあがるにつれて他の人物からの視座が減り、ある人物からの視座になる傾向が見られた。 
課題2から、学習者や日本語母語話者に最も多く見られた「視点」の置き方のパターンから、談話のストーリーが後半になるにつれて主人公への共感度が低くなる傾向が見られた。特に、日本語母語話者は談話の後半において父を主語にした注視点を置く傾向があり、「視点」の置き方における主語の重要性を示唆するものである。その次に多く見られたパターン2はABEHの場面がすべて太郎からの視座のものである。特に、日本語母語話者のパターン2の談話は場面JKにおいては全員が父を主語にした「(〜テ)クレル」を用いていることから談話主題を中心にした視座の統一度の最も高いものであった。
一方、学習者の場合、パターン2や、受身表現による太郎からの視座のないパターン9から、視座の統一度は低く、視座の統一された談話の中においてもその程度に差のあることがわかった。また、場面JKの授受表現の用い方から、「(〜テ)アゲル」を「(〜テ)クレル」より多く用いており、さらに「(〜テ)モラウ」や受身表現の文も見られ、主語や適切な授受表現の使用によって「視点」の置き方が異なってくることがわかった。また、下位レベルの学習者の場合、母語による「視点」の置き方に影響されている可能性が示唆された。

要旨

(2000字以内)

 

 

 

 

 

修論発表会要旨

 

 

氏名

小林 久美子

修了年度

2004年度(2005年1月提出)

修士論文題目

読解テスト解答方式が受験者のテスト得点に与える影響
−中国語母語話者の場合−

要旨

(300字以内)

読解テスト解答方式がテスト得点に与える影響を検証した。中国語母語話者の中上級L2日本語学習者64名に、解答方式(多肢選択式(MC)・自由解答式(OE))×テストの項目の種類(グローバル項目・ローカル項目)×日本語読解能力(上・中・下)の3要因混合計画で実験した。結果はグローバル項目はMCがOEより易しい、ローカル項目はMCもOEも難易度に差はなかった。読解能力別では全ての群でMCはOEより易しかった。ただし読解能力別、テスト項目別では、上・中・下におけるMC・OEの得点の関係がグローバル項目とローカル項目とでは異なる可能性が出た。先行研究で述べられたMC・OE解答プロセスへの疑問がもたらされ、今後このプロセスを解明する必要性が示唆された。

要旨

(1000字以内)

 本研究では、テスト解答方式がテスト得点に与える影響を、MC(多肢選択式テスト)とOE(自由解答式テスト)の比較を通して検証した。またテスト項目の種類(グローバル項目とローカル項目)も得点に影響を与える要因の一つとして含め、解答方式との相互作用を見た。さらに日本語読解能力別で見た場合には得点がどうなるかについても分析した。対象は中国語を母語とする成人の中上級L2日本語学習者で、MC群32名、OE群32名、計64名である。64名は日本語読解能力によって上位群・中位群・下位群に分けられた。実験計画はテスト解答方式(MC・OE、被験者間)×テストの項目の種類(グローバル項目・ローカル項目、被験者内)×日本語読解能力(上・中・下、被験者間)の3要因計画である。結果は、テスト得点は全体で見るとMCはOEより高い、つまりMCはOEより易しいことが分かった。しかしテスト項目の種類も加えて分析すると、グローバル項目ではMCがOEより易しいが、ローカル項目ではMCもOEも難易度に差はないことが示された。つまりMC・OEという解答方式が得点に与える影響は一律ではなく、MC・OEを構成するテスト項目の種類によって異なることが分かった。
グローバル項目でMCがOEより易しい理由は、MCは広い範囲の理解が必要であるが選択肢という手がかりがあり、また解答するにも選択のみでよいので受験者にとっては易しい、一方OEは広範囲の理解が必要な上、手がかりもなく、さらに解答するには要約や換言、統合といった高度な技能が求められるので受験者の負担が重いということが考えられる。一方ローカル項目でMCとOEの難易度の差がなかった理由は、ローカル項目はOEでさえ受験者にとってさほど難しくなかったことが挙げられる。つまりOEは選択肢という手がかりがなくテクストの理解を受験者自身で最初から行わなければならないが、ローカル項目であるため理解は狭い範囲でよく、次の解答する段階でも解答が書いてある部分をテクスト内から探し出しさえすれば、あとはそれをそのまま書き写すだけで正答になる可能性もあり、MCと正答率の差が出なかったと考えられる。
日本語読解能力別で見ると、上・中・下どの群においてもMCはOEより易しいということが示された。ただし読解能力別に加え、テスト項目の種類別にMCとOEを比べると、上・中・下におけるMC・OEの得点の関係がグローバル項目とローカル項目とでは異なる可能性が出された。また、以上から先行研究で述べられたMC・OE解答プロセスに関する疑問がもたらされ、今後このプロセスを解明する必要性が示唆された。

要旨

(2000字以内)

 

 

 

修論発表会要旨

 

 

氏名

孫 愛維

修了年度

2004年度(2005年1月提出)

修士論文題目

指示詞の学習過程におけるJSLとJFLの相違性
−台湾人日本語学習者を中心に

要旨

(300字以内)

本研究は、指示詞「コ・ソ・ア」の学習状況におけるJSLとJFLの台湾人学習者の相違を見出すことを目的に、宋(1991)の枠組みを基づき、台湾人学習者の指示詞「コ・ソ・ア」の学習状況を照らし合わせながら分析を試みた。その結果、次のような知見が得られた。(1)指示詞「コ・ソ・ア」全体に対しては、学習環境の違いにもかかわらず、統計的に有意な結果が見られない。(2)指示詞用法ごとに検討する場合、「現場指示の融合型のソ、ア」のみJSLはJFLより有意に高い結果となった。(3)誤用パターンとして、JSL上位群はJFL上位群より「ソ」を使うべきところに「ア」を使用する傾向が見出された。下位群の場合では、JSLはJFLに比較して「ソ→コ」という誤用パターンが見られる一方、JFLはJSLに比較して「ソ→ア」という誤用パターンが見られた。

要旨

(1000字以内)

日本語学習の入門期にすでに指示詞を導入したにもかかわらず、日本語能力が上級になっても中国人の誤用が見られると指摘されている。そのため、中国人学習者を被験者として指示詞の使用実態、誤用の原因を究明する研究が多数ある。しかし、これまでの指示詞習得研究では、学習者の置かれた環境がどのように指示詞の習得に影響を及ぼすかという観点でなされた研究はまだ見当たらない。そこで本研究は、以上述べた学習環境の違いに焦点を当てて相違性を見出すために、JSLとJFLの台湾人の日本語学習者を被験者として、指示詞全体、指示用法、誤用パターンという三つの研究側面に分け、二要因(学習環境及び日本語能力)二水準(JSLかつJFL、上位と下位)の分散分析を試みた。その結果、次のような示唆が得られた。まず、指示詞「コ・ソ・ア」について次の3点が示された。(a)「コ・ソ・ア」において、指示詞の文法理解において学習環境の影響はそれほど顕著ではないことが浮かび上がる。(b)「コ・ソ・ア」において、いずれもJSL下位群はJFL下位群より低い点数を示し、t検定を用いてみると、「コ」系では有意に低い結果が得られ、JSL下位群では「コ」系の使用規則が理解されておらず、学習はまだ模索中という様子が窺える。(c) JSLの標準偏差はJFLより高い数値を見せたことから、JSLはJFLより個人のばらつきが見られる傾向がある。 次に、指示詞用法について次の2点が挙げられる。(d)現場指示もまだ完全に習得されるとは言えない情況を浮き彫りにした。(e)学習環境の効果は、「現場指示の融合型のソ、ア」のみ有意にプラスの結果となった。最後に、誤用パターンついて次の4点が挙げられる。(f)学習環境を問わず、日本語学習期間半年から二年ぐらい時期には、様々な誤用が出現し、学習者が自らの仮説を立てながら、検証している様子が見られる。(i)学習環境の違いにもかかわらず、ソ系とア系の使い分けに混同が多く見られた。(j)「現場指示の対立型」において、JFL下位群はJSL下位群より「ソ→ア」という誤用が見られたのに対して、JSL下位群はJFL下位群より「ソ→コ」という誤用を犯した。また、独立的話題指示において、JSL下位群はJFL下位群より有意に「コ→ソ」という誤用パターンが犯される。(k)相対的話題指示において、JSL上位群はJFL上位群より「ソ→ア」という誤りを犯し、JFL上位群はJSL上位群より「ア→ソ」という誤りを犯すという傾向が観察された。以上の示唆をまとめると、本研究から得られた知見は、次の3点である。(i)指示詞理解において、「現場指示の融合型のソとア」のみJSLはJFLより有意に高い一方、他の指示用法には有意な結果が見られない。よって、今回の研究では、豊富なインプットに晒されることが指示詞理解に飛躍的発展を成し遂げることに結びつかないという結論が得られた。(ii)「現場指示の対立型のコ」及び「独立的話題指示のコ」に対して、JSL下位群はJFL下位群より有意に低い結果が見られたことから、学習者の日本語能力より遥かに越えた複雑なインプットに晒されていても指示詞の理解を促進するばかりか、JFL下位群より低い結果が確認された。(iii)誤用パターンにJSLとJFLの差異が検出されたことから、インプットは指示詞の理解のみならず、誤用パターンにも影響を及ぼす可能性が考えられる。

要旨

(2000字以内)

 

修論発表会要旨

 

 

氏名

張 瑜珊

修了年度

2004年度(2005年1月提出)

修士論文題目

初対面会話の台・日の対照研究  ―女子大生の場合―

要旨

(300字以内)

本研究は筆者が感じた台湾(以下台)・日本(以下日)間の接触場面における初対面会話への違和感を出発点として、対人関係構築の際印象形成に作用を及ぼすと言われる初対面会話の冒頭の5分間を用い、会話の構造面と内容面から台・日対照分析を行った。台・日女子大生による初対面会話をそれぞれ分析した結果、構造面では形式あるいは内容を重視するかの点で両グループに相違が見られた。そして内容面では、社会構造の影響により提示する基本情報と好む話題に差異が観察された。これらの結果は台・日の初対面会話の相違の究明に貢献し、双方の接触場面で起こる違和感の原因に示唆を与えられると考える。

要旨

(1000字以内)

本研究は、台湾人・日本人間の初対面会話における異同を明らかにすることを目的とした。台湾・日本の女子大生による初対面会話の開始後5分間を分析対象とし、会話を構成面と内容面から比較対照することで、双方の異同を追究することを試みた。
本研究における具体的な研究課題は以下の通りである。研究課題1<会話の構成>:(1)会話の導入部の三構成(あいさつ部、自己紹介部、前段展開部)に台湾人・日本人で相違があるか。(2)会話の展開部では、台湾人・日本人でその話題展開の型に違いがあるか。研究課題2<会話の内容>:台湾人・日本人女子大生の初対面会話の話題選択領域とその選択割合には差異があるか。
研究課題1に基づき会話の構成部分(I:あいさつ部、U:自己紹介部、V:前段展開部、W:展開部)について見ると、(T)あいさつ部では、台湾グループでは自分が置かれた状況から誘発される発話が観察され、日本グループでは定型的なあいさつ言葉が多用されることが分かった。(U)自己紹介部では、台湾グループでは情報を提供することが多いのに対し、日本グループは情報を要求することが多かった。さらに、日本グループは台湾グループに比べて交換される情報の種類が多いという特徴があった。(V)前段展開部では、日本グループは自己紹介の情報を発展させる話題が多かったが、台湾グループは自己紹介での情報に関連のない話題が殆どであった。(W)展開部については、台湾グループは日本グループよりも話題数が多く、また小話題の展開の型を見てみると、台湾グループは日本グループと同様に派生型が多く観察され、再出型がより少なかった。大話題の展開の型については、台湾グループは新出型の使用が日本グループより僅かに多かった。
研究課題2の話題内容に関しては、話題の選択領域という点では両グループの間に概ね差がなかったが、台湾グループが「出身」、そして日本グループが「専門」に関する話題カテゴリーを好んで選択するという相違が見られた。
 以上の結果から、台湾グループは日本グループに比べ、@形式より内容を重視する、A積極的な姿勢を持つ、B多数の話題を用いてコミュニケーションを図る、という傾向が見られた。さらに、台湾グループと日本グループの会話内容に相違があることが分かったが、この結果は両グループにおける異なる社会構造を反映していると思われる。この会話進行の形式と重視される内容の違いが明らかになったことによって、相互に初対面会話へ違和感を生む要因が示唆されたと考えられる。

要旨

(2000字以内)

 

修論発表会要旨

 【研究動機・目的】
 本研究は筆者が感じた台湾(以下台)・日本(以下日)間の接触場面における初対面会話での違和感を出発点とした。対人関係構築の際に印象形成に作用を及ぼすと言われる初対面会話の冒頭5分間を用い、台・日の初対面会話における異同を明らかにすることを目的とし、会話を構成面と内容面から対照比較した。本研究における具体的な研究課題は以下の通りである。
研究課題1<会話の構成>:
(1)会話の導入部の三構成(@あいさつ部A自己紹介部B前段展開部)では台・日の異同があるか。
(2)会話の展開部では、台・日におけるC話題展開の型に異同があるか。
研究課題2<会話の内容>:
台・日女子大生の初対面会話の話題選択領域とその選択割合には異同があるか。
【研究方法】
 台・日それぞれ10ペアの初対面会話を「話題」という単位で区分した。そして、課題1−(1)では、三構成を区別し、言語行動について比較する。課題1−(2)では、話題を大話題と小話題に区別し、大・小話題の話題展開の型(新出型、派生型、再生型)の相違を比べる。課題2では、三牧(1999)の話題選択肢リストを基準として台・日の選択肢リストを作り、異同を比べ、それぞれの話題を選択する割合を比較する。
【結果と示唆】
研究課題1に基づき会話の構成部分について見ると、@あいさつ部:台―置かれた状況から誘発される発話、日―定型的なあいさつ言葉、が多用されていることが分かった。A自己紹介部:台―情報提供、日―情報要求、という姿勢が見られた。B前段展開部:台―自己紹介部とあまり関連のない話題を取り上げる、日―既に得た情報を発展させる、ことが観察できた。C展開部:小話題では、台、日とも派生型が多かった。大話題では、台の新出型が日より僅かに多かった。再生型については、大・小話題に関係なく、台は日より少なかった。
研究課題2の話題内容に関しては、話題の選択領域という点では台・日の間に概ね差がなかったが、台が「出身」、日が「専門」に関する話題カテゴリーを好んで選択するという異なる傾向が見られた。
これらの結果は台・日の初対面会話の異同の究明に貢献し、双方の接触場面で起こる違和感の原因に示唆を与えると考える。
【今後の課題】
台湾・日本女子大生の接触場面の初対面会話を加え、台湾・日本女子大生の20分の初対面会話の全貌を明らかにする。そして、社会言語的側面から相互行為による双方関係性の構築についての質的な分析を深めることが重要である。
【主な参考文献】
宇佐美まゆみ 嶺田明美(1995)「対話相手に応じた話題導入の仕方とその展開パターン−初対面二者間の会話分析より−」『名古屋学院大学日本語学・日本語教育論集』 2号  130-145 
三牧陽子(1999)「初対面会話における話題選択スキーマとストラテジー−大学生会話の分析」『日本語教育』 103号 49−58
村上 恵 熊取谷哲夫(1995)「談話トピックの結束性と展開構造」『表現研究』 62号 101-111

 

氏名

徳田 恵

修了年度

2004年度(2005年1月提出)

修士論文題目

未知語との関わり度が語彙学習に与える影響
―多肢選択語注と一語の語注との比較―

要旨

(300字以内)

本研究ではInvolvement Load仮説(Laufer & Hulstijn ,2001)を検証することで、読解における付随的語彙学習で推測の度合いが高い支援のほうが直接意味を提示する支援より語彙学習を促進するのかを明らかにすることを目的とする。
意味を直接与える一語の語注、「多肢選択語注−即時フィードバック」条件、「多肢選択語注+即時フィードバック」条件を要因とし、中国語を母語とする中・上級日本語学習者を対象に読解直後と三週間後の語彙の意味保持について調べた。
その結果、短期的には語彙にもよるが概して直接意味を与えた方が推測するよりも語彙学習を促進するようであること、また、関わり度だけでは語彙学習は説明できなさそうなことも分かった。長期的な保持については、直接意味提示と推測との間に差は見られなかった。

要旨

(1000字以内)

Laufer & Hulstijn (2001)が提唱したInvolvement Load仮説によると関わり度の総量が大きいタスクが語彙学習を促進するとされている。本研究では、Involvement Load仮説において推測が伴うタスクは関わり度が大きく、直接意味を与えるタスクは関わり度が小さいことに着目した。Involvement Load仮説を検証することで、読解における付随的語彙学習で推測の度合いが高い支援のほうが直接意味を与えられる支援より語彙学習を促進するのかを明らかにすることを試みた。
中国語を母語とする中・上級日本語学習者に読解を行わせ、直後と三週間後にどのぐらい対象語となる語彙の意味を保持しているのかを調べた。推測を引き起こす方法としては多肢選択語注を用いた。但し、推測には誤った意味を推測してしまうという欠点があり、一語の語注と多肢選択語注では対象語との遭遇時の意味の理解度が違うという問題点がある。そこで関わり度が高ければ理解度が低くてもより語彙学習を促進するのか否かも検証するため、本研究では、意味を直接与える一語の語注群、多肢選択肢から意味を選ぶだけの「多肢選択語注−即時フィードバック」条件群、多肢選択肢から意味を選んだ後に意味を与えられる「多肢選択語注+即時フィードバック」条件群の3群を比較することとした。 
 その結果、直後テストの成績では一語の語注群において得点が最も高かった。「多肢選択語注+即時フィードバック」条件群も一語の語注とほぼ同程度の得点を上げた。「多肢選択語注−即時フィードバック」条件群は3群中最も低い成績であった。しかし、三週間後の遅延テストではこの差は消えていた。「多肢選択語注+即時フィードバック」条件群で他の2群に比べて、長期的な保持率が低い傾向が見られた。 
このことから、遭遇時の意味の理解の違いがあるため、関わり度だけでは語彙学習は説明できなさそうなことが明らかになった。また、短期的には直接意味を与えた方が推測するよりも語彙学習を促進するようであることも分かった。これは、推測だけでは誤った意味を推測してしまう可能性があるからである。また、正しく推測しても強固な記憶痕跡としては残りにくいようである。しかし、語によっては既有知識と結び付くことで、推測した方がよりよく覚えているものもあった。長期的な保持については、直接意味を与えることと推測との間に差は見られなかった。一度の遭遇では遭遇時の条件に関わらず、保持を促すことは難しいようである。

要旨

(2000字以内)

 

修論発表会要旨

【研究動機】
語彙学習において、推測は効果があると言われる。Involvement Load 仮説(Laufer & Hulstijn 2001)では語彙への関わり度(Involvement)が高いタスクが記憶の保持により効果があるとしているが、 Lauferらが概観した先行研究を見ると、意味を直接与えるタスクよりも推測の度合いが高いタスクのほうが保持が良いことが分かる。しかし、Involvement Load仮説を支持しない研究も報告されている。関わり度が高いタスクの効果、つまり推測の効果については、未だ統一した見解は得られていない。
【研究目的・課題】
推測の度合いが高いタスクのほうが直接意味を与えられるタスクより語彙学習を促進するのか。
1.「多肢選択語注+即時FB」は、「多肢選択語注−即時FB」や一語の語注より語彙学習を促進するか 
2.「多肢選択語注+即時FB」は「多肢選択語注−即時FB」や一語の語注より長期的保持を促進するか
3.<違いが見られる語>読解条件の影響は語によって異なるか
3-1.読解直後では、読解条件の影響は語によって異なるか
3-2.長期的には、読解条件の影響は語によって異なるか
【研究方法】
研究課題1&2:3×3の混合計画。第一要因:読解条件・第二要因テスト時期/研究課題3:語彙ごとに3×3の混合計画//被験者:日本国内の中国語を母語とする中・上級日本語学習者41名//語彙テスト・得点化:L1意味を書く課題・Mori(2002)に従い、五段階評価。
【主な結果】
1.読解直後において「多肢選択語注+即時FB」は語彙学習を促進しなかった。
2.長期的にも「多肢選択語注+即時FB」は語彙学習を促進しなかった。逆にマイナス傾向が見られた。
3.読解条件の影響が見られる語彙が直後でも長期的にも認められた。 
【結論】
1.短期的には直接意味提示が効果的。長期的には即時FBは保持を阻害する可能性が示唆。
2.語によって学びやすい条件が異なる。
【主な参考文献】
Hulstijn, J.H. (1992) Retention of inferred and given word meanings: experiments in incidental vocabulary learning. In P. Arnaud and H. Bejoint, Vocabulary and Applied Linguistics.Macmillan,113-25.
Hulstijn & Laufer(2001) Some empirical evidence for the involvement load hypothesis in vocabulary acquisition. Language Learning,51,539-558.
Nagata, N. (1999) The effectiveness of computer-assisted interactive glosses. Foreign Language Annals,32,469-479.
Watanabe, Y. (1997) INPUT,INTAKE,AND RETENTION Effects of increased processing on incidental learning of foreign language vocabulary, Studies in Second Language Acquisition,19,287-307.

 

氏名

橋本 ゆかり

修了年度

2004年度(2005年1月提出)

修士論文題目

幼児のテンス・アスペクト習得に関する縦断研究
−第二言語におけるアスペクト仮説と定式表現−

要旨

(300字以内)

本研究は、テンス・アスペクトの習得プロセスを明らかにすることを目的とする。英語母語話者の第二言語習得中の幼児(以下L2幼児と称す)1名を対象とし、次記研究課題について縦断研究を行った。1)L2幼児のテンス・アスペクトの習得プロセスはアスペクト仮説(以下AHと称す)の予測と一致するか、2)AHの予測と異なる傾向がみられた場合、それはなぜなのか原因をつきとめるために、L2幼児が動詞と動詞形態素をどのように結びつけ、どのように発達させているのか調査を行う。数量的及び記述分析を行った結果、タ形と到達動詞、テイ形と活動動詞の強い結びつきがみられAHの予測がほぼ確認された。唯一一致が確認されなかった点について微視的調査を行ったところ、習得初期の固まりとしての定式表現の習得、ボトムアップ的ルールである{スロット+チャッタ等}という早期のスキーマ生成に基づく創造的産出プロセスが明らかとなった。

要旨

(1000字以内)

テンス・アスペクトの習得は、第一言語(以下、L1と称す)習得中の幼児、及び第二言語(以下、L2と称す)学習者にとってまちがいが多くむずかしい。どのように習得が進むのか明らかにすることで教育的示唆が得られると考えた。世界的に検証され普遍性が高いとされるアスペクト仮説によれば、タ形は初期に、瞬間的で限界的な到達動詞と強く結びつき、その後達成動詞、活動動詞へと使用が拡がっていき、テイル形は初期に動的で持続的な活動動詞と結びつき、その後達成動詞、到達動詞へと使用が拡がっていく。本研究では、未検討の日本語のL2習得中の幼児(以下、L2幼児と称す)を対象としアスペクト仮説の検討を行った。研究課題1. L2幼児のテンス・アスペクトの習得プロセスは、アスペクト仮説の予測と一致するのか検討する。研究課題2.アスペクト仮説の予測と異なる傾向がみられた場合、それはなぜなのか、原因をつきとめるために、L2幼児が動詞と動詞形態素をどのように結びつけ、どのように発達させているのか調査を行う。英語母語話者のL2幼児(3歳6ヶ月〜4歳4ヶ月)1名を対象とし、2週間に1度(1時間〜3時間)、幼稚園にて自然発話の調査を行った。ル形、タ形、テイ形を用いた文を抽出し、使用されている動詞タイプのコーディングを行い、動詞形態素ごとに各動詞タイプの使用頻度を1ヶ月ごとに算出した。さらに記述分析も併せ分析を行った。研究課題1の結果は、アスペクト仮説の予測であるタ形と到達動詞、テイ形と活動動詞との強い結びつきがみられた。テイ形は、達成動詞、到達動詞と使用が拡がっていった。しかし、タ形と到達動詞との強い結びつきは次第に弱まる傾向がみられなかった。そこで、研究課題2で、タ形の発達プロセスについて調査を行ったところ、タ形の下位ユニットであるチャッタ、ダッタが、インプットからSalienceのある言語単位として切り出され定式表現として習得されていることが確認された。{スロット+(チャッタ等)}という早期スキーマ生成に基づき創造的産出がなされていると考えられ、意味と形態において修正が行われていた。定式表現の習得は固まりのまま丸暗記するという習得初期に起こる現象である。調査時期全体がタ形の初期の習得段階であったと考えられ、今後他の動詞タイプと結びついていくと推測された。
本研究では、日本語習得中のL2幼児においてアスペクト仮説の傾向が確認され、加えて、発達プロセスにおける固まりとしての定式表現の習得、ボトムアップ的ルール、つまり{スロット+(チャッタ、ダッタ、タ)}というスキーマに基づく産出プロセスが明らかにされた。

要旨

(2000字以内)

 

修論発表会要旨

 【研究動機・目的】テンス・アスペクトは学習者にまちがいが多くむずかしい文法項目である。習得メカニズムは、普遍的な部分と可変的な部分を検討することで明らかになっていくと考える。普遍性が高いとされるアスペクト仮説(Andersen & Shirai 1994)は、タは到達動詞、テイは活動動詞と最初に結びつき、次第に他の動詞タイプへと使用が拡がるという。そこで、未検討の第二言語(日本語)習得中の幼児(以下、L2幼児と称す)を対象として、RQ1にてアスペクト仮説の予測と一致するか検討し、RQ2にてアスペクト仮説と異なる傾向がみられた場合、それはなぜか、原因をつきとめるために、L2幼児が動詞と動詞形態素をどのように結び付け、どのように発達させているのか、微視的調査を行うことにした。
【研究方法】本研究は、英語母語話者のL2幼児(3歳6ヶ月〜4歳4ヶ月)1名を対象とした縦断研究である。分析資料は、2週間に1度(2003.09-2004.07)の幼稚園での参与観察(1時間〜3時間)により収集した自然発話データである。分析方法は、RQ1では、発話データよりル、タ、テイを使用した文を抽出し4つの動詞タイプ(状態、活動、達成、到達)にコーディングし、1ヶ月ごとに各動詞形態素の動詞タイプの使用頻度を算出した。RQ2では探索的アプローチにて記述分析と数量的分析を行った。
【結果と考察】RQ1では、初期のタと到達動詞、テイと活動動詞の強い結びつき、さらにテイの使用の拡がりが確認された。RQ2では、RQ1でタの使用の拡がりがみられなかった為、タの発達プロセスについて調査を行った。知覚的認知的にSalienceのある言語単位が定式表現として習得され、{スロット+ピボット(チャッタ、ダッタ、Vタ)}という早期スキーマ生成に基づく創造的産出がみられ、形態及び意味において修正がなされていた。さらに、動詞形態素、動詞におけるスキーマ生成と両者の合成が考えられた。固まりのままの定式表現の習得は習得初期に起こる現象であり、ゆえにタの使用が拡がっていかなかったと考えた。本研究では、L2幼児において、アスペクト仮説の予測が確認され、かつ定式表現の習得、抽象度の低いボトムアップ的ルールであるスキーマによる発達プロセスが明らかにされた。
【今後の課題】ル、テイル、テイタも含め、テンス・アスペクトマーカーの習得プロセスを明らかにしたい。被験児の数を増やし、L2幼児の習得プロセスを明らかにすることを第一の目標とし、さらにL1幼児、L2習得中の大人と比較し、共通性と差異を検討したいと考える。
【主な参考文献】
Andersen, R. W. & Shirai, Y. (1994) Discourse motivations for some cognitive acquisition
principles, Studies in Second Language Acquisition, 16, 133-156.
Ellis, R. (1994) The study of second language acquisition, Oxford: Oxford University Press.

 

氏名

原田 三千代

修了年度

2004年度(2005年1月提出)

修士論文題目

日本語中級作文におけるピア・レスポンス活動の可能性 
      −活動プロセスと作文プロダクトの観点から−    

要旨

(300字以内)

本研究は、ピア・レスポンス活動が、日本語能力に関わらず対等で相互支援的な活動として展開されているかどうかを、活動プロセスと作文プロダクトの観点から探ることを目的とする。中国母語話者5人を対象とし、音声記録を18の発話機能に分類して記述し、その作文を教師フィードバックとの比較において、8項目の評価基準によって得点化した。その結果、学習者の間には「読み手」「書き手」という役割や日本語能力に関わらず、対等で相互支援的な関係が芽生えていることが観察された。また、教師フィードバックとの比較において、ピア・レスポンス活動を経た作文には内容の質的向上がみられ、特に「自己表現の率直さ」との結びつきが顕著であることが示唆された。

要旨

(1000字以内)

本研究では、日本語作文クラスが文法の偏重や受身的な個別作業に陥っているのではないかという疑問を持ち、双方向的な活動に変えるために取り入れたピア・レスポンス活動の応用の可能性を考える。研究目的は、日本語中級作文クラスにおいてピア・レスポンス活動が、日本語能力に関わらず対等で相互支援的な活動として展開されているかを探ることとし、研究課題を2つ設けた。課題1ではピア・レスポンス活動が日本語能力に関わらず対等で相互支援的な活動として展開されているか、活動プロセスの観点から探る。課題2では日本語能力に関わらず作文の質を向上させるか、作文プロダクトの観点から探る。
対象者は中級レベルの中国母語話者5人である。課題となった作文、6回のうち、1回目と6回目の第一作文に対しては自己推敲、2〜5回目に対してはピア・レスポンス活動を行い、それに基づいて第二作文を書いた。データは、ピア・レスポンス活動の音声記録と産出された作文(第一作文と第二作文)である。分析方法は、まず、参加者の相互作用を18の発話機能にカテゴリー化して記述した。また、産出された作文(60)は、8項目の評価基準によって得点化し、各項目の平均評価得点を出した。その際、教師フィードバックと比較するため、別の5人(同カリキュラム、同レベル) の作文(60)もデータに加えた。
研究課題1においては、活動の推移とともに「読み手」「書き手」の発話機能が、アドバ
イスの授受や質問−応答パターンから「意見」「反論」「理由付け」などへと変化し、種類、量ともに拮抗してくることから、「読み手」「書き手」という役割意識が希薄になり、対話的な相互作用が生じていることがわかった。また、「読み手」と「書き手」の言語能力の差に着目し、主に、言語能力の高い「書き手」と低い「読み手」の相互作用を記述・分析した。活動の後期には相互作用の方向性の変化(一方向性から双方向性へ)とリソースの共有化が見られ、ピア・レスポンス活動が、日本語能力にかかわらず、対等で相互支援的な活動として展開されうることが示唆された。研究課題2においては、教師フィードバックとの比較において、ピア・レスポンス活動は、内容的な側面、特に「自己表現の率直さ」との結びつきが強いことが示された。また、ピア・レスポンス活動を行った参加者全員、「自己表現の率直さ」の評価得点が最高得点に達していることから、ピア・レスポンス活動は、参加者の日本語能力にかかわらず「自己表現の率直さ」に影響を与えると考えられる。今後の課題としては、評価項目の設定の見直しと学習者の多様性に焦点をあてた相互作用の分析、例えば地域のクラスなどでの応用の可能性を考えたい。

要旨

(2000字以内)

 

修論発表会要旨

【研究動機・目的】中級作文クラスの実践活動を通して、教師主導型の活動に疑問を持ち、主体的で双方向的な活動に変えるためにピア・レスポンス活動を取り入れた。本研究は、日本語中級作文において、活動プロセスと作文プロダクトの観点から、ピア・レスポンス活動が日本語能力に関わらず対等で相互支援的な活動として展開され、作文の質的向上にもつながっているかどうかを探ることを目的とする。
RQ1:ピア・レスポンス活動が日本語能力に関わらず対等で相互支援的な活動として展開されているか。
1-a.ピア・レスポンス活動は、学習者(読み手、書き手)の役割のあり方を変化させるか。1-b.日本
語能力の異なる学習者の間でも双方向的な支援関係がつくれるか。
RQ2:ピア・レスポンス活動が日本語能力に関わらず作文の質を向上させるか。 2-a.ピア・レスポンス
活動は作文の内容についての評価を向上させるか。 2-b.向上させるとすれば内容のどのような点にお
いてか。 2-c.内容の向上は、日本語能力に関係するか。
【研究方法】
1)対象者 中国語を母語とする中級レベルの5人の日本語学習者
2)データ収集と分析方法−4回のピア・レスポンス活動の音声データ(120分)を18の発話機能に分類し相互作用を記述。6回の課題作文に対しピア・レスポンス活動前の作文(第一作文)とピア・レスポンス活動後の作文(第二作文)を収集(計60)。ただし通常のフィードバックと比較するため、教師フィードバックの作文(60)も収集。作文は8項目の評価基準をもとに、5人の評定者によって得点化。
【主な結果】
ピア・レスポンス活動の推移とともに、学習者の間には「読み手」「書き手」という役割意識が薄れ、日本語能力に関わらず対等で相互支援的な関係が芽生えていることが観察された。また、教師フィードバックとの比較において、ピア・レスポンス活動を経た作文には内容の質的向上がみられ、日本語能力に関わらず「自己表現の率直さ」との結びつきが顕著であることが示唆された。
【今後の課題】
本研究の対象者は日本語学校の就学生で、その背景が極めて類似していた。学習者の多様性に焦点をあてた相互作用の分析と、作文課題と評価項目の見直しを今後の課題としたい。
【参考文献】
池田玲子(2004)「日本語学習における学習者同士の相互助言」『日本語学』第23巻 一月号 36−50
Ohta,A.S.(2001). Second Language Acquisition Processes in the Classroom, 73-127, Lawrece Erlbaum associates.

 

氏名

平野 美恵子

修了年度

2004年度(2005年1月提出)

修士論文題目

多文化共生指向の日本語教育実習における実習生間の話し合い分析

‐ティーチャー・コミュニティー構築の過程に着目して‐

要旨

(300字以内)

多文化共生指向の日本語教育実習に生起したティーチャー・コミュニティー(TC)の構築過程を明らかにするため、母語話者(NS)・非母語話者(NNS)実習生による準備段階3ヶ月の話し合いを対象とし相互作用の組織化を縦断的に分析した。その結果、相互作用を組織化する3つの展開が観察された。「ブレインストーム的展開」はアイデアを出し合う場、「伝導的展開」は各実習生の知識や経験に基づいた情報を提供する場として準備段階初期に頻出し、これらの展開の蓄積を経て実習生達が協働的に意思決定をなす「発展的展開」が準備段階後期に頻出していた。また「発展的展開」で梃子の働きをしていた反対意見表明の行動様式を分析すると、NS・NNS実習生間の相違が次第に消えTC独自の語用論的規範が生まれていたことが明らかになった。

要旨

(1000字以内)

本研究は、多文化共生指向の日本語教育実習で実習生間に生起した実践共同体「ティーチャー・コミュニティー(以下TC)」の構築過程を記述することを目的とした。9人の実習生(日本語母語話者(以下NS)5・日本語非母語話者(以下NNS)4名)による実習準備段階3ヶ月の話し合いを分析対象とし、相互作用の組織化及び相互作用に批判的な視点を与える反対意見表明を縦断的に分析することで、TC構築と相互作用の関係を明らかにしようと試みた。研究課題は@実習生は話し合いにおいて相互作用をどのように組織化していたか、A実習生は話し合いにおいて反対意見をどのように捉えて述べていたか、の2点である。
研究課題1を分析した結果、実習生間の話し合いを組織化する3つの展開パターン「ブレインストーム的展開」「伝導的展開」「発展的展開」が観察された。「ブレインストーム的展開」は様々なアイデアを出し合う場、「伝導的展開」は各実習生の経験や知識に基づいた情報を提供する場として機能し、準備段階初期(以下初期)に多く見られた。これらの展開で提示されたアイデアや情報は次第に実習生全体で活用されるようになり、個人から実習生9人すなわちTCの共有知識へと変化した。これら2つの展開の蓄積を経て、9人の実習生が協働的に意思決定を行う「発展的展開」が準備段階後期(以下後期)に頻出していた。
 研究課題2では、相互作用に批判的な視点をもたらす反対意見を実習生達がどのように述べて実習を共に達成しようとしていたのか、先行研究を踏襲し実習生をNS・NNSに分けて分析した。その結果、NS・NNS実習生間に当初言語文化的な差異が見られたが、次第に両者の述べ方が近づいていき当該TC独自の語用論的規範が生まれていた。またその変化を質的に分析すると、初期には反対意見が正面から受け止められない傾向にあったが、後期ではNS・NNS実習生共に反対意見を述べる側と述べられる側の間で一致しない見解をめぐり折り合いをつけながらよりよい解決策を協働で模索する様子が観察され、そこでは協働的な意思決定をなす「発展的展開」が可能となっていた。
 以上の結果から、話し合いを積み重ねることで9人の実習生が協働的に意思決定を行うことが可能になり、多文化化に伴う学習者の多様化に対し複数の教師達による多様な視点を集結させて対応しようとする教師間の協働及びTCの可能性が示唆されたと考えられる。またその過程で批判的な思考を持って対話に臨み、異なる背景を持つ人々が歩み寄ることにより第三の新たな規範が構築されたことから、多文化社会に不可欠な共生化が当該TCで起こり、多文化社会を担う実習生達自身が共生を体験していた可能性を提示した。

要旨

(2000字以内)

 

修論発表会要旨

【研究動機・目的】
日本語教育においては近年多文化化に伴い学習者の多様化が進み、その変化し続ける教育現場では多様な視点から柔軟に対応することが教師に求められている。そのような状況に対応する一方法として、教師らが協働で教授活動に取り組む実践共同体「ティーチャー・コミュニティー(Teacher Community:以下TC)」(Little, 2003)を形成することが考えられる。そこで本研究では、多文化共生指向の日本語教育実習で実習生間に生起した実践共同体「ティーチャー・コミュニティー(以下TC)」の構築過程を記述することを目的とした。相互作用の組織化及び相互作用に批判的な視点を与える反対意見表明を縦断的に分析することで、相互作用とTC構築の関係を明らかにしようと試みた。研究課題は@実習生は話し合いにおいて相互作用をどのように組織化していたか、A実習生は話し合いにおいて反対意見をどのように捉えて述べていたか、の2点である。
【研究方法】
分析対象は、9人の実習生(日本5・韓国1・台湾2・中国1)による実習準備段階3ヶ月の話し合いで、初期・中期・後期の3期に分けて分析した。分析の際は、発話機能や話し合いの展開の様相を体系的に分析する「発話カテゴリー」(佐藤,1996)及び反対意見表明の行動様式を類型化する「反対意見表明単位方略」(潘,2004)を援用した。
【主な結果】
研究課題@に基づいて分析した結果、相互作用を組織化する3つの展開が観察された。「ブレインストーム的展開」はアイデアを自由に出し合う場、「伝導的展開」は日本語教師歴や母語に関わらず各実習生の知識や経験に基づいた情報を提供する場として初期に頻出し、これらの展開の蓄積を経て実習生達が協働的に意思決定を行う「発展的展開」が後期に頻出していた。研究課題Aの分析では、母語話者・非母語話者実習生間で初期には反対意見表明の行動様式に言語文化的な相違が見られたが、次第に二者間の相異が消え後期にはTC独自の語用論的規範が生まれていたことが分かった。また、反対意見表明を質的に見ると、初期は正面から反対意見が受け止められていなかったが、後期には異なる見解をめぐり互いの良い部分を取り入れることで協働的に意思決定を行う「発展的展開」が可能になっていた。
【今後の課題】
発話連鎖をより局所的に分析し、実習生によるやりとりの協働構築の諸相を追究していくことが求められる。また、準備段階におけるTC構築を経た実習生達が実践の場でどのような空間を学習者と共に構築していたのかを調べ、TCの意義をより明らかにする必要がある。
【主な参考文献】
佐藤公治(1996)『認知心理学からみた読みの世界-対話と協同的学習を目指して-』北大路書房
潘 雪霓(2004)『討論場面における反対意見表明と調整ストラテジーに関する考察‐日・台の比較を通して-』お茶の水女子
大学大学院修士論文(未公刊)
Little, J. W. (2003). Inside Teacher Community: Representation of Classroom Practice. Teachers College Record 105 (6), 913-945.

 

氏名

白 以然

修了年度

2004年度(2005年1月提出)

修士論文題目

複合動詞「〜出す」の習得研究―韓国語を母語とする学習者を中心に―

要旨

(300字以内)

本研究は複合動詞「〜出す」において、韓国語を母語とする学習者はどのような「意味領域(meaning potential)」を持ち、日本語母語話者と学習者はどのようなところで相違しているかを考察する研究である。
「〜出す」の受容範囲を調査した文判断テストの結果、多くの項目において学習者(中上級)は母語話者とは異なる判断をしていた。その要因として、学習者の判断にはL1知識の選択的な使用、L2に対する不完全な知識、その語彙に関する学習経験などが絡んでいることが挙げられる。また、「開始」の「〜出す」と類義語である「〜始める」の領域の区別(差別化)ができるかを見たが、学習者はある程度二つの領域の区別ができても、母語話者とは反対の傾向を見せる項目があり、過剰産出・過少産出する可能性が窺えた。
母語話者の場合、長い間、その言葉に接した経験から自然に語彙の意味領域を内在化するようになるが、学習者にはこのような意味の内在化が自然に行われにくいので、何らかの支援が求められると思われる。

要旨

(1000字以内)

本研究は複合動詞「〜出す」において、韓国語を母語とする学習者はどのような「意味領域(meaning potential)」を持ち、日本語母語話者とはどのようなところで相違しているかを二つの実験から考察する研究である。
実験1は「〜出す」が使われた文の判断テストで、学習者が持っている「〜出す」の受容範囲を調査した。テスト項目には「〜出す」で普段使われる「移動」、「顕在化」の用法と、日本語の「〜出す」は使えないが韓国語の対応語である「〜??」は使える「完遂」の「〜出す」が混じっていた。その結果、母語話者は「完遂」の意味が含まれた「〜出す」文については予想通り強い抵抗感を示したが、学習者の多くは「完遂」の意味を「〜出す」に適用していた。しかし、学習者が母語のみに依存して判断を下したのではなかった。「基本的で具体的な意味」を含んでいる場合、学習者の受容度はより高くなっていたが、これに関してはKellerman(1979)が言った母語の「無標性」とL2である日本語の構造という二つの要因が相互作用していると思われる。また、初級の段階から導入され、学習者に親密と思われる項目の受容度も高かったが、これはTanaka & Abe(1984)が言ったように学習者の判断は個別のケースにより制限されるからである。学習者の判断基準はL1知識の選択的な使用、L2に対する不完全な知識、その語彙に関する学習経験から形成され、このように様々な要素が介入するので、母語話者とは違う意味領域を持つようになると思われる。
実験2では、「開始」の「〜出す」の意味領域に関して、類義語である「〜始める」の領域との区別(差別化)ができるかを見た。母語話者と学習者の間、「開始」の「〜出す」の意味領域にはどのような差があるかを見るのが実験の目的であった。その結果、学習者は母語にはない意味にもかかわらず、ある程度は「〜始める」と異なる「〜出す」の領域を把握していた。しかし、「意図性」も「予測性」もない「開始」項目には「〜出す」を使うという意識は持っていたものの、「意図性」はないが予測は可能な日常の自然現象などに「〜出す」を使ったり、「意図性」も「予測性」も薄いが、話者の内部に動因があるものに関しては「〜始める」を使うなど、過剰産出・過少産出する可能性が窺えた。
母語話者の場合、長い間、その言葉に接した経験から自然に語彙の意味領域を内在化するようになるが、学習者にはこのような意味の内在化が自然に行われにくいので、このような点について支援が求められると思われる。

要旨

(2000字以内)

 

修論発表会要旨

 【研究動機】
上級以上の学習者においても複合動詞は難しい項目である。複合動詞の構成要素のうち、特に頻度と生産性の高い、代表的な複合動詞「〜出す」を対象に研究を行う。また、被験者は韓国語母語話者に設定し、意味および用法に共通点の多い韓国語の対応語「〜??」が意味の習得に及ぼす影響も見る。
【研究目的・課題】
複合動詞後項である「〜出す」において、韓国語を母語とする学習者はどのような「意味領域(meaning potential)」を持ち、日本語母語話者とはどのようなところで相違しているか。
RQ1学習者は自然な「〜出す」文を母語話者と同様に受容できるか。また、母語話者が非受容とする不自然な文は学習者も排除するか。判断に違いがあるとしたら、その要因は何か。
RQ2開始の「〜出す」の場合、学習者は「〜出す」が使われる領域を「〜始める」の領域と区別できるか。その判断は母語話者と比較してどのようなところで異なっているか。
【研究方法】母語話者(36名)と中上級学習者(韓国語母語話者64名)にテスト
RQ1文判断テスト22項目(自然な文11+不自然な文11)
RQ2「出す・始める」選択テスト(出す予想文7+始める予想文7)
【結果と考察】
学習者はある程度意味をわかっても母語話者とは違う判断の基準を持っていて、意味の領域も異なっていた。その要因として、学習者の判断にはL1知識の選択的な使用、L2に対する不完全な知識、その語彙に関する学習経験などが絡んでいることが挙げられる。
「開始」の「〜出す」と類義語である「〜始める」の領域の区別については、学習者はある程度二つの領域の区別ができても、母語話者とは反対の傾向を見せる項目があり、過剰産出・過少産出する可能性が窺えた。
【今後の課題】
学習者に対する綿密なレベル分け、レベルによる変化を明らかにする。
【主な参考文献】
姫野昌子 1999 『複合動詞の構造と意味用法』ひつじ書房
Tanaka, S. and Abe, H. 1985 Conditions on interlingual semantic transfer. In Larson, P., Judd, E.L., and Messerschmitt,D.S.(eds.), pp.101-120 

 

氏名

穆 紅

修了年度

2004年度(2005年1月提出)

修士論文題目

二言語環境に育つ中国語を母語とする小・中学生の中国語と日本語の関係
―会話力の場合―

要旨

(300字以内)

本稿は、日本の公立学校に在籍する中国語を母語とする小・中学生の会話力に焦点を当て、二言語の会話力の測定と質問紙調査の実施を通して、滞在年数・入国年齢・母語の保持努力と二言語能力の関係を分析した。その結果、入国年齢と来日後の母語の保持・喪失状況との間に関係があり、滞在年数に沿って日本語が発達する傾向にあるが、日本語の認知面は滞在年数より中国語からの影響が大きいことが分かった。また、二言語の間に相関があり、母語の保持努力がもっとも中国語に影響し、そして日本語にもプラスに影響することが分かった。さらに、母語保持努力の具体的方法と二言語の関係を詳しく見ると、現在の母語での教科学習がもっとも中国語の認知面によい影響を与え、そして日本語の認知面にもよい影響を与えることが示された。

要旨

(1000字以内)

近年、日本の公立学校に在籍する外国人児童生徒が急増しているとともに、彼らの母語喪失や学業不振などの問題がますます深刻化している。本稿では、二言語環境に育つ小・中学生の二言語能力の向上や教科学習と密接な関係のある認知面における言語能力の発達を促進するために、日本の公立学校に在籍する中国語を母語とする小・中学生52名を対象に中国語と日本語の二言語の会話力を測定した。また、その保護者49名に家庭での言語生活・言語学習の実態について質問紙調査を実施した。そこで、滞在年数、入国年齢と母語の保持努力などの要因がどのように彼らの二言語能力に影響しているのか、何がもっとも重要なのかを分析した。
分析の結果、主に以下ことが明らかになった。

  • 入国年齢10歳以降の子どもはほぼ母語を保持できている傾向にあるが、しかし、入国年齢5歳以前の子どもは母語の保持が非常に難しい。
  • 滞在年数が長くなるとともに、母語の中国語は喪失する傾向にあるが、日本語は伸びる傾向にある。しかし、日本語会話力の認知面は滞在年数より中国語からの影響が大きい。
  • 中国語と日本語の間に相関があり、特に認知面においてお互いに影響することが見られた。
  • 入国年齢や滞在年数より母語の保持努力がもっとも母語の中国語に影響しており、そして、母語の保持努力は日本語にもプラスに影響していることが見られた。
  • 母語保持努力の具体的方法の中で、現在の母語での教科学習がもっとも中国語会話力の認知面によい影響を与え、そしてそれが日本語会話力の認知面にもよい影響を与えることが分かった。


 以上の結果から、母語を保持するための努力が非常に重要であり、それをすることによって母語が促進されると同時に、認知面において母語と相関のある日本語認知的会話力の発達も促進されることが示唆された。そして、母語で教科学習をすることがもっとも母語の認知的会話力を発達させ、さらにそれが日本語の認知的会話力にもプラスに働くことが示唆された。

要旨

(2000字以内)

 

修論発表会要旨

【研究動機・目的】近年、日本の公立学校に在籍する外国人児童生徒が急増しているとともに、彼らの母語喪失や学業不振などの問題がますます深刻化している。そこで、本稿は子どもたちの二言語能力や教科学習能力の向上のために、滞在年数、入国年齢、母語の保持努力などの要因がどのように彼らの二言語能力に影響しているのか、何がもっとも重要なのかを分析し、以下の4つの研究課題を設定した。
RQ1:中国語と日本語の間に相関があるか。
RQ2:入国年齢、滞在年数、母語の保持努力などの要因は中国語能力にどんな影響を与えるか。
RQ3:入国年齢、滞在年数、中国語能力、および母語の保持努力は日本語能力にどんな影響を与えるか。
RQ4:二言語能力の促進に効果的な母語保持努力の方法はあるか。
【研究方法】日本の公立学校に在籍する中国語を母語とする小・中学生52名を対象にOBC会話テストを用いて中国語と日本語の二言語の会話力を測定した。また、その保護者49名に家庭での言語生活・言語学習の実態について質問紙調査を実施した。そして、統計手法を用いて、課題ごとに分析を行った。
【主な結果】
RQ1:中国語と日本語の間に相関があり、特に認知面においてお互いに影響することが見られた。
RQ2:入国年齢が低くなるとともに母語の保持が難しくなり、滞在年数が長くなるとともに母語は喪失する傾向にある。そして入国年齢や滞在年数より母語の保持努力がもっとも中国語能力に影響する。RQ3:滞在年数が長くなるとともに日本語は伸びるが、しかし日本語能力の認知面は滞在年数より中国語からの影響が大きい。中国語能力は入国年齢や滞在年数よりもっとも日本語能力の認知面に影響し、そして母語の保持努力は日本語能力の認知面にもプラスに影響していることが見られた。
RQ4:母語保持努力の具体的方法の中で、現在の母語での教科学習がもっとも中国語能力の認知面によい影響を与え、そしてそれが日本語会話力の認知面にもよい影響を与えることが分かった。
【今後の課題】
二言語環境に育つ子どもたちの読解力・聴解力を測定し、彼らの二言語能力を総合的に分析する。
【主な参考文献】.
Cummins,J&中島和子(1985)「トロント補習校小学生の二言語能力の構造」『バイリンガル・バイカルチュラル教育の現状と課題―在外・帰国子女教育を中心として―』東京学芸大学海外子女教育センター,143-179
朱?淑(2002)「韓国語・日本語の二言語環境にいる韓国人児童の二言語能力―母語の保持・発達を中心に―」お茶の水女子大学修士論文(未刊行)

 

氏名

堀切 友紀子

修了年度

2004年度(2005年1月提出)

修士論文題目

日本語学習者の外来語苦手意識と受容態度の関連 ―英語母語話者の場合―

要旨

(300字以内)

本研究では、日本語学習者が外来語学習時に感じる苦手意識やその受容態度の実態を明らかにすることを目的とし、英語を母語とする日本語学習者93名を対象に質問紙調査を行った。その結果、日本語学習者は外来語に対して「使用抵抗」、「意味抵抗」、「学習困難」、「不安」という苦手意識を持ち、日本語母語話者とは異なる「拒絶」、「英語干渉」、「英語依存」、「積極的受容」という外来語受容態度を持っているということが明らかになった。そして、この外来語受容態度は、学習者が外来語学習時に感じる「聞き取り」に関する習得困難度や、「不安」という苦手意識、日本滞在期間に影響を受けていることが示唆された。また、これらの外来語についての学習者意識を探っていく上で、外来語受容態度と異文化受容態度との関連が推測された。

要旨

(1000字以内)

日本語教育において、外来語は学習者の苦手領域であるとされているにもかかわらず、今まではその習得に焦点を当てた研究が大半で、それらが学習者の心理的要因とどのような関係があるのかという学習者意識を扱った研究は、これまでに行われてこなかった。また、外来語に対する態度に関しても、日本語母語話者の外来語観が大まかに4つのカテゴリーに分けられることが既に示されているが、日本語学習者を対象にしたこのような研究は見当たらない。そこで、本研究では、日本語学習者が外来語学習時に感じる苦手意識やその受容態度の実態を明らかにするために、英語を母語とする日本語学習者93名を対象に質問紙調査を行い、分析を試みた。研究課題は次の通りである。1) 日本語学習者は、外来語学習時に外来語4技能についてどのような習得困難を感じているのか2) 日本語学習者の外来語学習時に感じる苦手意識の構造はどのようなものか3) 日本語学習者の持つ外来語に対する受容態度の構造はどのようなものか4) 日本語学習者の外来語受容態度は、どのような要因に影響されるのか。
その結果、日本語学習者は、外来語に対して実際に「使用抵抗」、「意味抵抗」、「学習困難」、「不安」という苦手意識を持っており、その苦手意識の中でも、特に「不安」という心理的要因が、日本語学習者の外来語受容態度に影響を与えているということが示唆された。また、日本語学習者は、従来の日本語母語話者の外来語観の研究で明らかにされていたものとは異なる「拒絶」、「英語干渉」、「英語依存」、「積極的受容」という独自の外来語に対する態度であることも示された。また、この日本語学習者の外来語受容態度も、外来語苦手意識と同様、日本語能力や日本語学習期間とは関連がないことが本研究によって示された。つまり、日本語学習が進むにつれて日本語力が向上し、外来語学習も進み、外来語がより受容されていくのではなく、そこには様々な心理的要因や日本滞在歴などの学習背景が関連しているということが明らかになった。
さらに、その外来語受容態度は、学習者が外来語学習時に感じる「聞き取り」に関する習得困難度や、日本滞在期間にも影響を受けているということも示唆された。また、これらの外来語苦手意識や外来語受容態度の実態を探っていく上で、外来語受容態度と異文化受容態度の間には何らかの関連があるのではないかということが推測された。今後は、アイデンティティや異文化受容態度を測定した上で、それらの変化と外来語受容態度との関連を捉えるための横断的・縦断的な研究が必要である。

要旨

(2000字以内)

 

修論発表会要旨

【研究動機・目的】
日本語教育において、外来語は学習者の苦手領域であるとされているにもかかわらず、今まではその習得に焦点を当てた研究が大半で、それらが学習者の心理的要因とどのような関係があるのかという学習者意識を扱った研究は、これまでに行われてこなかった。また、日本語母語話者の外来語観が大まかに4つのカテゴリーに分けられることが既に示されている一方で、日本語学習者を対象にしたこのような研究は見当たらない。そこで、本研究では、日本語学習者が外来語学習時に感じる苦手意識やその受容態度の実態を明らかにするために、以下の研究課題を設定した。1) 日本語学習者は、外来語学習時に外来語4技能についてどのような習得困難を感じているのか2) 日本語学習者の外来語学習時に感じる苦手意識の構造はどのようなものか3) 日本語学習者の持つ外来語に対する受容態度の構造はどのようなものか4) 日本語学習者の外来語受容態度は、どのような要因に影響されるのか。
【研究方法】
英語を母語とする日本語学習者93名を対象に、外来語4技能習得困難度、外来語苦手意識、外来語受容態度に対する質問項目と、フェイスシートから成る質問紙調査を行い、統計的分析を試みた。
【主な結果】
日本語学習者は、外来語に対して「使用抵抗」、「意味抵抗」、「学習困難」、「不安」という苦手意識を持ち、さらに「拒絶」、「英語干渉」、「英語依存」、「積極的受容」という独自の外来語受容態度を持つことが示唆された。また、それらは日本語能力や日本語学習期間とは直接関連がないことが示された。つまり、日本語学習が進むにつれて日本語力が向上し、外来語学習も進み、外来語がより受容されていくのではなく、そこには様々な心理的要因や日本滞在歴などの学習背景が関連しているということが明らかになった。また、これらの外来語苦手意識や外来語受容態度の実態を探っていく上で、外来語受容態度と異文化受容態度の間には何らかの関連があるのではないかということが推測された。

【今後の課題】
今後は、学習環境を考慮に入れた上で、アイデンティティや異文化受容態度を測定し、それらの変化と外来語受容態度との関連を捉えるための横断的・縦断的な研究が必要である。

【主な参考文献】
鈴木俊二(2000)「日本語における「外来語」観の変遷−接触言語学の視点からの考察−」『国際短期大学紀要』第14号27-94
Althen,G(1994) Learning across cultures, NAFSA:Association of International Educators.
Berry,J.W. &Poortinga,Y.H. &Segall, M.H. & Dasen, P.R.(1992)Cross-cultural psychology:Reserch and applications,Cambridge University Press

 

氏名

三輪 充子

修了年度

2004年度(2005年1月提出)

修士論文題目

日本語イマージョン教師の実践知 
―米国南部の小学校教師のインタビューから 

要旨

(300字以内)

本研究は、米国南部で行われている日本語イマージョンプログラムの教師を対象に実施したインタビューデータから、彼らがイマージョン教育実践をどのように経験しどのように捉えているのかという実践知の一部を明らかにしたものである。データから「利点」と「困難」という二つの特徴が見出された。教師はイマージョン教育を、外国語習得というだけではなく、異なるものを受け入れる姿勢を育てるプログラムとして捉えていることがわかった。困難についての認識から教師の日本語、教科内容の習熟、個々の子どもへの対応などの教育力についての課題意識が見出された。地域全体の日本語教育の振興がプログラムの成功の鍵となるとの認識も示す。これらのことから、教師は日本語の教師にとどまらず子どもの全人的教育を担う存在であり、プログラムをデザインし運営する主体的な実践者であることが示唆された。

要旨

(1000字以内)

イマージョンプログラムは目標言語で教科学習を行うことにより母語と第2言語の両方を伸ばそうとする外国語教育法であり、カナダ、アメリカ合衆国をはじめ各地で試行されている。本研究はアメリカ合衆国南部にある日本語イマージョンプログラムの教師に注目する。彼らがイマージョンプログラムという教育実践をどのように経験し捉えているのかを、宮崎(1998)が提唱する「実践知」の概念を用い、明らかにすることを目的とした。
イマージョン教師(以下、教師)6名のインタビューデータをミニ版グラウンデッドセオリーアプローチを用い分析を行った。分析の結果、教師がイマージョン教育実践に対して持つ認識に大きく二つの特徴が見られた。それは、イマージョン教育の利点についての認識とイマージョン教育を実践するにあたっての困難である。
イマージョン教育の利点を授業実践と子どもが得る体験についての視点から分析した結果、教師はイマージョン教育を外国語を習得するというより、異なるものを恐れず受容する姿勢を持つ子どもを育成するプログラムとして認識していることがわかった。教師は、子どもは日本語という力を持つことにより自尊感情を高めることができると認識し、それが学習に積極的に取り組むきっかけとなりうると考えている。教師自らも外国語で内容を教える内容重視の教育法を実践することで、教育能力を高めていることがわかった。
 一方、イマージョン教育の困難を授業実践と教室を取り囲む文脈という視点から分析した結果、教師は多くの課題意識を持っていることがわかった。まず、どのように日本語をツールとして子どもの思考力を育てていけるかがあげられる。つまり内容重視の日本語教育をより効果的に実践するための方法が必要と考えていることがわかった。目標のひとつである日本語の習熟のためには子どもの母語の発達が重要であると認識していることも示唆された。多様な背景を持つ子どものニーズを理解し成長を見守ることも課題である。地域全体の日本語教育を振興することもプログラムの存続を含めた大きな課題であると、教師が認識していることもわかった。
 以上のことから、イマージョン教師はイマージョン教育を多文化社会の実現という指向をもつものとして捉えていることがわかった。また教師は、日本語の教師というだけにとどまらず、子どもの全人的教育を担っていることや、日本語プログラムをデザインし運営をする主体的な実践者であることが示唆された。

要旨

(2000字以内)

 

修論発表会要旨

【研究目的】
本研究は米国南部にある日本語イマージョンプログラムの教師に着目する。イマージョン教育実践の一端を明らかにするために、教師がどのようにイマージョン教育を認識しているのか、経験からどのような実践知を得ているかを探ることを目的とする。
【研究方法】
日本語イマージョン教師6人を対象に、半構造化インタビューを実施した。文字化したインタビューデータをミニ版グラウンデッドセオリーを援用し分析を行った。
【結果と考察】
イマージョン教育の利点を分析した結果、教師はイマージョン教育を、異なるものを恐れず受容する姿勢を持つ子どもを育成するプログラムとして認識していることがわかった。教師は、子どもが日本語という力を得ることで自尊感情を高め、それが学習に積極的に取り組むきっかけとなりうると考えている。イマージョン教育の困難について分析した結果、教師は多くの課題を認識していることがわかった。子どもの思考力の育成を課題の一つと捉えている。日本語の習熟のために母語の発達が重要であると認識していることも示唆された。地域全体の日本語教育を振興することもプログラムの成長、存続を含めた大きな課題であると認識していることも見出された。これら教師の実践知から、イマージョン教師はイマージョン教育を多文化社会の実現という指向をもつものとして捉えていると考えられる。また教師は、日本語の教師というだけではなく子どもの全人的教育を担う存在であることや、日本語プログラムをデザインし運営をする主体的な実践者であることが示唆された。
【今後の課題】
 イマージョン教育実践を明らかにするために、違う視点からの教師の実践知の検討、他の地域の日本語イマージョン教師の実践知を調査する必要がある。教師が実際どのように授業を行っているか、子どもとの相互作用がどのように行われているかという授業実践の検討も必要である。教師の考えと授業実践の双方を検討することで、イマージョン教育実践のありようへの理解が進むと考える。
【主な参考文献】
・宮崎清孝 (1998) 「心理学は実践知をいかにして超えるかー研究が実践の場に入るときー」佐伯胖, 宮崎清孝, 佐藤学, 石黒広昭 編 『心理学と教育実践の間で』 東京大学出版会, pp 57-101
・Walker, Constance L. Tedick, Diane J.(2000) The Complexity of Immersion Education: Teachers Address the Issues The Modern Language Journal 84(1) pp 5-27 

 

氏名

山本 昌代

修了年度

2004年度(2005年1月提出)

修士論文題目

中国語を母語とする日本在住児童生徒の二言語能力  −作文タスクを通して−

要旨

(300字以内)

本研究では、中国語を母語とする児童生徒67名を対象に作文タスクを実施し、児童生徒の二言語作文力の実態と相関性について分析を行った。その結果、入国年齢の高い子どもの方が低い子どもより日本語作文力の習得と中国語作文力の維持に有利であることが示された。特に、10歳前後が中国語作文力の形成に重要な時期であることが確認された。また、「産出量」「語彙の多様性」「作文の質」の全指標で日本語作文力と中国語作文力に相関が確認されたことから、子どもの二言語作文力が相互依存関係にあることも示された。これらより、日本語を母語としない子どもに対しては、母語の維持・発達を視野に入れた日本語指導や学習支援が重要であることが示唆された。

要旨

(1000字以内)

近年、日本の小・中学校では日本語を母語としない子ども達が急増し、このような子ども達の母語や既習知識を日本での学習に関連づけられるような日本語指導や学習支援が求められるようになっている。本研究では、このような日本語指導や学習支援のあり方を探る手がかりとして、中国語を母語とする子ども達の日本語作文力と中国語作文力の実態とその相関性について分析を行った。  
調査では、公立小・中学校に在籍する中国語を母語とする児童生徒67名を対象に作文タスクを実施した。そして、それらを「産出量」、「語彙の多様性」、「作文の質」の指標に基づき評定し、各児童生徒の二言語作文力の実態を把握した。更に、二言語作文力の評定結果を用いて、滞在年数や入国年齢などの個人要因と二言語作文力の関係、日本語作文力と中国語作文力の関係について分析を行った。
分析の結果、子どもの日本語作文力は滞在3年頃まで伸長し、その後は個人差が大きくなる傾向があることが明らかとなった。また、中国語作文力は滞在4年以上で大きく低下する傾向があることが認められた。更に、入国年齢11歳以上と入国年齢7,8,9,10歳の子どもの二言語作文力を比較した結果、入国年齢の高い子どもの方が低い子どもより第二言語の作文力の習得と母語の作文力の維持に有利であることが示された。特に、入国年齢10歳未満と10歳以上の子どもの中国語作文力に有意差が認められたことから、10歳前後が母語の作文力の形成にとって重要な時期であることが確認された。
更に、子どもの日本語作文力と中国語作文力の関係について調べた結果、「産出量」、「語彙の多様性」、「作文の質」の全項目で有意な相関が確認された。これにより、子どもの日本語作文力と中国語作文力は相互依存関係にあり、日本語作文力の発達には中国語作文力の維持・発達が重要であることが示された。また、入国年齢7,8,9,10歳の子どもに日本語作文力と中国語作文力の指標がともに平均値以下のケースが観察されたことから、入国年齢10歳前後の子どもの場合、中国語作文力を維持・発達させるための学習支援が必要であることが示された。
本研究の分析結果より、日本語を母語としない子ども達に対しては、コミュニケーションのツールとしての日本語指導だけでなく、子どもの母語や母語で培われた知識を日本での学習に結びつけられるような学習支援が重要であることが示唆された。

要旨

(2000字以内)

 

修論発表会要旨

 【研究動機・目的】
近年、日本の小・中学校では日本語を母語としない子ども達が急増し、このような子ども達の母語や既習知識を日本での学習に関連づけられるような日本語指導や学習支援が求められるようになっている。本研究では、このような日本語指導や学習支援のあり方を探る手がかりとして、中国語を母語とする子ども達の日本語作文力と中国語作文力の実態とその相関性について分析を行った。
【研究方法】
調査では、公立小・中学校に在籍する中国語を母語とする児童生徒67名を対象に作文タスクを実施した。そして、それらを「産出量」「語彙の多様性」「作文の質」の指標に基づき評定し、各児童生徒の二言語作文力の実態を把握した。更に、二言語作文力の評定結果を用いて、滞在年数や入国年齢などの個人要因と二言語作文力の関係、日本語作文力と中国語作文力の関係について分析を行った。
【主な結果】
分析の結果、入国年齢の高い子どもの方が低い子どもより第二言語の作文力の習得と母語の作文力の維持に有利であることが示された。特に、入国年齢10歳未満と10歳以上の子どもの中国語作文力に有意差が認められたことから、10歳前後が母語の作文力の形成に重要な時期であることが確認された。
更に、子どもの日本語作文力と中国語作文力の関係を調べた結果、「産出量」「語彙の多様性」「作文の質」の全項目で有意な相関が確認された。これにより、子どもの日本語作文力と中国語作文力は相互依存関係にあり、日本語作文力の発達には中国語作文力の発達が重要であることが示された。また、入国年齢7,8,9,10歳の子どもに日本語作文力と中国語作文力がともに平均値以下のケースが観察されたことから、入国年齢10歳前後の子どもの場合、中国語作文力を発達させるための学習支援が必要であることが示された。
本研究の分析結果より、日本語を母語としない子ども達に対しては、子どもの母語や母語で培われた知識を日本での学習に結びつけられるような日本語指導や学習支援が重要であることが示唆された。
【今後の課題】
調査対象者を増やし、子どもの二言語能力の実態と相関性を更に検証する必要がある。
【主な参考文献】
生田裕子(2002)「ブラジル人中学生の第1言語能力と第2言語能力の関係−作文のタスクを通して−」『世界の日本語教育』12号 pp.63-77
河野麻衣子(2004)「二言語併用環境下の年少者の作文における母語と日本語の関係−中国語を母語とする中学生を対象に−」お茶の水女子大学修士論文

 

氏名

スヴェータ=ユルダシェワ

修了年度

2004年度(2005年1月提出)

修士論文題目

比喩表現の習得困難度と母語の概念比喩の知識の影響について ―ロシア語話者を対象に―

要旨

(300字以内)

本稿はロシア語を母語とする日本語学習者の日本語の比喩表現に焦点を当て、比喩表現の習得困難度と理解と産出タスクに当たって母語の概念比喩の影響を見ようとしたものである。論証に当たっては身体部位の日露比喩表現を取り上げ、それらの概念ベースと言語形式の比較に基づいて、Charteris−Black (2002)が提唱した6つのタイプの対照モデルにまとめた。70人中上級の学習者を対象に、比喩表現のパフォーマンスを直訳、理解、産出の観点から調査した。
その結果は、両言語において言語形式と概念ベースが同様である比喩表現は習得困難度が一番低いであることが明らかになった。習得困難度が一番高いと思われるものは概念ベースが違うが、言語形式は同様である。また、概念ベースも言語形式も違い、文化的に不透明である比喩表現は習得困難度が高い。学習者は第二言語の未知の比喩表現を処理する際、母語の概念比喩の知識を利用しているという証拠も得られた。また、多くの場合、比喩表現の意味の解釈において、学習者は言語形式に依存し、母語からの違う概念ベースの比喩表現として捕らえる。運用を左右する他の要因としては比喩表現の使用頻度とタスクの形式も考えられる。
比喩表現の指導としては、両言語の比喩表現の概念ベースが違う場合、学習者に概念ベースの違いに気づかせ、また言語形式が類似的、あるいは違う場合も言語形式の明示的に教えることが必要である。
今後の課題としては学習者が6つのタイプの比喩表現を処理する際、どの言語形式の要素(動詞、名詞、助詞)に依存するか、つまり文法的な知識と概念ベースの知識との相互作用について調べることが必要である。また、比喩表現は、談話の中の言語的な現象であるため、コンテキストの影響を考慮し、比喩表現の処理プロセスについて詳しく調べることが求められる。

要旨

(1000字以内)

本稿はロシア語を母語とする日本語学習者の日本語の比喩表現に焦点を当て、比喩表現の習得困難度と理解と産出タスクに当たって母語の概念比喩の影響を見ようとするものである。Lakoff & Johnson(1980)はある概念領域を他の概念領域へと写像(mapping)することで理解する―その写像の結果生じた概念間の対応を「概念メタファー(conceptual metaphor)」と呼ぶ。そして概念比喩を「メタファーによって理解可能な表現を体系化するための手法」であると提唱した。論証に当たっては身体部位の日露比喩表現を取り上げ、それらの概念ベースと言語形式の比較に基づいて、Charteris Black (2002)が提唱した6つのタイプの対照モデルにまとめた。両言語の比喩表現の対照を行うことによってどんな比喩表現のタイプが学習者にとって一番難しいかを調べ、習得困難度を予測できると思われる。対照モデルに基づいて、70人中上級の学習者を対象に、比喩表現のパフォーマンスを直訳、理解、産出の観点から調査した。
その結果は、両言語において言語形式と概念ベースが同様である比喩表現は習得困難度が一番低いであることが明らかになった。一番習得困難度が高いものは概念ベースが違うが、言語形式は同様である。また、概念ベースも言語形式も違い、文化的に不透明である比喩表現は習得困難度が高いと思われる。直訳タスクと理解タスクから学習者は第二言語の未知の比喩表現を処理する際、母語の概念比喩の知識を利用しているといういくつかの証拠が得られた。また、多くの場合、比喩表現の意味を理解しようとする学習者は言語形式に依存し、違う概念ベースの母語の比喩表現として解釈するものである。運用を左右する他の要因としては比喩表現の使用頻度とタスクの形式も考えられる。
教育的な示唆に当たっては、両言語の比喩表現の概念ベースが違う場合、学習者に概念ベースの違いに気づかせ、また言語形式が類似的、あるいは違う場合も言語形式の明示的な指導が必要だと思われる。
今後の課題としては6つのタイプの比喩表現の理解において学習者は比喩表現を処理する際、言語形式のどの要素(動詞、名詞、助詞)に依存するか、つまり文法的な知識と概念ベースの知識との相互作用について調べることが必要である。また、比喩表現は、談話の中の言語的な現象であるため、コンテキストの影響を考慮し、比喩表現の処理プロセスについて詳しく調べることが求められる。

修論発表会要旨

【研究動機・目的】
第二言語の比喩表現は母語との文化的な相違点、言語形式の多様性のため習得が難しいと思われる。Charteris-Black(2002)は母語と目的言語の比喩表現の言語形式と概念的ベースの比較によって学習者にとって習得が難しい比喩表現はどんなものか予測できると述べている。本研究はロシア語を母語とする日本語学習者の比喩表現の習得困難度と母語の概念比喩の影響を見ようとするものである。
【研究方法】
70人の日本語学習者の比喩表現のパフォーマンスを3つのタスク(直訳、選択支の理解と産出タスク)によって調べた。得点化の後、分散分析を行った。それぞれの6つタイプの比喩表現の理解度、または習得困難度を調べ、どんなタイプにどのような誤用が見られたか、比喩表現の処理に母語の概念比喩がアクセスされたかを考察した。また、学習者の比喩表現の知識に関するアンケートを行った。
【主な結果】
先行研究の結果と一致したのはタイプ1の比喩表現であり、習得困難度が一番低いと思われる。次にタイプ2とタイプ5である。タイプ3はもっとも習得困難度が高いであるというのも一致した。タイプ4の処理には母語の概念比喩の知識の影響が見られた。つまり、学習者は未知の比喩表現を解釈する際、言語形式に依存し、母語の概念比喩を利用し、解釈しようとしていると予測できる。第二言語教室では、学習者に目的言語のタイプ3の比喩表現に関しては、その概念ベースに焦点を当て、教えることが望ましい。また、タイプ2と4の場合、言語形式を重視した指導が必要であるという示唆を得た。
【今後の課題】
本研究では身体部位の表現だけを対象とし、項目の選択の要因とタスクの形式の要因の影響があったと思われる。また、比喩表現の運用と談話とコンテキストの関連性を考慮し、さらに調べる意義がある。
【主な参考文献】
山梨正明(1990)「比喩と理解」東京大学出版会
瀬戸賢一(1995)「メタファー思考」講談社現代新書
Boers, F. (2004) Expanding learners` vocabulary through metaphor awareness: what expansion, what learners, what vocabulary? Studies on language acquisition(SOLA):18
Charteris-Black, J.(2002)Second language figurative proficiency: a comparative study of Malay and English. Applied linguistics 23/1: 104-133. Oxford university press.

 

氏名

ジュルディス=ルスパエワ

修了年度

2004年度(2005年1月提出)

修士論文題目

日本語学習者(JFL)における『−テイル』の習得について
―「動作の持続」と「結果の状態」の用法を中心に―

要旨

(300字以内)

本稿では動詞の『−テイル』の習得について調査した。調査の対象者は、キルギス語話者(L1進行形、L1「結果の状態」形式があり)25名とロシア語話者(L1進行形、L1「結果の状態」形式なし)25名である。研究方法として絵の口頭描写と文法テストを実施した。
 調査の結果、タスクタイプにより異なっていた。文法テストの結果から、キルギス語話者とロシア語話者日本語学習者にとって「動作の持続」は「結果の状態」より習得しやすいという結論が得られた。しかし、絵の描写のタスクの結果、正用使用数と誤用使用数のデータから用法の効果がみられなかった。次に、L1の進行形の有無は「動作の持続」の習得に影響しているかどうか検証したところ、L1の進行形の有無は『−テイル』の習得に影響していないと結論が得られた。L1の「結果の状態」形式の有無は「結果の状態」の習得に影響しているかどうか検証したところ、L1「結果の状態」形式の有無は『−テイル』の習得に影響していると結論が得られた。

要旨

(1000字以内)

本稿では日本語学習者の動詞の『−テイル』の習得について調査した。『−テイル』の中心的な用法である「動作の持続」と「結果の状態」の習得順序が多くの研究で検証され、「結果の状態」の習得が困難であると報告されている。この習得パターンは普遍的だといわれてきたが、ここ数年、その普遍性が議論されてきて習得における他の要因(インストラクションの影響、L1の役割の影響など)が指摘されている(許1997、2000;小山2003;菅谷2002;Ishida 2004;Shirai 2002)。 以上の問題点を踏まえて、本研究では二つの研究課題を設定した。
@キルギス語話者とロシア語話者の日本語学習者にとって「動作の持続」は「結果の状態」より習得しやすいか。
AL1の進行形の有無は「動作の持続」の習得に影響しているか。またL1の「結果の状態」形式の有無は「結果の状態」の習得に影響しているか。
調査の対象者は、キルギス語話者(L1進行形、L1「結果の状態」形式があり)25名とロシア語話者(L1進行形、L1「結果の状態」形式なし)25名である。
研究方法として絵の口頭描写と文法テストを実施した。調査の結果、タスクタイプにより異なっていた。文法テストでは、「動作の持続」と「結果の状態」の得点に有意な差が見られ、キルギス語話者とロシア語話者を問わず「動作の持続」の方が「結果の状態」より高い正答率となった。したがって、キルギス語話者とロシア語話者日本語学習者にとって「動作の持続」は「結果の状態」より習得しやすいという結論が得られた。しかし、絵の描写のタスクの結果、 正用使用数と誤用使用数のデータから用法の効果がみられなかった。次に、L1の進行形の有無は「動作の持続」の習得に影響しているか検証したところ、両タスクでは同様の結果となっていた。両群において「動作の持続」の得点に関する有意な差が見られなかった。この結果から、L1の進行形の有無は『−テイル』の習得に影響していないと結論できる。またL1の「結果の状態」形式の有無は「結果の状態」の習得に影響しているかどうか検証したところ、文法テストでは、「結果の状態」の得点がキルギス語話者はロシア語話者より有意に高くなっていた。絵の描写タスクでは、「結果の状態」の正用数に関して、両群による得点の差が見られなかった。しかし、誤用数に関しては、L1の効果が見られ、キルギス語話者はロシア語話者より誤用数が少なかった。以上、L1「結果の状態」形式の有無はテイルの習得に影響しているのではないかと結論づけられる。

要旨

(2000字以内)

 

修論発表会要旨

【研究動機・目的】
『-テイル』の習得過程の普遍性が議論されている。習得の要因として、L1とインストラクションの影響が指摘されている(Shirai 2002)。
研究目的:
@ 「動作の持続」と「結果の状態」の習得順序の普遍性を検証する。・・・・・・・
A L1の進行形の有無は、「動作の持続」の『-テイル』の習得に影響しているかどうか明らかにする。
B L1の「結果の状態」形式の有無は、「結果の状態の『-テイル』の習得に影響しているか。
【被験者】
・L1進行形と「結果の状態」形式があるキルギス語話者25名。
・L1進行形と「結果の状態」形式がないロシア語話者25名。
【研究方法】
文法テスト
絵の描写タスク・・・・・・・
【主な結果】
@「動作の持続」のほうが「結果の状態」より習得しやすい。
AL1の進行形の有無は、「動作の持続」の習得に影響していない。
BL1の「結果の状態」形式の有無は、「結果の状態」の習得に影響している。
【今後の課題】
『-テイル』の習得におけるインストラクションの有無の影響を検証する。
「動作の持続」と「結果の状態」の導入順序は、習得における影響を検証する。
【主な参考文献】
許夏珮 (1997) 「中上級台湾人日本語学習者による『−テイル』の習得に関する横断研究」『日本語教育』95,37-48.
黒野敦子 (1995) 「初級日本語学習者における『−テイル』の習得について」 『日本語教育』87,153-164.
菅谷奈津恵(2003)「発話タスクと文法テストによる日本語学習者のアスペクト習得研究:内在アスペクトとL1転移」『第14回第二言語習得研究会全国大会予稿集』56-61.
Shirai,Y. & Kurono,A.(1998)The acquisition of tense aspect marking in Japanese as a second language. Language
Learning 48, 245-279.

 


最終更新日 2003年12月19日