2003年度修士論文要旨


氏名

スィリポーン・イァムポンサーイ

修了年度

2003年度(2004年1月提出)

修士論文題目

タイ人留学生のコード・スイッチングの実態 
−文法的・機能的観点から注目して−

要旨

(300字以内)

本稿は、タイ人留学生同士の電話会話を資料とし、コード・スイッチング(以下、CS)を文法・機能の観点にそって分析し、CS使用実態を明らかにすることを目的とする。分析の枠組みとして、ベース言語を考慮し、「タイ語ベースの場合」と「ベースが特定できない場合」に分けた。結果として、文法の観点では、異なる文法体系を持っている日本語とタイ語の間にCSが観察された。そして、ベース言語の有無によって、各文法カテゴリーにおけるCSの生起率が異なることがわかった。一方、機能の観点では、ベースとなる言語の有無によって、果たしている主なCS機能が異なってくることが明らかになった。タイ語ベースの場合は、自己の表示、気持ち・感情の表示などの個人レベルに関わる機能のCSが多く観察されたが、ベースが特定できない場合は、談話の運営や構造、個人と個人のインターアクションに関わる機能のCSが多く観察された。さらに、今後の課題においては、タイ語母語話者と日本語母語話者の接触場面におけるCSの機能を明らかにすることを試みたいと考えている。

要旨

(1000字以内)

現在、日本は多言語多文化社会になりつつあり、日本に滞在している外国人も年々増加している。彼らは日本で生活している以上、母語と日本語を使わざるを得ない状況に迫られており、他国の人とだけでなく、同じ母語の人とコミュニケーションを図る時でさえ、コード・スイッチング(以下、CS)を行わざるを得ない場合もある。
そこで、本研究では、日本語とタイ語、両言語がわかるタイ人留学生を対象に、CSを文法・機能の観点にそって分析し、CS使用実態を明らかにすることを目的とする。研究方法として、タイ人留学生同士の電話会話を録音し、文字化した資料を基に分析する。分析の枠組みとして、Nishimura(1997)と同様に、ベース言語を考慮し、「タイ語をベースにしている場合のCS」(以下、タイ語ベースの場合)と「日本語とタイ語が混ざりベース言語が特定できない場合」(以下、ベースが特定できない場合)に分けることにした。
 分析の結果として、文法の観点では、ベース言語があるかないかに関わらず、異なる文法体系を持っている日本語とタイ語の間にCSが観察された。そのCSは名詞、形容詞などの単語レベルをはじめ、複文における主節と従属節などの節レベルにおいても起きている。また、タイ語ベースの場合では、文間CSより文中CSが多く観察され、特に、名詞が一番多かった。それに対し、ベースが特定できない場合では、文中CSより文間CSが多く観察され、節・文が一番多かった。このように、ベースの有無によって、各文法カテゴリーにおけるCSの生起率が異なることがわかった。そして、文法的なルールについて、本研究では、タイ語から日本語へのCSにおいて、文法的なルールが6つ観察された。
 一方、機能の観点では、ベースとなる言語の有無によって、果たしている主なCS機能が異なってくることが明らかになった。タイ語ベースの場合は、ベース言語が特定できない場合より、自己の表示、習慣の表示、気持ち・感情の表示などの個人レベルに関わる機能を果たしているCSが多く観察された。それに対し、ベースが特定できない場合は、タイ語がベースになっている場合より、談話の運営や構造、個人と個人のインターアクションに関わる機能を果たしているCSが多く観察された。
 本研究の結果から、両文化・両言語を身に付けている同じ母語話者同士にとっても、CSは様々な機能を持って、言語生活の豊かさを実現させる助けとなっていることが確認された。今後の課題においては、異なる母語を持っている者(タイ語母語話者と日本語母語話者)の接触場面におけるCSの機能を明らかにすることを試みると考えている。

要旨

(2000字以内)


【研究背景・動機】
現在、日本は多言語多文化社会になりつつあり、日本に滞在している外国人も年々増加している。彼らは日本で生活している以上、母語と日本語を使わざるを得ない。他国の人とだけでなく、同じ母語の人とコミュニケーションを図る時でさえ、コード・スイッチング(以下、CS)を行わざるを得ない場合もある。彼らのこのような言語行動をより理解するためにも、CSの使用実態をまず明らかにする必要があると考える。
そこで、本研究では、日本語とタイ語、両言語がわかるタイ人留学生を対象に、彼らのCSを文法と機能の二つの観点にそって分析し、CS使用実態を明らかにすることを目的とする。
【研究方法・課題】
タイ人留学生同士の電話会話(日本語能力中上級30組)を録音し、文字化した資料を基に分析する。分析にあたって、Nishimura(1997)と同様に、ベース言語を考慮し、「タイ語をベースにしている場合のCS」(以下、タイ語ベースの場合)と「日本語とタイ語が混ざりベース言語が特定できない場合」(以下、ベースが特定できない場合)に分けることにした。本研究は、タイ語をベースにしている場合およびベースが特できない場合の「タイ語から日本語へのCS」を分析対象とする。
本研究では、以下の2点をリサーチ・クエスチョンとする。
 タイ語をベースとしている会話、及び、ベースが特定できない会話において、タイ語から日本語へのCSが見られるか。見られるとしたら、それは、
1. どのような文法上の特徴があるか。
1.1 CSの文法的カテゴリー
1.2 CSの文法的なルール
1.3 ベース言語がタイ語の場合とベースが特定できない場合とでは、文法上のCSに違いがあるか。
2. どのような機能上の特徴を持っているか。
2.1 タイ語ベースにおけるCSの機能
2.2 ベースが特定できない場合におけるCSの機能
2.3 ベース言語がタイ語の場合とベースが特定できない場合とでは、CSに機能上の違いがあるか。
【結果・考察】
RQ1に関して
ベース言語があるかないかに関わらず、異なる文法体系を持っている日本語とタイ語の間でCSが観察された。そのCSは名詞、形容詞などの単語レベルをはじめ、複文における主節と従属節などの節レベルにおいても起きている。
また、CSの文法的カテゴリーについては、ベース言語を考慮しない場合、タイ語から日本語へのCSは文間CSより文中CSが圧倒的に多かった。しかし、ベース言語を分けて分析すると、タイ語をベースにした場合では、文間CSより文中CSが多く観察され、特に、名詞が一番多かった。それに対し、ベースが特定できない場合では、文中CSより文間CSが多く観察され、節・文が一番多かった。このように、ベースの有無によって、各文法的カテゴリーにおけるCSの生起率が異なることがわかった。
さらに、文法的なルールについて、本研究では、タイ語から日本語へのCSにおいて、文法的なルールが以下の6つ観察された。それらのルールには、本来の日本語やタイ語の構造に許されないものも見られた。
 RQ2に関して
本研究では、CS機能を分析する際、タイ語ベースの場合とベースが特定できない場合に分けて、CS機能の割合を割り出し記述した。結果について、以下の表1を参照されたい。
表1 本研究におけるCS機能の分類
タイ語をベースにした場合
1. アイデンティティ表示機能 (66%)
1.1 自己伝達
1.2 習慣の表示
1.3 仲間意識の表示
   
2. 話し手内面表示 (9%)
  2.1 気持ち・感情の表出
  2.2 理解・不理解の表示
  
3. 補償的機能 (6%)
  3.1 母語にないことば
  3.2 即時に思い出せないことば
4. 中立的機能 (12%)
5. その他 (7%)
  5.1 談話調整機能
  5.2 相互作用機能
  5.3 理解達成促進機能  ベースが特定できない場合
1. 談話調整機能 (43%)
1.1 引用を示すCS
1.2 強調を示すCS
1.3 ある話題の結論を示すCS
1.4 発話権の獲得を示すCS
2. 相互作用機能 (15%)
2.1 相手発話へのコメント
2.2 相手発話への理解・不理解の表示
2.3 アドレス転換
2.4 相手発話への関与
3. 理解達成促進機能 (7%)
3.1 確認要請を示すCS
3.2 自己発話への追加説明
3.3 説明要請を示すCS
4. 中立的機能 (5%)
5. その他 (30%)
5.1 アイデンティティ表示機能
5.2 補償的機能
5.3 話し手内面表示
上記の結果から、ベース言語の有無に関係なく、同じCS機能が観察されるが、各機能の割合が異なるという仮説が得られた。この部分に関しては、それぞれのベースにおける各文法的カテゴリーのCSの生起率と関わっていると考えられる。上述したように、ベース言語がある場合は文間CSより文中CSが多く、単語・慣用句レベルの機能が多く観察された。それに対し、ベース言語がない場合は文中CSより文間CSが多く、節・文単位のCS機能が多く観察された。
 
【今後の課題】
本研究の結果から、両文化・両言語を身に付けている同じ母語話者同士にとっても、CSは様々な機能を持って、言語生活の豊かさを実現させる助けとなっていることが確認された。今後の課題においては、CSは第二言語学習者にとって、コミュニケーション上の重要な役割を果たしていることを明らかにするために、異なる言語を母語とする者(タイ語母語話者と日本語母語話者)の接触場面におけるCSの機能を明らかにすることを試みたいと考えている。

修論発表会要旨

【研究動機・目的】
現在、日本は多言語多文化社会になりつつあり、日本に滞在している外国人も年々増加している。彼らは日本で生活していく中で、他国の人とだけでなく、同じ母語の人とコミュニケーションを図る時でさえ、コード・スイッチング(以下、CS)を行わざるを得ない場合もある。彼らのこのような言語生活をより深く理解するために、CSの使用実態を明らかにする必要があると考える。そこで、本研究では、日本語とタイ語、両言語がわかるタイ人留学生を対象に、CSを文法・機能の観点にそって分析し、CS使用実態を明らかにすることを目的とする。具体的には以下を研究課題とする。
タイ語をベースにしている会話、及び、ベースが特定できない会話において、タイ語から日本語へのCSが見られるか。見られるとしたら、それは、
1.どのような文法上の特徴があるか。
2.どのような機能上の特徴を持っているか。
【研究方法】
日本に滞在している日本語能力中上級のタイ人女子留学生(30組)の電話会話を対象とし、文法・機能の観点にそって分析する。また、分析の枠組みとして、Nishimura(1997)と同様に、「タイ語ベースの場合」と「ベースが特定できない場合」に分ける。
【主な結果】
文法の観点:ベース言語の有無に関わらず、異なる文法体系を持っている日本語とタイ語の間にCSが観察された。ベースがあるかどうかによって、各文法カテゴリーにおけるCSの生起率が異なっている。そして、タイ語から日本語へのCSにおいて、文法的なルールが6つ観察された。
機能の観点:ベースとなる言語の有無によって、果たしている主なCS機能が異なってくることが明らかになった。それぞれのベースには5つの機能が見られた。タイ語ベースの場合は、自己の表示、気持ち・感情の表示などの個人レベルに関わる機能のCSが多く観察されたが、ベースが特定できない場合は、談話の運営や構造、個人と個人のインターアクションに関わる機能のCSが多く観察された。
【今後の課題】
タイ語母語話者と日本語母語話者の接触場面におけるCSの機能を明らかにすることを試みる。

 

氏名

石井 怜子 (いしい れいこ)

修了年度

2003年度(2004年1月提出)

修士論文題目

図表とその作成は、L2の説明文理解を促進するか
―中上級の成人日本語学習者の場合―

要旨

(300字以内)

図表の添付と未完成図表の完成が、L2の歴史説明文読解に及ぼす効果について検証した。成人中上級日本語学習者40名を対象とした、添付群・完成群・統制群の被験者間要因・1要因計画により、自由再生と真偽判定問題得点を3群で分散分析した。結果は、テクスト構造の中位階層とテクスト後半部で、添付群が統制群より有意に多く再生した。図表の添付により、L2の読み手は重要なアイデアとその因果関係を把握でき、それによりグローバルに統合した表象が形成しえた。他方、完成群は、上位階層の再生が統制群より有意に低かった。L2の読み手は、手がかりからの想起が難しいため、図表完成が認知的な負担を増し、構造化された表象形成を妨げられた。

要旨

(1000字以内)


 第二言語(以下、L2と略記する)学習者は、中級から上級になっても言語処理になお困難があり、テクストの結束的な表象を形成することが難しい。そのようなL2の読み手の説明文理解を、図表を添付することで促進できるか、並びに未完成図表の完成は添付よりも効果的かについて、検証した。
対象は、韓国語・中国語を母語とする、成人の中上級L2日本語学習者で、テクストに2種の図表(マトリックスと図)を添えた図表添付群13名・未完成図表を完成する完成群13名・テクストのみの統制群14名の3水準・被験者間要因による1要因計画である。読解材料は約1800字の歴史説明文で、理解の分析測度に、自由再生(再生アイデア・ユニット数で得点化)と真偽判定問題を用いて、3群の得点を分散分析した。分析の視点は、テクスト構造の階層における深さ及びテクスト全体のグローバルな把握とした。
結果は、図表を添付した群は、因果関係で結合した、中位の重要なアイデアを統制群より有意に多く再生し、上位の主要なアイデアと下位の付加的なアイデアの再生には有意差がなかった。真偽判定問題の得点でも同様の傾向が見られた。また、3群ともテクストの後半になるにしたがって再生率が低下したが、テクストの後半部で、添付群は統制群より有意に多く再生した。以上から、図表の添付は、L2の読み手が中位の重要なアイデアが充実した表象を形成し、かつテクストをよりグローバルに統合した表象を形成するのを助けたと結論した。
さらに両群の再生を、図表に含まれるアイデアと含まれないアイデア別に比較すると、テクストの前半部では図表に含まれるアイデアでは添付群のほうが多く、図表に含まれないアイデアでは統制群のほうが多く再生していた。しかしテクストの後半部では、どちらのアイデアも添付群のほうが多く再生した。これは、図表が、テクストの前半部のより重要なアイデアに読み手の注意を向けさせ、また、アイデア間の論理関係を把握させたため、前半部のよりよい表象の形成を助け、それによって後半部を統合しやすくさせた可能性を示唆している。
 他方、未完成図表を完成する群は、テクストの主要なアイデアの再生が統制群より有意に低かった。未完成図表の完成は、再生をむしろ妨げたと言える。これは、L2の読み手にとっては、図表の完成時にテクスト中のアイデアを想起することが難しく、答えの探索が大きな負担となったためと考えられる。したがって、読解教育において図表完成タスクを取り入れる際は、テクストのサイズを読み手が手がかりから想起できる範囲にする必要が示唆された。

要旨

(2000字以内)

【研究目的と課題】第二言語(以下、L2と略記する)学習者は、中級から上級になっても言語処理になお困難があるため、テクストの結束的な表象を形成することが難しい(Horiba,1996;Zwaan & Brown,1996)。先行研究から、テクストに添えられた図表は、テクスト中のアイデアの記憶保持を助け、アイデア間の関係付けを容易にすることが実証されている(Mayer,1984;Robinson & Kiewra,1995)。したがって、図表添付は、L2の読み手がテクスト中のアイデアをより多く含み、グローバルに統合した結束的な表象を形成するのを支援すると予想された。そこで、中級から中上級のL2の読み手の説明文理解に関して、(1)図表を添付することは記憶再生を促進するか、(2)未完成図表の完成は図表添付よりも効果が大きいか、の二つを研究課題として設定した。
【研究方法】対象は、韓国語・中国語を母語とする成人の中級・中上級L2日本語学習者である。実験計画は、テクストに2種の図表(マトリックスと図)を添えた図表添付群13名・未完成図表を完成する完成群13名・テクストのみの統制群14名の3水準・被験者間要因による1要因計画である。読解材料は約1800字・7節からなる歴史説明文で、理解の分析測度に自由再生(再生したアイデア・ユニット数で得点化)と真偽判定問題を用いて、3群の得点を分散分析した。理解分析の枠組みは、テクストにおける深さ及びテクスト全体のグローバルな把握である。深さはテクスト構造における階層を用い、グローバルな把握はテクストの節を用いた。
【研究課題(1)に関しての結果と考察】テクスト全体の総再生得点においては、添付群と統制群には差がなかった。階層別の再生得点では、図表を添付した群は、因果関係で結合した、中位階層の重要なアイデアを統制群より有意に多く再生し、上位階層の主要なアイデアと下位階層の付加的なアイデアの再生には有意差がなかった(表1)。真偽判定問題の得点でも同様の傾向が見られた。
また、3群ともテクストの後半になるにしたがって再生率が低下したが、テクストの第5節で添付群は統制群より多く再生する傾向があり、6節で有意に多く再生した。1〜4節と最後の7節では、有意差がなかった。ただし、真偽判定問題ではこの傾向は見られなかった。
次に、再生アイデアに対する図表の効果を調べるために、図表に含まれるアイデア(以下、図表IUと略記する)と含まれないアイデア(以下、非図表IUと略記する)に分けて、両群の再生を比較した。テクスト全体では、図表IUの再生は、添付群が統制群より有意に多く、非図表IUの再生は差がなかった。だが、テクストの節ごとで比較すると、図表IUの再生は、すべての節で添付群が多かったが(図1)、非図表IUの再生は、2〜4節では統制群のほうが多かったのに対し、5・6節では添付群のほうが多く再生した(図2)。


以上の結果から、図表の添付によって、L2の読み手は、因果で結合した中位階層のアイデアが充実し、かつテクストをよりグローバルに統合した表象を形成したと結論した。
また、テクスト前半部では、再生得点という「量」では両群に有意差がなかったが、添付群の再生が図表IUを多く含み、統制群のそれは非図表IUを多く含んでいたのであるから、再生の内容という「質」においては異なっていたと言える。これは、テクスト前半部での両群の読み手の表象が、質的に異なっていることを示唆しており、この質的な表象の違いが後半部での量的な違いをもたらしたと推測される。
以上から、図表は、直接的には、図表中の重要なアイデアに読み手の注意を向けさせ、またアイデア間の因果の関連付けを促進した。そして、それによって、よりよい表象の形成を助け、テクスト後半部での非図表IUの統合を助けたと考えられる。
【研究課題(2)に関しての結果と考察】未完成図表を完成する群は、総再生得点では統制群との間に有意差がなかったが、テクスト上位階層の主要なアイデアの再生は、統制群より有意に低かった(表2)。未完成図表の完成は、再生をむしろ妨げたと考えられ、研究課題(2)は否定された。しかし、この妨げの影響は、節による分析では顕著に現われなかった。
以上から、図表完成群の読み手は、上位階層の主要なアイデアのもとに中位のアイデアが構造化された表象が形成できなかったと考えられる。これは、L2の読み手にとっては、図表の完成作業に取り組む時にテクスト中の当該アイデアを想起することが難しく、答えの探索が大きな負担となったためと考えられる。
したがって、読解教育において図表完成タスクを取り入れる際は、テクストのサイズを、読み手が手がかりから想起できる範囲にする必要が示唆された。


【参考文献】
Horiba, Y.(1996)Comprehension processes in L2 reading: Language competence, textual coherence, and inferences. Studies in Second Language Acquisition, 18,433-473.
Mayer, R.E. (1984) Aids to Text Comprehension. Educational Psychology, 19,30-42.
Robinson, D. H. & K. A. Kiewra(1995)Visual argument :Graphic organizers are superior to outlines in improving learning from text. Journal of Educational Psychology, 87,455-467.
Zwaan, R. A. & C.M. Brown(1996)The influence of language proficiency and comprehension skill on situation−model construction. Discourse Processes, 21,289-327.

修論発表会要旨

【研究の背景】L1読解研究の成果を踏まえ、L2の読解において、言語処理と文章処理がどのようになされ、その結果L2の読み手はどのような表象を形成しているのかを、実証的に明らかにする必要がある。L2学習者は、中〜上級になっても言語処理に困難があり、そのため、テクストの結束的な表象形成に認知資源を十分に活用できない。図表は、2次元空間の利用によって、L2の読み手がテクスト中のアイデアの関連付けと統合を効率的に行い、結束的な表象を形成するのを支援すると予想される。【研究課題】研究課題1)読解テクストに図表を添えることは、説明文の記憶再生を促進するか。(1−1 図表添付は、テクスト全般の再生を促進するか/1−2 図表添付は、テクスト構造におけるどの階層の再生を促進するか/1−3 図表添付は、テクストのよりグローバルな再生を促進するか)研究課題2)図表の部分完成は、図表添付よりも説明文の記憶再生の効果が大きいか。【研究方法】実験計画:図表添付群・完成群・統制群の3水準・被験者間要因による1要因計画。得点を分散分析。対象:韓国語・中国語を母語とする、成人の中級後半〜中上級L2日本語学習者。読解材料:約1800字の歴史説明文。7つの節からなり、階層は8レベルを認定。理解の分析測度:自由再生(再生アイデア・ユニット数で得点化)と真偽判定問題得点。【主な結果】1. 図表添付は、中位階層のアイデアの再生を促進した。またテクスト後半の再生率低下傾向を弱めた。2. 図表添付の効果は、テクスト後半部では図表に含まれないアイデアの再生にも及んだ。3. 図表の部分完成は、再生を促進するよりもむしろ妨げ、特に主要なアイデアの再生を妨げた。【結論】1. 図表は、より重要なアイデアに読み手の注意を向けさせ、また、アイデア間の論理関係を把握させた。それによって、読み手はよりよい表象を形成し、その結果、図表添付の効果は、テクスト後半部では、図表外のアイデア再生にも及んだことが示唆された。これが、よりグローバルな再生を結果したと考えられる。2. 図表完成が再生の妨げとなったのは、L2の読み手にとっては、図表の完成時にテクスト中のアイデアを想起することが難しく、答えの探索が大きな負担となったためと考えられる。
【主な参考文献】Kintsch, W.(1998) Comprehension. A paradigm for cognition. Cambridge Uiv. Press.Mayer, R.E. (1984) Aids to Text Comprehension. Educational Psychology, 19,30-42.Zwaan, R. A. & C.M. Brown(1996)The influence of language proficiency and comprehension skill on situation−model construction. Discourse Processes, 21,289-327.

 

氏名

李 惠淑 (い へすく)

修了年度

2003年度(2004年1月提出)

修士論文題目

韓国人児童の「の」の習得過程に関する縦断研究
―「の」の過剰生成と脱落を中心に―

要旨

(300字以内)

本研究は10歳の韓国人児童(滞日5ヶ月目)を1年間縦断研究し、「の」の習得過程を追跡調査した。その結果、「の」の過剰生成は特に修飾部が動詞の場合多く現れ、韓国語の連体修飾の語尾が、格助詞「の」の過剰般化と絡み合い、負の言語転移として作用するのではないかと推測された。一方、「の」の脱落は韓国語からの翻訳ストラテジーの使用と思われる発話例に見られ、省略されやすい韓国語の格助詞「ui」からの負の言語転移の可能性が示唆された。しかし、本研究は一人の事例研究であり、言語転移を判定することはできない。今後、他の母語話者を含んだ多数の学習者を調査し、「の」の過剰生成と脱落における韓国語の言語転移の可能性を検証していきたい。

要旨

(1000字以内)


第2言語習得は、第1言語習得と異なり、様々な要因が作用しているので、より複雑な過程を辿る。特に、学習者の母語は、第2言語習得に関わる重要な要因の一つとしてあげられる。第2言語習得と母語の関わりについて研究しているKellerman(1983)は学習者が母語と目標言語が類似していると認識すればするほど言語転移が起きやすくなると述べている。本研究では、日本語と類似している韓国語を母語とする日本語学習者を対象に縦断研究を行ない、「の」の習得過程を追跡調査することを目的とする。なお、考察につき、「の」の習得過程で現れる「の」の過剰生成と脱落における韓国語の言語転移の可能性を検討する。

本研究の研究方法は、来日して4ヶ月経った10歳の韓国人児童を対象に、週1回30分の発話を録音・文字化する。その文字化した発話データから連体修飾構造を全部抽出し、修飾部の品詞別(動詞、イ形容詞、名詞)に分類する。分類したものに対して正誤の判断を行なった後、「の」の過剰生成と脱落にわけて、出現数や出現の時期、消失の過程を時間軸に沿って詳細記述する。その後、記述した結果に基づき、先行研究から言及されてきた「の」の過剰生成と脱落における韓国語の言語転移の可能性について検討する。

本研究の結果は次の通りである。まず、「の」の過剰生成は、観察初期に比較的多く現れたが、急激に減少していく傾向が見られた。なお、修飾部が動詞の場合、特に「の」の過剰生成の出現数が多かったので、本研究において奥野が推測した韓国語の正の言語転移の可能性は支持されなかった。むしろ、韓国語の連体修飾の語尾が、格助詞「の」の過剰般化と絡み合い、負の言語転移として作用するのではないかと推測される。次に、「の」の脱落は観察初期に一番多く現れ、徐々に減少していく傾向が見られたが、「の」の過剰生成に比べ、長期間観察された。また、韓国語からの翻訳ストラテジーを使っていると思われる発話例において「の」の脱落が見られたことから、韓国語の負の言語転移の可能性が推測される。

しかし、本研究から得られた結果は、一人の韓国人学習者を対象にした縦断研究であるため、一般化することはできない。従って、今後、他の母語話者を含んだ多数の学習者における「の」の習得過程を調査し、「の」の習得過程における韓国語の言語転移の可能性について検証していきたい。

要旨

(2000字以内)

第2言語習得は第1言語習得と異なり、様々な要因が作用するので、より複雑な過程を辿る。特に、学習者の母語は第2言語習得に関わる重要な要因の一つとしてあげられる。Kellerman(1983)は、学習者が母語と目標言語が類似していると認識するほど言語転移が起きやすいと述べている。このような観点からみると、日本語と類似している韓国語の母語話者の日本語習得過程に言語転移の可能性は十分予測される。

実際に「の」の習得において「※1*私がもらったの帽子」のように、修飾部が動詞の場合に現れる「の」の過剰生成には韓国語の正の言語転移の可能性(奥野2003)が、「*図工φ先生※2」のような「の」の脱落には韓国語の負の言語転移の可能性(金2002)が推測されている。 しかし、第2言語習得における「の」の研究は歴史が浅く、先行研究が不十分であるため、言語転移の可能性を含め、その習得過程に不明なところが多い。従って、本研究では韓国語母語話者の「の」の習得過程を追跡調査し、その結果を詳細記述することを目的とする。なお、考察につき、「の」の習得過程における韓国語の言語転移の可能性を検討する。

本研究の研究方法は次の通りである。10歳の韓国人児童Mちゃん(滞在5ヶ月目)を対象に週1回30分の発話を1年間続けて録音・文字化する。文字化した発話データ(総23回分)から全ての連体修飾構造を抽出し、修飾部の品詞別(イ形容詞、動詞、名詞)に分類する。分類したものは正誤の判断を行なった後、「の」の過剰生成と脱落の二つのパータンにわけ、出現数や出現の時期、消失の過程を時間軸に沿って記述する。その後、記述した結果から「の」の過剰生成と脱落における韓国語の言語転移の可能性を検討する。最後に、4歳の韓国人幼児K君(滞在3ヶ月目)を縦断研究した白畑(1993)の結果と本研究を比較分析し、二人の年齢の異なる学習者の「の」の習得過程における類似点と差異点を調べる。

表1は本研究の結果に基づき、観察期間中に変化が大きかった滞在5ヶ月目から11ヶ月目まで「の」の過剰生成と脱落の誤用率の推移を示したものである。ただし、「の」の過剰生成は修飾部の品詞別に(イ形容詞と動詞)に分け、その違いが見られるようにした。

表1 「の」の過剰生成と脱落における誤用率の推移
---------------------------------------------------------------------------
月 5ヶ月 6ヶ月 7ヶ月 8ヶ月 9ヶ月 10ヶ月 11ヶ月
---------------------------------------------------------------------------
IA+の+N (白いの帽子) 43% 40% 16% 4% 0% 11% 0%
V+の+N (読むのとき) 73% 36% 14% 14% 0% 0% 4%
N+φ+N (日本φひと) 24% 10% 6% 6% 2% 3% 0%
---------------------------------------------------------------------------

表1をみると、「の」の過剰生成の誤用率は比較的高い時点から始まり、急激に下がっている。特に修飾部が動詞の場合はイ形容詞の場合より30%も高い73%から始まっている。総出現数もイ形容詞の場合より約4倍多い40回である。もし奥野が推測したように、修飾部が動詞の場合に韓国語の正の言語転移があるとすれば、「の」の過剰生成がこんなに多く現れるはずがない。むしろ、修飾部が動詞である連体修飾構造上の複雑さという要因に、格助詞「の」の過剰般化と韓国語の連体修飾の語尾からの負の言語転移※3が絡み合い、このような傾向が現れたのではないかと推測される。

次に、「の」の脱落は24%の誤用率から始まり、徐々に低くなっていく。しかし、表1には示されていないが、滞在12ヶ月目から14ヶ月目までの間誤用率がまた少し上がり、滞在12ヶ月目から最後まで0%の誤用率が維持された「の」の過剰生成とは異なる傾向が見られた。すなわち、「の」の脱落は「の」の過剰生成に比べ、出現数は少なからずより長期間保持されていることがわかる。また、韓国で読んだ話や韓国での出来事を話すときの発話例や、韓国語からの翻訳であると思われる発話例に「の」の脱落が見られたことから、「の」の脱落においても省略されやすい韓国語の格助詞「ui」からの負の言語転移の可能性が推測される。

最後に、K君とMちゃんの「の」の習得過程を比較分析した結果を述べる。まず、類似点として二人ともに「の」の過剰生成が観察期間内に出現し、消失したことがあげられる。これは化石化が報告された成人学習者の習得過程(白畑1993b)とは異なるものである。このことから、年少者の方が年長者より「の」の過剰生成が早く消失するのではないかと推測される。次に、差異点は日韓対照分析から韓国語の言語転移が予想される「の」の脱落がK君には1回も観察されなかったがMちゃんには25回も観察されたことである。これには年齢による認知力の差が関わっている可能性が推測される。すなわち、年齢の高いMちゃんはK君より認知力が高いため、母語と目標言語を比較し、共通点や差異点を見出したりすることができるので、その過程で言語転移が起きやすくなり、「の」の脱落も多く現れたのではないかと考えられる。

しかし、本研究は一人の韓国語母語話者の事例研究であり、そこから得られた結果を一般化することは難しい。今後、他の母語話者を含んだ多数の学習者の「の」の習得過程を調査し、本研究から示唆された第2言語習得における年齢や母語の影響についてより深く研究していきたい。

参考文献
奥野由紀子(2003)「上級日本語学習者における言語転移の可能性―「の」の過剰使用に関する文法性判断テストに基づいて―」『日本語教育』116号pp.79-88
金玄珠(2002)「初・中級の韓国人学習者に見られる「ノ」の脱落について」韓國日本學會『日本學報』第50輯pp.13-24
白畑知彦(1993a)「幼児の第2言語としての日本語獲得と「ノ」の過剰生成―韓国人幼児の縦断研究―」『日本語教育』81号pp.104-115
白畑知彦(1993b)「連体修飾構造獲得過程における化石化現象」『平成5年度日本語教育学会春季大会予稿集』日本語教育学会pp.55-59


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※1 *は文法的に誤用であることを示す。
※2 「 」の中にあるφは格助詞「の」の脱落を表す。
※3 韓国語の場合、日本語と違って修飾部が動詞であっても形容詞であっても修飾部の
語幹につく連体修飾の語尾が存在する。従って、韓国語母語話者は母語に存在する
連体修飾の語尾の代わりに「の」を挿入するという解釈もできる。


以上

修論発表会要旨

 

 

氏名

岩田 夏穂 (いわた なつほ)

修了年度

2003年度(2004年1月提出)

修士論文題目

日本語非母語話者が参加する相互行為の対称性および非対称性について
―イニシアチブ−レスポンス分析の試み―

要旨

(300字以内)

日本語非母語話者(nonnative speaker, 以下NNS)が参加する相互行為の対称性と非対称性が、発話の連鎖を通して協同構築されるプロセスを明らかにするために、ターンをイニシアチブとレスポンスの強さで分類する「イニシアチブ−レスポンス分析(IR分析)」を用いて分析した。中級日本語学習者同士及び学習者と日本人大学生の10個の二者間対面自由会話を分析した結果、参加者のターンの配分パターンが一致した会話とNNS同士の会話が対称的になる傾向がみられた。また、対称性の変化が著しいペアのデータを4段階に分けて分析した結果、配分パターンは参加者同士のアイデンティティ・カテゴリーの管理と交渉により、動的に変化することが示唆された。

要旨

(1000字以内)

本研究は、日本語の非母語話者(nonnative speaker, 以下NNS)が参加する相互行為を対象にし、やりとりにおいてどちらがイニシアチブを取るかという現象、すなわち相互行為の対称性と非対称性に注目し、発話の連鎖を通して相互行為の全体的様相が協同構築される動的なプロセスを明らかにすることを目的としている。研究課題は、(1)対称性と非対称性という相互行為の様相は、局所的連鎖によってどのように特徴付けられるのか、(2)その様相はやりとりの過程でどう変化するのか、の2点である。
データの分析では、発話の局所的連鎖に注目した「イニシアチブ−レスポンス分析(IR分析)」(Linell, Gustavsson and Juvonen ,1988)を用いた。これは発話のレスポンス的性質(先行談話を受け止める)とイニシアチブ的性質(次の発話産出の文脈を作る)の強さを6段階に評価する。データは、中級の日本語学習者(留学生)5人が、知り合い程度の関係にある中級の留学生、及び日本人大学生とそれぞれやりとりした、10個の二者間の対面自由会話である。研究課題1のためにデータの冒頭200ターンを分析した結果、参加者のターン配分に、評価2(最小応答)、評価3(イニシアチブとレスポンスのバランスがとれたターン)、評価4(質問)のへの集中が見られた。その配分には、(1)評価3の割合が高い、(2)評価3が低い、(3)評価2,3,4の順に割合が減少する、という3パターンが観察された。そして、参加者の配分パターンが一致したやりとりは対称的になる傾向があり、特に「バランスの取れたターン」の割合が様相に影響していること、全体的には、NNS同士のほうが対称的になる傾向があることがわかった。
 研究課題2では、データを前後2つに分けて配分パターンの変化を調べた。著しく対称性が変わったペアの変化を4段階に分けて把握し、初対面のNS同士による関係構築の枠組み(Svennevig, 1999)とアイデンティティ・カテゴリー(西阪,1995)の概念を用いて分析した。その結果、非対称的な質問と応答の連鎖から対称的な自発的コメントの応酬への変化、それと並行して共通点の模索と共通基盤の形成、及び両者のアイデンティティ・カテゴリーの変化が起きている可能性が示唆された。以上の結果から、NNSが参加する相互行為の対称性と非対称性は、ターン配分パターンの組み合わせとバランスの取れたターンの割合によって特徴付けられること、配分パターンは、参加者同士のアイデンティティ・カテゴリーの管理と交渉によって、動的に変化することが示唆された。

要旨

(2000字以内)

会話では、相手と対等に参加できることが達成感につながると考えられる.よって、非母語話者(nonnative speaker, 以下NNS)が参加する相互行為で、NNSがどのように相手と会話に参加しているかという問題は、言語教育の観点からも重要であると思われる。
これまで、やりとりで参加者がイニシアチブを取ること、すなわち相互行為の対称性と非対称性に関わる研究では、言語能力の違いから母語話者(native speaker, 以下NS)がイニシアチブを取ることが指摘されてきた。しかし、日本語教育分野でこの問題を扱った研究は限られ、特にやりとりを通して対称的、非対称的様相が形成される過程に着目したものは見当たらない。本研究は、NNS同士及びNSとNNSの相互行為を対象にし、発話の連鎖を通して相互行為の全体的様相が協同構築される動的な過程を明らかにし、会話教育や異文化間コミュニケーションの実践のために示唆を得ることを目的としている。研究課題は、以下の2点である。

(1) NNSが参加する相互行為の対称性と非対称性は、どのような局所的連鎖によって特   徴付けられるのか。
(2) 会話の流れの中でその様相はどう変化するのか。

データの分析では、個人の行為(参加者一人一人の言語行動の頻度など)に焦点を当てるのではなく、相互行為の協同構築性を重視して分析することの意義を指摘した。そして、発話の局所的連鎖に注目する「イニシアチブ−レスポンス分析(IR分析)」(Linell, Gustavsson and Juvonen,1988)を用いた。これは発話の両面性、すなわち先行談話を受け止めるレスポンス的性質と、続く相手の発話産出の文脈を作るイニシアチブ的性質を調べ、最もイニシアチブが弱いものを1として6段階に評価するコード化のシステムである。管見ではIR分析の日本語への適用は見当たらず、本研究が初めての試みであると思われる。
 データは、中級日本語学習者の留学生5人が、知り合い程度の既知関係にある中級学習者の留学生、及び日本人大学生とそれぞれやりとりした、10個の二者間の対面の自由会話である。各データの冒頭200ターンを分析した。その結果、参加者のターン配分は、評価2(主に最小応答とあいづち)、評価3(主に相手のターンを踏まえ、拡張する働きを持つ「イニシアチブとレスポンスのバランスがとれたターン」)、評価4(主に質問)の3カテゴリーに集中しており、その配分は、(1)評価3の割合が高いもの、(2)評価3が低いもの、(3)評価2,3,4の順に割合がなだらかに減少していくもの、という3つのパターンに分かれることがわかった。次に、参加者同士のターンカテゴリー配分パターンの組み合わせと実際の会話の関連を、トピック展開と協調的な重なりという観点から調べた。すると両者のパターンが一致したペアは、やりとりが対称的になり、パターンが一致しなかったペアは、非対称的になる傾向が見られ、特に「バランスの取れたターン」が占める割合が影響していることがわかった。NNS同士のペアとNNSとNSのペアでは、それぞれに対称的、非対称的な様相になったペアがあったが、全体的にはNNS同士のほうがNSとNNSのペアよりもやりとりが対称的になる傾向が認められた。
研究課題2では、やりとりの過程で起きる対称性と非対称性の変化を見るために、各ペア200ターンを前後2つに分け、配分パターンの変化を調べた。変化があった6ペアのうち、前半と後半でIR分析の結果が著しく変化したペアを取り上げ、4段階に分けてイニシアチブの強さの量的変化を把握した。
 続いてSvennevig (1999)による初対面のNS同士が関係を構築するプロセスの枠組みとアイデンティティ・カテゴリー(西阪,1995)の概念を用いて、この変化を質的に分析した。その結果、NSの質問とNNSの応答という非対称的なやりとりが、次第に相手の発言を踏まえた自発的な「自己志向的コメント」(self-oriented comment)の応酬という対称的なものへと変化していることがわかった。また、質問と応答の連鎖における互いの共通点の模索、それに伴う共通基盤の形成を通して、両者のアイデンティティ・カテゴリーが「日本人対留学生」から「仲間同士」に変化しており、それが対称性の変化を導いている可能性が示唆された。
 以上の結果から、NNSが参加する相互行為の対称性と非対称性は、ターン配分パターンの組み合わせとバランスの取れたターンの割合によって全体的な様相となって表れること、その配分パターンは、参加者同士のアイデンティティ・カテゴリーの管理と交渉によって、動的に変化することが示唆された。今後の課題は、今回触れることができなかった、やりとりが行われる活動とアイデンティティ・カテゴリ−やターン配分の関連の分析、そして文化的背景の影響についてなどの質的分析を深めることである。

≪参考文献≫
西阪仰(1995) 「成員カテゴリー」『言語』Vol.24(11), pp.105-109.
Linell. P., Gustavsson. L. & Juvonen. P. (1988) Interactional dominance in dyadic communication: a presentation of initiative-response analysis, Lingistics, Vol. 26, pp.415-442.
Svennevig. J. (1999) Getting acquainted in Conversation, Amsterdam, John Benjamins Publishing Company.

修論発表会要旨

 

 

氏名

尾関 史 (おぜき ふみ)

修了年度

2003年度(2004年1月提出)

修士論文題目

多様な背景を持つ子どもの授業への参加過程の関係論的分析
      ―言語の使い方に注目して―

要旨

(300字以内)

本研究は、日本語がほとんど話せない状態で授業に参加し始めた一名の帰国児童の授業への参加過程を関係論的視点に基づき、教室内の言語的やりとりを通して明らかにしたものである。参加過程の変容を捉えるにあたり、教室内の相互作用の変容過程を量的な分析から明らかにし、それに伴う周囲との関係作りの過程を「周囲の他者との関係作りの過程」と「二言語の使い方の変容過程」の二点から質的に分析した。分析の結果、教室内の相互作用が対個人的なやりとりから全体を巻き込むものとなり、児童の参加が周辺的参加から十全的参加へと変容していく過程が明らかになった。またそれに伴い、周囲との関係もダイナミックに変容していることが分かった。

要旨

(1000字以内)

本研究は、日本語がほとんど話せない状態で授業に参加し始めた一名の帰国児童に注目し、授業参加のプロセスを長期的な観察により追跡し、授業参加がどのように成されていくのかを教室内の言語的やりとりを通して明らかにしたものである。その際、周囲との関係性に注目する「関係論的視点」に基づき、児童の授業への参加過程を描いた。参加過程の変容を捉えるにあたり「教室内の相互作用の変容過程」を量的な分析から明らかにし、それに伴う周囲との関係作りの過程を「周囲の他者との関係作りの過程」と「二言語の使い方の変容過程」の二点から質的に分析し、明らかにした。[尾関1]
研究方法としてエスノグラフィーの手法を利用し、参与観察による観察記録、録音データ、教師へのインフォーマルインタビュー、日本語と英語の二言語能力テスト(TOAM)を収集し、分析を行った。 
分析の結果、教室内の相互作用が対個人的なやりとりから全体を巻き込むものとなり、児童の参加が周辺的参加から十全的参加へと変容していく過程が明らかになった。またそれに伴い、周囲との関係もダイナミックに変容していることが分かった。
周囲の他者との関係では、周囲の児童たちとの関係が「サポートを与える/受ける」から、「必要に応じてサポートを求める/与える」という関係性へ、そして児童に対する「対等なライバルとしての位置づけ」や「教える側としての児童」など新たな関係性構築への可能性が見られた。また、児童と教師の関係は「メインストリーム外での個別的な関係作り」から「メインストリーム外とメインストリーム内双方での関係作り」、そして児童の積極性の増進に伴い「メインストリーム内での関係作り」へと変化していった。
一方、二言語の使い方は参加過程の変化に伴い日本語、英語ともに使われ方が徐々に「授業への参加につながるようなもの」へと変容していく様子が見られた。また、日本語は「教師や授業のメインストリームとの関係を構築するためのリソース」として、英語は「周囲の児童たちとの関係構築のリソース」として二言語それぞれが持つ役割が明らかになった。
以上から、授業への参加は決して児童一人で作られているものではなく、周囲の児童たちや教師との関わり、そしてリソースとしての二言語が巧みに使われる中で成されていることが分かった。また、それらの関係性は決して均質なものではなく、時と共に双方がダイナミックに変容する中で互いの相互作用を通して作られていることが明らかになった。

要旨

(2000字以内)

 

修論発表会要旨

【研究目的】多様な背景を持つ子どもたちにとって、授業に参加できるということは大きな意味を持ち、同時に非常に難しいことである。学校現場からも日常生活に困らない日本語を話す子どもが授業に参加していけないとの悩みが数多く聞かれる。そこで、本研究では日本語がほとんど話せない状態で授業に参加し始めた一名の帰国児童に注目し、授業参加のプロセスを長期的な観察により追跡し、授業参加がどのように成されていくのかを教室内の言語的やりとりを通して明らかにすることを目的とした。その際、周囲との関係性に注目する「関係論的視点」に基づき、児童の授業への参加過程を描いた。具体的な研究課題は以下の通りである。
1) 児童の授業への参加過程はどのように変容していくのか。
2) 参加の変容に伴い、周囲の他者との関係はどのように作られていくのか。
3) 参加の変容に伴い、二言語の使い方はどのように変容していくのか。
【研究方法】
国立大学付属小学校帰国児童学級を対象にフィールドワークを行い、エスノグラフィによる分析を行った。
観察記録、インフォーマルインタビュー、録音データ、日本語と英語の二言語能力テスト(TOAM)をデータとした。なお、観察の主な対象として日本語がほとんど話せない状態で入学した健二に注目した。
【結果と考察】
1) 教室内の相互作用は対個人的なやりとりから全体を巻き込むものとなり、健二の参加が周辺的参加から十全的参加へと変容していく過程が明らかになった。
2) 健二と児童たちとの関係は「サポートを与える/受ける」から「必要に応じてサポートを求める/与える」という関係、そして健二に対して「対等なライバルとしての位置づけ」や「教える側としての健二」など新たな関係性構築への可能性が見られた。一方、健二と教師の関係は「メインストリーム外での個別的な関係作り」から、「メインストリーム外とメインストリーム内双方での関係作り」、そして健二の積極性の増進に伴い「メインストリーム内での関係作り」へと変化していった。
3) 健二の参加過程の変化に伴い日本語、英語ともにその使われ方が徐々に「授業への参加につながるようなもの」へと変容し、更に日本語は「教師や授業のメインストリームとの関係を構築するためのリソース」 として、英語は「周囲の児童たちとの関係構築のリソース」として二言語それぞれが持つ役割が明らかになった。
以上から、健二の授業への参加は周囲の児童や教師との関わり、そしてリソースとしての二言語が巧みに使われる中で成されており、それらの関係性は均質なものではなく、時と共に双方がダイナミックに変容する中で互いの相互作用を通して作られていることが明らかになった。
【主な参考文献】
Lave,J. and Wenger,E.(1991) Situated Learning: Legitimated Peripheral Participation. Cambridge University Press. 佐伯胖訳(1993)『状況に埋め込まれた学習』産業図書
刑部育子(1998)「「ちょっと気になる子ども」の集団への参加過程に関する関係論的分析」『発達心理学研究』9,1−11

 

氏名

河野 麻衣子 (こうの まいこ)

修了年度

2003年度(2004年1月提出)

修士論文題目

二言語併用環境下の年少者の作文における母語と日本語の関係
―中国語を母語とする中学生を対象に―

要旨

(300字以内)

本稿では、中国語を母語とする中学生の作文における母語と日本語の関係を明らかにすることを試みた。作文能力の中でも「産出量」、「語彙の多様性」、「作文の質」(下位8項目)を取り上げ、これらの項目について、日中の作文間には相関関係が見られるのか、また、滞在年数とどのような関係が見られるのかの二点の分析を試みた。その結果、全ての項目について二言語間には相関関係が見られ、これらの項目が「共有基底言語能力」を反映しているという示唆が得られた。一方、滞在年数に沿った一方向的な変化の傾向は両言語の作文において見られなかった。この結果から、日本語の作文能力には、母語の作文能力が特に強く関わっているという可能性が示され、年少者日本語教育における母語の重要性が再確認された。

要旨

(1000字以内)

近年、日本における外国人児童生徒の学業不振や母語喪失の問題はますます深刻化している。年少者のL1とL2には、特に認知的な要求の高い言語能力において共通した部分(「共有基底言語能力」)があるというCummins(1984)の仮説から、これらの問題の解決にはまず彼らの母語と日本語がどのように関わっているのかを解明する必要があると考えた。その中でも「書く力」は、教科学習と密接に関わる非常に重要な言語技能であるが、日本においては、年少者の書く力についてL1とL2両方の観点から調査した研究は未だ少ないのが現状である。
数少ない先行研究の中で、生田(2001)はポルトガル語を母語とする中学生を対象とし、作文能力のうち両言語に共通する力は何かを探った。その結果、作文の「産出量」、「語彙の多様性」、「構成と内容」の3項目がCumminsの「共有基底言語能力」を反映するものだと示唆している。しかし、この結果を一般化するにはより多くの言語について検証する必要があり、また、作文能力を測定する項目もより具体的に細分化する必要があると考えた。そこで本稿では、生田の「構成と内容」を踏まえ、8項目からなる「作文の質」の項目を作成し、「中国語を母語とする中学生の作文において、「産出量」、「語彙の多様性」、「作文の質」には日本語と中国語間に相関関係が見られるのか」、また「これらの項目は滞在年数とどのような関係にあるのか」の二点について分析を試みた。
その結果、「産出量」、「語彙の多様性」、「作文の質」の全ての項目において、生徒の日本語と中国語の作文間には相関関係が見られ、これらの項目が「共有基底言語能力」を反映した言語能力であることが示唆された。その中でも特に「感情や情景の描写」の程度を評定する項目において、二言語間の相関関係が最も強いという結果が得られ、このことから、中国語で高度な語彙や表現を身につけている生徒は、その豊かな文章能力が日本語にも転移しているという可能性が示された。また、これらの項目と滞在年数との関係を分析した結果、日中両作文ともに全ての項目について、滞在年数に沿った一方向的な変化の傾向は見られなかった。このことから、滞在年数が必ずしも生徒の作文能力を予測する目安になるとは限らないことが示唆された。
上記の結果から、日本語の作文能力には母語での作文能力が特に強く関わっている可能性が示され、年少者日本語教育における母語の重要性が再確認された。

要旨

(2000字以内)

 

修論発表会要旨

 

 

氏名

菅生 早千江 (すごう さちえ)

修了年度

2003年度(2004年1月提出)

修士論文題目

中上級日本語学習者の受身・受益表現に対する暗示的訂正フィードバックの効果−リキャストとネゴシエーションの比較−

要旨

(300字以内)

本研究では、暗示的な訂正フィードバックであるリキャストとネゴシエーションについて、効果と介入後のアップテイク(反応としての発話)の比較を行った。
2群の中上級学習者と1対1で意味重視のタスクを行い、受身・受益表現の誤用や回避に、一群にはリキャスト、他方にはネゴシエーションで対応した。効果は、直後、2週間後に測定した。
その結果、直後タスクでは、発話数はリキャスト群に、文法的正確さではネゴシエーション群に効果が見られた。2週間後はリキャスト群が発話数、正確さともに勝っていた。アップテイクは、リキャスト群で多くなされており、先行研究とは反対の結果を得た。また、返答のみのアップテイクでも、将来的には習得につながる可能性があることが示唆された。

要旨

(1000字以内)

訂正フィードバックのうち、リキャスト(言い直し)とネゴシエーション(「誤用の反復」など)は近年よく比較され研究対象とされているが、その結果はさまざまである。本研究は、Focus on Formのテクニックとしてのリキャストとネゴシエーションの効果を実験研究として比較することを目的とした。研究課題は以下の4点である。
研究課題1:  JSL(第二言語としての日本語)環境における中上級学習者を対象に、意味重視のタスクの中で、受身・受益文を対象言語形式としてリキャストとネゴシエーションを行なった場合、どちらが母語話者に近い使い方を導くか。
研究課題2: 効果は2週間後も持続しているといえるか。
研究課題3: リキャストとネゴシエーションとでは、どちらがアップテイク(フィードバックの反応としての、正用の発話や返答)を導いているか。   
研究課題4: アップテイクされた言語形式は、後続の会話の中で自発的に発話されてい
       るか。リキャスト群とネゴシエーション群では違いがあるか。
実験として、2群の中上級学習者(n=5,n=7)と個人セッションを実施し、ビデオ中の特定の人物を中心として内容を説明するという意味重視のタスクを行った。受身・受益表現の誤用や回避には、一方の群にはリキャスト、他方にはネゴシエーションで対応した。処遇の効果は、事前、直後、2週間後に測定した。
その結果、研究課題1においては、直後タスクで、発話数はリキャスト群のほうが母語話者に近い数を産出しているが、文法的正確さではネゴシエーション群のほうが勝るという結果が得られた。2週間後の効果については、発話数と文法的正確さのいずれについても、リキャスト群のほうに大きな効果が見られた。研究課題3のアップテイク(反応としての発話)については、リキャストのほうが若干多いという、先行研究とは異なった結果が得られた。研究課題4については、アップテイクされた言語形式は、その後の会話で正用の発話もされており、両群の比較でいえば、ネゴシエーション群に若干対象言語形式の自発的な正用が多いことが分かった。
本研究によって、リキャストとネゴシエーションには異なった効果があること、また、その反応として正用をリピートせず、「はい」など返答をするのみでも、言語面への気づきを得ており、将来的には習得につながる可能性があることが示唆された。本研究は近年議論されているリキャストとネゴシエーションについて、新たな知見を報告できるという点で意義があるといえよう。

要旨

(2000字以内)

暗示的な訂正フィードバックとは、コミュニケーションを中断せず、自然に訂正することである。その中には、誤りの直後に、その意味を汲んだ言い直しを与える「リキャスト」や、学習者の誤用の後に教師がすぐ正用を示さず、代わりに「明確化要求」や「誤用部分の繰り返し」などを行なって自己訂正を促す「ネゴシエーション」がある。この2つの方法は近年よく比較され研究対象とされているが、その結果はさまざまである。
本研究は、中上級学習者の受身と受益表現の誤用・非用に対して、Focus on Form (FonF)のテクニックとしてリキャストとネゴシエーションを行ない、その効果を実験研究として比較することを目的とした。研究課題は以下の4点である。
研究課題1: JSL(第二言語としての日本語)環境における中上級学習者を対象に、意味重視のタスクの中で、受身・受益文を対象言語形式としてリキャストとネゴシエーション(誤用の反復、明確化要求、誘い出し)を行なった場合、どちらが対象言語形式の母語話者に近い使い方を導くか。
研究課題2: 効果は2週間後も持続しているか。
研究課題3: リキャストとネゴシエーションとでは、どちらがアップテイク(フィードバックの反応としての、正用の発話や返答)を導いているか。   
研究課題4: アップテイクされた言語形式は、後続の会話の中で自発的に発話されてい
       るか。リキャスト群とネゴシエーション群では違いがあるか。
本研究では、2群の中上級学習者(n=5, n=7)一人ひとりと調査者が個人セッションを実施し、ビデオを視聴しながら特定の人物を中心として内容を説明するという、意味重視のタスクを行なった。受身・受益表現の誤用や回避には、一方の群にはリキャスト、他方にはネゴシエーションで対応した。
研究課題1と2に対する答えを得るため、事前、直後、2週間後に処遇の効果を測定した。測定には、大塚(1995)の縦断研究で使用された20コママンガのストーリーナレーションタスクを用いた。タスクでは、対象言語形式の発話の有無を見たほか、発話された対象言語形式について、命題や格助詞の選択を考慮し得点化することで、文法的な適切さを見た。「縦断研究で生じた受益表現の使用の変化が、処遇の個人セッションの前後で見られるかどうか」を検証することで、習得段階の進度を速めるというFonFの効果を確認することとした。
また、研究課題3と4に対する答えを得るため、個人セッションにおけるリキャスト/ネゴシエーションの介入とその反応を記述した。返答や正用のリピートなど、返答の種類を数値化した。
結果は以下のとおりである。
研究課題1: 実施した処遇の直後の測定によると、発話数ではリキャスト群のほうが母語話者に近い数を発話しており、文法的な正確さではネゴシエーション群のほうが勝るという結果が得られた。
研究課題2: 発話数と文法的正確さのいずれにおいても、リキャスト群のほうに大きな効果が見られた。2週間後にはリキャストの効果がネゴシエーションに勝ることから、リキャストの効果は遅れて表れるというMackey &Philip(1998)を支持する結果となった。
研究課題3: アップテイクの割合は、リキャストのほうが若干多いという結果を得た。これは「リキャストはネゴシエーションよりアップテイクを導かない」とするLyster & Ranta (1997)とは逆の結果である。
研究課題4: アップテイクされた言語形式は、その後の会話で使用されており、正用の発話もされていることが分かった。両群の比較ではほとんど差がなかった。
 本研究の意義は、リキャストとネゴシエーションについて、両方が異なる効果を持つという示唆を得られたことである。また、アップテイクとして正用を発話せず「返答のみ」という反応であっても、対象者が言語面への気づきを得ているという可能性が、事後の質問紙やセッション中の言語面に関する発言から示唆されたことである。
 本研究での問題点は、n=5, n=7という小規模の実験であったことと、対象者の母語や滞日期間などの統制がなかったことである。結果を一般化するためには、実験の規模や変数の統制など、いくつかの点を精緻化することが必要である。その上で、リキャストとネゴシエーションの効果の性質の違いについて追試を実施し、その結果を確認すること、および「アップテイク」と習得の関係を明らかにすることが必要である。以上を本研究の今後の課題とする。

修論発表会要旨

【研究動機・目的】
暗示的訂正フィードバックのリキャスト(誤用など不適切な発話の後に、発話者の意図を汲んだ正用を与えること)とネゴシエーション(「明確化要求」や「誤用の繰り返し」などを行なうこと)は近年盛んに議論されている。本研究は、双方の効果を実験研究として比較することを目的とした。
研究課題1:JSL環境における中上級学習者を対象に、意味重視のタスクの中で、受身・受益文を対象言語形式としてリキャストとネゴシエーションを行なった場合、どちらが母語話者に近い使い方を導くか。
研究課題2:効果は2週間後も持続しているか。
研究課題3: リキャストとネゴシエーションとでは、どちらがアップテイク(フィードバックの反応として
の、正用の発話や返答)を導いているか。   
研究課題4: アップテイクされた言語形式は、その後、会話の中で自発的に発話されているか。
リキャスト群とネゴシエーション群では違いがあるか。
【研究方法】
中上級学習者をリキャスト群(n=7)、ネゴシエーション群(n=5)に分け、調査者との1対1のセッションを持った。ビデオを視聴し特定の人物を中心としてナレーションをつける意味重視のタスクを実施した。受身・受益表現の誤用や回避にそれぞれの処遇で対応した。効果は、事前、直後、2週間後に測定した。
【主な結果】
研究課題1においては、直後タスクで、発話数はリキャスト群のほうが母語話者に近い数を産出しているが、文法的正確さではネゴシエーション群のほうが勝るという結果が得られた。研究課題2においては、
2週間後には、発話数と文法的正確さのいずれも、リキャスト群のほうに大きな効果が見られた。研究課題3のアップテイクは、リキャストのほうが若干多いという、先行研究とは異なった結果が得られた。研究課題4については、アップテイクされた言語形式は、その後の会話で正用の発話もされており、両群の比較でいえば、ネゴシエーション群に若干対象言語形式の自発的な正用が多いことが分かった。
本研究によって、リキャストとネゴシエーションには異なった効果があること、また、その反応として「はい」など返答をするのみでも、言語面への気づきを得ており、将来の習得につながる可能性が示唆された。
【今後の課題】
実験が小規模であり、対象者の母語などの変数を統制できなかった。今後は変数を統制した上で追試を行ない結果を検証すること、また返答のみのアップテイクと気づきの関係を調べることなどが課題である。
【主な参考文献】
大塚純子(1995) 「中上級日本語学習者の視点表現の発達について」お茶の水女子大学修士論文(未公刊)
Doughty, C. & Williams, J. (1998) Focus on Form in classroom second language acquisitionn, NewYork: Cambridge University Press.
Lyster, R. & Ranta, L. (1997) Corrective feedback and learner uptake: Negotiation of form in communicative classroons. Studies in Second Language Acquisition, 19, 37-66.
Mackey, A. & Philip, J. (1998) Conversational interaction and second language development: Recasts, responses and red herrings? The Modern Language Journal, 82(3), 338-356.

 

氏名

多賀 三江子 (たが さえこ)

修了年度

2003年度(2004年1月提出)

修士論文題目

多義動詞「ひく」の習得におけるアニメーション提示の効果
―認知言語学的観点から―

要旨

(300字以内)

本稿の目的は、多義動詞「ひく」についてアニメーション提示(各用法についての辞書の項目をプロトタイプと拡張例で表したアニメーション)が、母語訳提示と比べどの程度有効であるか実験により検証することである。対象者は日本語学校の上級の中国人、韓国人の学習者(33名)である。対象者を2群に分け事前テスト、直後テスト、遅延テストで、効果を検証した。その結果、1)アニメーション提示は母語訳提示と点数面では同程度の効果がある。2)アニメーション提示の方が誤文を判断するのに、効果がある。3)習得されやすい用法には、母語訳提示の方が、習得されにくい用法にはアニメーション提示の方が効果がある。以上3点が主に示唆された。

要旨

(1000字以内)

日本語学校の学生から「外国語は言葉の意味が多くて、覚えるのがたいへんだ」という声をよく耳にする。近年認知言語学的観点から多義語を分析した研究が盛んに行なわれてきた(Langacker 1987、Lakoff1987、田中1987、国広1994、森山2002、Verspoor & Lowie 2003)。しかし、日本語教育で実証的研究を行なったのは杉村・楠見・赤堀(1998)のみである。杉村他は日本語学習者に、多義動詞の分類分けにイメージスキーマ(プロトタイプと拡張例)のアニメーション提示がプレポストテストで有効であることを明らかにした。しかし、その成果は、日本語教育現場では、あまり反映されておらず、学習者は従来通り、多義語は言葉のみを使用し教えられているのが現状である。杉村はプロトタイプと拡張例提示が同じ被験者内のプレポストテストで効果があることを明らかにしたが、言語的説明と比較する必要があると考える。従って、本稿の目的は、プロトタイプと拡張例提示が、「ひく」の各用法について辞書の項目をプロトタイプと拡張例で表した動的パターンのアニメーション提示が、同じものの母語訳提示よりも、どの程度効果があるか検証することである。対象者は日本語学校の上級の中国人、韓国人の学習者(33名)である。対象者を2群に分け一つの群には、アニメーション提示、もう一つの群には母語訳提示を行い、事前テストと直後テスト、遅延テストで、効果を検証した。その結果、「ひく」の習得について以下のことが示唆された。
1) アニメーション提示すなわちプロトタイプと拡張例を提示することは、母語訳提示よりも動詞の共通のスキーマを抽出するのに効果がある。その結果、アニメーション提示の方が誤文を誤文と判断するのに、母語訳群提示より効果がある。
2) 正文問題で、正答率が低い用法、すなわち習得されにくい用法には母語訳提示よりもアニメーション提示の方が拡張を起こしやすく、その結果、習得を促進する。
3)母語訳提示よりも、アニメーション提示は、遅延テスト遂行中も想起しやすい。
4) アニメーション提示の方が、学習意欲の向上には効果がある。
本研究では、アニメーション提示による効果は、誤文に対して有効である可能性が示唆されたが、今後「ひく」以外の動詞についてもアニメーション提示の効果を検証し、負担が少なく効果が高い語彙習得研究の道筋を作っていきたい。

要旨

(2000字以内)

研究の動機・目的
日本語学校の学生から「外国語は言葉の意味が多くて、覚えるのがたいへんだ」という声をよく耳にする。近年認知言語学的観点から多義語を分析した研究が盛んに行なわれてきた(Langacker 1987、Lakoff1987、田中1987、国広1994、森山2002、Verspoor & Lowie 2003)。しかし、日本語教育で実証的研究を行なったのは杉村・楠見・赤堀(1998)、杉村(2000)のみである。杉村他、杉村は日本語学習者にLangackerの多義動詞(「あがる」「いれる」「だす」「ひく」「あける」「とる」の6動詞)の分類分けにイメージスキーマ(プロトタイプと拡張例)提示(図1参照)が被験者内のプレポストテストで効果があることを明らかにした。しかし、イメージスキーマ提示以外の言語的説明と比較していない。また、その成果は、日本語教育現場では、活用されるまでにはいたっていない。学習者は従来通り、多義語を言葉や文字から習得しているのが現状である。
本稿の目的は、プロトタイプと拡張例提示が、言語的説明である母語訳提示と比べどの程度有効であるか実験により検証することである。具体的には「ひく」についての各用法の辞書の項目を、アニメーション提示したもの(プロトタイプと拡張例で表したもの)が、母語訳提示したものと比較して、どの程度有効であるかを検証することである。(本稿では「ひく」のプロトタイプを杉村・楠見(2000:31)に基づき、「対象物が具体的で、明確な対象物に力が加わり、移動方向が拡散せず、物体が主体側へ移動する動的パターンである」とする。)

図1 動詞「ひく」で提示した図(杉村2000:133)
研究方法
研究は実験により行った。対象者は日本語学校の上級クラスの中国語母語話者、韓国語母語話者(33名)である。(本稿では中国語母語話者、韓国語母語話者を対象に実験を行ったが、両者間で統計上有意差が見られなかったことから、母語別の考察は行わないことにする)。
実験は2003年7月上旬(事前直後テスト)と8月上旬(遅延テスト)に行った。対象者を、アニメーション提示群と、母語訳提示群の2群に分け、事前テスト(正誤問題を19問)を実施し、その後処遇としてアニメーションと母語訳をそれぞれ提示し、続けて直後テストを行った。また、4週間後遅延テスト(正誤問題を7問)を行った。事前直後テストの問題文の一部を表に示した。問題No1は、「このレバーをひくと水が出る」であり、正文なので○である(以下、表参照)。
表 4-1 正誤問題判定テスト問題文
問題文 回答
このレバーをひくと水が出る。 ○
病院に電話するため、電話帳をひいた。 ○
東京の学校から有能な先生をひく。 ○
昔の本の1節をひいて文を書く。 ○
新しいパソコンを買って家にひいた。 ×
毎月、月給から5千円ひかれる。 ○
たくさん勉強したので、テストの点数がひいた。 ×
新しく建てられる工場の設計図をひいた。 ○
この薬は水でひいて飲んでください。 ×
新しく建てた家に、ガスをひいた。 ○
3回も交通事故にあったので、彼はみんなの同情をひいた。 ○
右へひくと郵便局がある。 ×
フライパンを温めてから油をひいた。 ○
ビールの栓をひく。 ×
母の血をひいてその子供は絵が上手だった。 ○
パーティが始まるので、テーブルにフォークとスプーンをひいた。 ×
冬はよく風邪をひく。 ○
彼女の成功のために、彼は身をひいた。 ○
洪水の水がやっとひいた。 ○
実験に使用した画像は中国語版、韓国語版をそれぞれ用意した。アニメーションは杉村(2000)を参考にパソコンソフト『FlashMX』を使用して、筆者が作成した。
結果と考察
実験の結果、「ひく」の習得について以下のことが示唆された。
1) アニメーション提示すなわちプロトタイプと拡張例を提示することは、母語訳提示よりも動詞の共通のスキーマを抽出するのに効果がある。その結果、アニメーション提示の方が誤文を誤文と判断するのに、母語訳群提示より効果がある。
2) 正文問題で、正答率が低い用法、すなわち習得されにくい用法には母語訳提示よりもアニメーション提示の方が拡張を起こしやすく、その結果、習得を促進する。
3)母語訳提示よりも、アニメーション提示は、遅延テスト遂行中も画像を想起しやすい。
4) アニメーション提示の方が、学習意欲の向上には効果がある。
まとめと今後の課題
アニメーション提示については上記点が示唆された。しかし、遅延テストでは上記2)に関しては、一部にのみ、その傾向が見られた。また3)に関しては、遅延テストの問題数が少なく、十分検証できなかった。よって、遅延テストの問題数を増やし本実験の追検証を行うこと、また他の多義動詞についてもプロトタイプと拡張例提示について検証することを今後の課題とする。

修論発表会要旨

 

 

氏名

徳間 晴美 (とくま はるみ)

修了年度

2003年度(2004年1月提出)

修士論文題目

上級日本語学習者の依頼の仕方を母語話者はどのように受けとめるか
―「コミュニケーションのうまさ」との関係を探りながら―

要旨

(300字以内)

本研究では、上級日本語学習者の依頼の仕方を母語話者がどのように受けとめるかを明らかにすることを目的とし、一般の日本人(63名)と日本語教師(32名)を被験者として聴取実験を行った。
その結果、両者に共通する背景意識として、「依頼の説明・展開の仕方」「感情的要因」「聴覚的自然さ」(第1・2・3因子)が抽出され、一般の日本人には「文法知識」、日本語教師には「相手への配慮」がそれぞれ独自の意識(第4因子)として抽出された。また評定結果の分析から、母語話者が捉える、依頼場面における「コミュニケーションのうまさ」とは、「常に相手との関係を考慮し、相互作用を効果的に働かせながら、双方の間で作り上げられるやりとりの達成度や充実度」であることが示唆された。

要旨

(1000字以内)

本研究では、上級日本語学習者の依頼の仕方を母語話者がどのように受けとめるかを明らかにするために、聴取実験を行い、分析を試みた。母語話者の評価や受けとめ方を対象とした研究は90年代から行われてきているが、それらの多くは「印象」レベルにとどまり、具体的な言語行為の内容に踏み込んだものはごく限られている。
そこで、本研究ではFTA(Face Threaten Act)の1つである「依頼」に焦点を当てて実験を行うことで、学習者にとってより有効な情報を提供できると考え、以下の3つの研究課題を設定した。@日本語母語話者は上級日本語学習者の依頼の仕方をどのような観点で受けとめるか。A日本語母語話者の受けとめ方にはどのような背景意識が存在しているか。B依頼場面における「コミュニケーションのうまさ」の評定と関係が深いのはどのような観点、背景意識か。以上の研究課題を究明するため、依頼のロールプレイの録音資料を作成し、それを用いて一般の日本人と日本語教師を被験者として実験T(各5名)、実験U(63名・32名)を行った。
その結果、研究課題@については実験Tの自由記述から母語話者の多様な観点が抽出された。そして、それらをカテゴリー化してまとめた22項目を実験Uで用いる評定項目とした。研究課題Aについては実験Uの22項目5段階評定の結果を因子分析したところ、「依頼の説明・展開の仕方」「感情的要因」「聴覚的自然さ」(第1・2・3因子)という母語話者共通の背景意識がみられ、第4因子からは、一般の日本人には「文法知識」、日本語教師には「相手への配慮」という意識がそれぞれ存在することがわかった。研究課題Bについては、実験Uで行った「コミュニケーションのうまさ」の評定を用いて重回帰分析を行い、「話の運び方」と「相づちの仕方」(一般の日本人)、「頼りすぎていない」(日本語教師)という観点が有意に影響を及ぼす観点であることが明らかになった。背景意識については、一般の日本人と日本語教師に共通する背景意識(第1・2・3因子)が「コミュニケーションのうまさ」と関係が深いことがわかった。
以上の結果から、言語行為の内容(依頼)が母語話者の受けとめる意識の軸になっており、依頼の場合は、faceを侵害しないように段階を踏むこと、また相手にかける負担のかわりに感情面で補うことを重視あるいは求める意識が母語話者に共通して存在することが示された。また、一般の日本人は上級学習者に対して寛容度が下がること、日本語教師は「やりとりの双方向性」を重視することが示唆された。

要旨

(2000字以内)

 

修論発表会要旨

【研究動機・目的】
動機:非母語話者と母語話者の接触場面が増えている中で、非母語話者が不本意に誤解や摩擦を生じさせてしまうことがある。そこで、母語話者の受けとめ方を情報提供する必要があると考え、日常の言語行為の中で必要性が高く、かつ相手の受けとめ方が目的達成に影響しやすい「依頼」行為を取り上げた。
目的:上級日本語学習者の依頼の仕方を母語話者はどのように受けとめるかを明らかにすること。具体的な研究課題・・・@日本語母語話者は上級日本語学習者の依頼の仕方をどのような観点で受けとめるか。A日本語母語話者の受けとめ方にはどのような背景意識が存在しているか。B依頼場面における「コミュニケーションのうまさ」の評定と関係が深いのはどのような観点、背景意識か。
【研究方法】(一般の日本人*:本研究では、「日本語教育経験のない日本人」を指す)
《予備実験》ロールプレイの選定《刺激材料作成》ロールプレイの録音資料4本《実験T》一般の日本人*・日本語教師各5名:@コミュニケーション(やりとりを通した意思伝達)のうまさを7段階評価A評価の理由や気になった点を自由記述×4本《評価項目設定》実験Tの自由記述をカテゴリー化し実験Uで用いる評定項目を設定《実験U》一般の日本人63名・日本語教師32名:刺激材料を聴き、@実験Tと同じく7段階評価A評価項目それぞれについて5段階評価×3本《分析》因子分析・重回帰分析
【主な結果】*@ABは研究課題の番号を表す
@延べ数151の多様な観点が見られた(例:相手に依頼する切り出し方が自然か)。A因子分析をした結果、「依頼の説明・展開の仕方」「感情的要因」「聴覚的自然さ」(第1・2・3因子)と、「文法知識(一般)」「相手への配慮(教師)」という背景意識が抽出された。B観点:「話の運び方」「相づちの仕方」(一般)「頼りすぎていない」(教師)、背景意識:第1~3因子 が関係が深く説明変数となり得る。
【今後の課題】
被験者の属性や年齢層の幅を広げる必要がある。また「依頼」行為に絞って実験を行ったが、今後は言語行為別に実験を行い、さらに、これらの研究結果を具体的にどのような形で情報提供することができるかについても考えていきたい。
【主な参考文献】
石崎晶子 (1997) 日本語学習者の言語行動に対する母語話者の評価. お茶の水女子大学大学院修士論文
織田倫子(1999)日本語口頭運用能力における流暢さ−日本語母語話者の認識を通して−.広島大学大学院修士論文

 

氏名

潘 雪霓 (はん せつげい)

修了年度

2003年度(2004年1月提出)

修士論文題目

討論場面における反対意見表明と調整ストラテジーに関する考察
― 日・台の比較を通して ―

要旨

(300字以内)

本研究は、ポライトネスの観点から、日・台の女子大学生同士が討論場面で行使する反対意見表明と調整ストラテジーの特徴及び、日・台間の類似点と相違点を明らかにするため、会話分析の手法を用いて討論参加者の発話を詳細に分析した。その結果、日・台の女子大学生同士による反対意見表明と調整ストラテジーの使用に異なる傾向が示された。この結果から、日・台の接触場面での不必要な誤解を防ぐため、相互の違いに対する理解を深める必要性が示唆された。今後の課題としては、非言語行動の要素を取り入れた研究、日・台の接触場面における研究などが挙げられる。

要旨

(1000字以内)

ポライトネスは良好な人間関係を維持するための不可欠な要素である。しかし、違う文化背景を持つメンバーは、ポライトネスに対する認識が異なるため、言語表現も異なってくる可能性がある。本研究は、ポライトネスの観点から、日・台の女子大学生同士が討論場面で行使する反対意見表明と調整ストラテジーの特徴及び、日・台間の類似点と相違点を明らかにすることを目的として分析を行った。データとして、日本語を母語とする女子大学生7組、中国語を母語とする台湾人女子大学生7組の計14件の討論場面による会話資料を用いた。日・台の女子大学生同士が討論場面で行使する反対意見表明と調整ストラテジーの特徴を明らかにするため、会話分析の手法を用いて参加者の発話を詳細に分析した。
分析の結果、主に以下の結果が明らかになった。
@ 日本語母語話者は、反対意見を表明する際、「暗示的」な反対意見表明ストラテジーと「共感期待型」の単位方略を多用することがわかった。また、「自分」のフェイスに対する調整ストラテジーと「情報の叙述」の単位方略を多用し、行使された調整ストラテジーが「反対意見表明ストラテジーの前」に集中する傾向が観察された。
A 台湾人中国語母語話者は、反対意見を表明する際、「明示的」な反対意見表明ストラテジーと「指摘型」の単位方略を多用する結果が見られた。また、「自分」に対する調整ストラテジーと「事情の説明」の単位方略を多用し、行使された調整ストラテジーが「反対意見表明ストラテジーの後」に集中する傾向が観察された。
B 日・台間の特徴を比較した結果、台湾人中国語母語話者は日本語母語話者より、「明示的」な反対意見表明ストラテジーと「批判型」の単位方略を多用し、日本語母語話者は台湾人中国語母語話者より、「共感期待型」の単位方略を多く使用することが認められた。また、日・台による調整ストラテジーの出現位置の相違が観察されたと同時に、調整ストラテジーを行使する際、日本語母語話者は台湾人中国語母語話者より「注目表示」の単位方略を多く用い、台湾人中国語母語話者は日本語母語話者より「事情の説明」の単位方略を多く用いることが明らかにされた。
これらの結果から、日・台の接触場面での不必要な誤解を防ぐため、相互の違いに対する理解を深める必要性が示唆された。今後の課題としては、非言語行動の要素を取り入れた研究、日・台の接触場面における研究などが挙げられる。

要旨

(2000字以内)

 

修論発表会要旨

【研究動機・目的】
ポライトネスは良好な人間関係を維持するための不可欠な要素である。しかし、違う文化背景を持つメンバーは、ポライトネスに対する認識が異なるため、言語表現も異なってくる可能性がある。このような齟齬は相互に深刻な誤解をもたらすことと考えられるため、文化によってポライトネスがどう示されるか、その実態を解明することが重要であるといえよう。本研究はポライトネスの観点から、日・台の女子大学生同士が討論場面で行使する反対意見表明と調整ストラテジーの特徴及び、日・台間の類似点と相違点を明らかにすることを目的とする。
【研究課題】
@ 日本語母語話者による反対意見表明と調整ストラテジーの特徴は何か?
A 台湾人中国語母語話者による反対意見表明と調整ストラテジーの特徴は何か?
B 日・台による反対意見表明と調整ストラテジーの特徴にはどのような違いがあるのか?
【研究方法】
対象者:日本語を母語とする女子大学生7組、中国語を母語とする台湾人女子大学生7組。
データ:音声テープの文字化資料
分析方法:会話分析の手法を用い、@反対意見表明ストラテジーの種類、中心となる発話の単位方略A調整ストラテジーの種類、中心となる発話の単位方略、出現位置を観点として量的に分析B日・台の差をt検定で測定。
【主な結果】
C 日本語母語話者は、「暗示的」な反対意見表明ストラテジーと「共感期待型」の単位方略を多用。「自分」のフェイスに対する調整ストラテジーと「情報の叙述」の単位方略を多用。調整ストラテジーが「反対意見表明ストラテジーの前」に集中。
D 台湾人中国語母語話者は、「明示的」な反対意見表明ストラテジーと「指摘型」の単位方略を多用。「自分」に対する調整ストラテジーと「事情の説明」の単位方略を多用。調整ストラテジーが「反対意見表明ストラテジーの後」に集中。
E 日・台の行使する反対意見表明と調整ストラテジーの特徴から、反対意見表明ストラテジーの種類、「批判型」「共感期待型」「注目表示」「事情の説明」の単位方略、調整ストラテジーの出現位置において有意差が認められた。以上の結果から、日・台の接触場面での不必要な誤解を防ぐため、相互の違いに対する理解を深める必要性が示唆された。
【今後の課題】
@非言語行動の要素を取り入れた研究A日・台の接触場面における研究を今後の課題としたい。
【主な参考文献】Brown, P., and Levinson, S. (1987) Politeness: Some Universals in Language Usage. Cambridge: Cambridge University Press.

 

氏名

房 賢嬉 (ばん ひょんひ)

修了年度

2003年度(2004年1月提出)

修士論文題目

発音学習におけるグループモニタリング活動の可能性
―韓国人成人学習者の場合―

要旨

(300字以内)

本稿は、発音学習におけるグループモニタリング活動(以下G・M活動)の特徴と学習者の意識の変化を明らかにし、G・M活動の可能性を探ることを目的とする。方法としては、韓国人成人日本語学習者同士が行ったG・M活動を学習者が使っているストラテジー、モニタリングの対象、やり取りのパターンの観点からカテゴリー化して分析した。その結果、1)G・M活動の際、多様な発音学習ストラテジーを用いている。2)モニタリングの対象が、発音の正誤からストラテジー、学習項目へと幅広くなっている。3)発音を理解するための意味交渉や確認作業が活発に行われて、補い合い型、発音修正型、情報提供型、教師に援助を求める型の4つのやり取りのパターンが観察された。コース前後のインタビューを分析した結果、自己評価の具体化、意識的なモニタリング、発音学習観の変化、発音に対する自信の現れの4つの意識の変化が観察された。

要旨

(1000字以内)

近年、発音学習における様々な研究で「学習者自身が自分の発音のどこが問題であるかを認識し、その問題を解決するための方法を模索する自己モニタリング」が有効であると述べられている。自己モニタリングは学習者を学習の主体とするコミュニカティブアプローチの影響や多様な背景を持っている学習者のニーズを教師一人が満たすことには限界があるということで発音学習に取り入れられるようになったが、学習者が自分の発音をモニターすることは難しいスキルであるという難点も指摘されている(Kenworthy, 1997; 佐藤, 2001)。このような難点を補うための学習方法の一つとして、学習者同士でお互いの発音を評価、意見交換のやり取りをするピアモニタリングが紹介されている。ピアの活動はコミュニカティブな発音学習ができるのはもちろん、学習者同士のフィードバックが発音学習に有効とされている。しかしながら、ピアモニタリングの研究は実証的な研究が少なく、結果に焦点を当てることにとどまっており、学習者同士がどのように関わりあっているか、その過程を見た研究はまだ見当たらない。そこで本研究では、以上に述べた側面を反映した発音学習方法の1つとして、学習者同士がお互いの発音について気づいた点をディスカッションするグループモニタリング活動(以下G・M活動)という学習方法を取り上げ、学習者のインタラクションの過程に焦点を当てて検討することで、これから日本語発音学習に応用する際、どのような可能性があるかを明らかにすることを目的とする。方法としては、韓国人成人日本語学習者同士が行ったG・M活動を学習者が使っているストラテジー、モニタリングの対象、やり取りのパターンの観点からカテゴリー化して分析した。その結果、1)学習者が用いているストラテジーは多様であり、その中でも特に母語の発音の仕組みをリソースとして使う傾向があることが明らかになった。この結果から、学習者がG・M活動を通して自然にお互いのストラテジーに触れることができ、学習者同士が学びあうことが可能であったと考えられる。2)モニタリングの対象が、発音の正誤からストラテジー、学習項目へと幅広くなっている。3)発音を理解するための意味交渉や確認作業が活発に行われて、補い合い型、発音修正型、情報提供型、教師に援助を求める型の4つのやり取りのパターンが観察された。この結果から、学習者は活動をする際、自分たちで解決できることと、自分たちの手に負えないことを分けていることが分かった。コース前後のインタビューを分析した結果、自己評価の具体化、意識的なモニタリング、発音学習観の変化、発音に対する自信の現れの4つの意識の変化が観察された。

要旨

(2000字以内)

近年、発音学習における様々な研究で「学習者自身が自分の発音のどこが問題であるかを認識し、その問題を解決するための方法を模索する自己モニタリング」が有効であると述べられている。自己モニタリングは学習者を学習の主体とするコミュニカティブアプローチの影響や多様な背景を持っている学習者のニーズを教師一人が満たすことには限界があるということで発音学習に取り入れられるようになったが、学習者が自分の発音をモニターすることは非常に難しいスキルであるという難点も指摘されている(Kenworthy, 1997; 佐藤, 2001)。
このような難点を補うための学習方法の一つとして、学習者同士でお互いの発音を評価、意見交換のやり取りをするピアモニタリングが紹介されている。ピアの活動はコミュニカティブな発音学習ができるのはもちろん、学習者同士のフィードバックは分かりやすい、説得力があるとして発音学習に有効とされている。しかしながら、ピアモニタリングの研究は実証的な研究が少なく、結果に焦点を当てることにとどまっており、学習者同士がどのように関わりあっているか、その過程を見た研究はまだ見当たらない。
そこで本研究では、以上に述べた側面を反映した発音学習方法の1つとして、学習者同士がお互いの発音について気づいた点をディスカッションするグループモニタリング活動(以下G・M活動)という学習方法を取り上げ、学習者のインタラクションの過程に焦点を当てて検討することで、これから日本語発音学習に応用する際、どのような可能性があるかを明らかにすることを目的とする。研究課題は次の2点である。
研究課題1.発音学習におけるグループモニタリング活動の特徴は何か?
研究課題2.グループモニタリング活動を通して、学習者の意識にどのような変化が現れるか?
研究方法として課題1は、韓国人成人日本語学習者同士が行ったG・M活動を学習者が使っているストラテジー、モニタリングの対象、やり取りのパターンの観点からカテゴリー化して分析した。課題2はコース前後のインタビュー資料と毎回の授業後に取った感想シートを意識の変化の観点からカテゴリー化し、分析を行った。
その結果、1-1)グループモニタリング活動をする際、学習者はメタ認知・認知・社会・情意ストラテジーのような多様なストラテジーを使用しながら発音学習に取り組んでいることが分かった。その中でも認知ストラテジーの使用が多かったが、特に母語である韓国語の発音の仕組みを利用し、日本語の発音の仕組みを理解するストラテジーが多く観察された。この結果から、学習者がG・M活動を通して自然にお互いのストラテジーに触れることができ、学習者同士が学びあうことが可能であると考えられる。
1-2)学習者はモニタリングの際、@発音が正しいか正しくないかという発音の正誤だけではなく、A学習者同士が使っているストラテジーに対してもモニタリングが行われた。また、B当日に扱う学習項目以外にも前の授業で扱った学習項目や、まだ扱っていないが以前から知っていたり、どこかで聞いたことがあったりする未習の学習項目にもモニタリングが行われ、 モニタリングの対象が発音の正誤にとどまらず幅広くなっている。
1-3)発音を理解するための意味交渉や確認作業が活発に行われていた。そのやり取りのパターンとしては大きく分けて、学習者同士が協力し合うパターンと教師に援助を求めるパターンの2種類が観察された。学習者が協力し合うパターンには、@補い合い型、A発音修正型、B情報提供型が観察された。また、教師に援助を求めるパターンには、日本語の規範に関するものやモデル発音を求めることが観察され、学習者は活動をする際、自分たちでできることと、自分の手に負えないことを分けていることが分かった。
学習者の意識の変化を分析した結果、自己評価の具体化、意識的な自己モニタリング、発音学習観の変化、自信の現れ、という4つの変化が現れた。このような変化は、個別の変化ではなく因果関係を持っていることが分かった。G・M活動を通して意識的にモニターすることになり、自分の発音のどこに問題があるかを把握することで、発音学習の目的が変わる。自分の問題を自らが把握し、それを直すために目標を立てて練習することにより不安が減少し、発音すること、つまりコミュニケーションに対する自信が現れるようになったと考えられる。
以上の結果を踏まえてG・M活動の可能性として次の3点が考えられる。@発音学習においても学習者同士が協力して学び合う協働学習が可能である。A他の学習者とのインタラクションを通してコミュニカティブ、かつ意味のある発音学習ができる。B学習者一人一人のニーズに焦点を当てることができる。

修論発表会要旨

 

 

氏名

福池 秋水 (ふくいけ あきみ)

修了年度

2003年度(2004年1月提出)

修士論文題目

現代日本漫画における「外国人」ステレオタイプの内容分析

要旨

(300字以内)

本研究では、メディア・ステレオタイプ研究の観点から、漫画の中にあらわれるステレオタイプ的表現を分析した。具体的には、漫画の中で描かれる「現代の日本にいる外国人」の属性、事例から考えられるステレオタイプを分析した。分析方法は、属性の分析には内容分析を参考として量的な手法で行い、その他の特徴的な描写に関しては事例を並べた。
 属性に関しては、漫画に登場する「外国人」の出身地が、実際の人口統計と比べて欧米に偏っていること、職業に関して、アジア系外国人に犯罪や事件に絡むものが多いことなどが明らかになった。その他の特徴的な描写としては、アメリカ人女性や中国系人物に関する描写から、ステレオタイプ的と思われるものを抜き出した。

要旨

(1000字以内)

本研究は、現代の日本漫画の中で描かれる「外国人」のステレオタイプ的表現を分析したものである。外国・外国人に関するメディア・ステレオタイプの研究は、テレビ番組や広告ではなされているが、漫画を対象としたものは見当たらない。しかし、漫画は国内外で広く読まれているメディアであり、その中にあらわれるステレオタイプを分析することには意義があると考えられる。
 研究課題は、次の3点とした。(1) 「日本にいる外国人」の属性がどのように描かれているか。(2) 「日本にいる外国人」登場人物には、どのようなステレオタイプが見られるか。 (3) 「外国人」登場人物の出身国により、日本人の態度は異なるか。異なるとすれば、どのように異なるか。
 データには、雑誌に掲載された2000年から2002年までの売り上げランキングや、店舗の品揃えから、売上高や人気を考慮して選んだ漫画単行本を用いた。そのうち、現代日本を舞台に外国人が登場しているものは98冊あり、重複等も含めて述べ98人の「外国人」登場人物のデータを集計した。また、日本人登場人物と外国人登場人物の初対面の場面を特に収集し、(2)(3)の分析に当てた。
 分析方法は、(1)については内容分析を参考として量的な手法で行い、(2)(3)については、具体的な事例からの考察を行った。
 その結果、次のようなことがわかった。
 (1) 「外国人」の出身は欧米系に偏っている。また、職業の中に犯罪に絡むものが多く、特にアジア系の人物には犯罪者や「マフィア」が多い。 (2)アメリカ人女性について、積極的、明るい等の共通項があった。中国系人物(中国、香港、台湾)について、中国服を着ている、中国風の特技がある、犯罪組織に属している、等の共通項があった。「中国のマフィア」という表現も複数の作品で見られた。 (3)日本人登場人物は、欧米系登場人物、特に英語を使用する人物に対しては好意的に接し、一方的に積極的になったり、気後れしたりする描写が見られるが、アジア系登場人物に対してそのような描写は見られない。
 これらのことから、現代日本漫画では、外国人に対し、さまざまなステレオタイプ的表現がなされていることがわかった。ここから、送り手、受け手双方の意識の中にあるステレオタイプを推測することができる。ただし、今後は受け手研究の充実も必要であると思われる。

要旨

(2000字以内)

 

修論発表会要旨

 

 

氏名

堀川 有美 (ほりかわ ゆみ)

修了年度

2003年度(2004年1月提出)

修士論文題目

グループ・ディスカッション・テストにおけるテスト得点と受験者の発話データの分析 ―インタビューとの比較による口頭能力のテスト方法論的研究―

要旨

(300字以内)

本研究は、学習者同士の話し合いを評価するグループテストの実施意義を、現在多く行われているインタビューとの比較を通して明らかにすることを目的とした。韓国人学習者9名を対象に、インタビューとグループテストを各2回ずつ実施し、テスト得点及び発話の文字化資料を分析した。分析の結果、両テストの総合得点には相関があったが、下位項目の相関の高さは項目ごとに異なっており、「文法」「談話構成」では有意な相関がないことがわかった。また、「発音」「語彙」の得点はグループテストのほうが低く、テスト形式が得点に影響することが示唆された。発話データの分析では、グループテストの特徴として「1ターンが短い」「語彙が豊富」等が明らかになった。今後は、テスト得点と発話データの関係を実証的に裏付ける研究が必要である。

要旨

(1000字以内)

試験官と受験者が1対1で行うインタビューは、現在、第二言語口頭能力のテストとして一般的に行われているが、「参加者の関係が非対称的(van Lier, 1989)」「複数の話者がいる場面のインターアクション能力を調べられない(横山他、2002)」等の問題点が指摘されている。一方、学習者同士の話し合いを評価するグループテストは参加者間の関係が対等であり、また、1対1の場面とは異なる発話を評価できると考えられる。
そこで本研究では、インタビューとグループテストの得点及び受験者の発話を分析することによって、インタビューとは異なるグループテストの実施意義を明らかにすることを目的とした。研究課題は次の通りである:1テスト形式の違い(インタビュー、グループテスト)はテスト得点に影響を与えるか(@両テストの得点には相関があるか、A相関があった項目の両テストの平均得点には差があるか);2テスト形式の違い(インタビュー、グループテスト)は受験者の発話にどのような影響を与えるか(@ターン数、A発話量、B1ターンの長さ、C使用語彙の難易度と異なり語数)
対象者は、韓国人学習者9名であり、インタビューとグループテストを各2回ずつ実施した。評価対象能力は、両テストとも「相手とのやりとりにおいて自分の考えや意見を述べる力」に統一した。テストは全て録音・録画し、各録画資料を2人ずつの評定者が、7項目(発音、語彙、文法、談話構成、流暢さ、自発性、応答の適切さ)からなる評定尺度を用いて評価した。
テスト得点の分析の結果、両テストの総合得点に高い相関が見られ、グループテストにも会話テストとしての妥当性があることがわかった。しかし、評定項目別に見ると、有意な相関のある項目(発音、語彙、流暢さ、自発性、応答の適切さ)と、ない項目(文法、談話構成)があり、下位項目の相関の高さは項目によって異なることがわかった。また、「発音」「語彙」の得点はグループテストのほうが低い傾向があり、テスト形式の違いが得点に影響することが示唆された。発話データの分析結果からは、グループテストにおける受験者の発話には、インタビューより「発話量が少ない」「発話量の個人差が大きい」「1ターンが短い」「語彙が豊富」という特徴があることがわかった。
本研究では、テスト得点と発話データそれぞれの分析結果から、両テストには異なる実施意義があることを示した。今後の課題として、テスト得点と発話の特徴の関係を実証的に裏付ける分析や、グループテスト独自の評定尺度作成が挙げられる。

要旨

(2000字以内)

現在、第二言語口頭能力のテスト方法として一般的に行われている方法は、試験官の質問に受験者が答える形で行われるインタビュー・テスト(以下、IT)である。しかし、ITには「参加者の関係が非対称的(van Lier, 1989)」「複数の話者がいる場面のインターアクション能力を調べられない(横山他、2002)」等の問題点があることが指摘されている。一方、学習者同士の話し合いを評価するグループ・ディスカッション・テスト(以下、GDT)では、参加者間の関係が対等であり、また、1対1の場面とは異なる発話を評価できると考えられる。そこで、本研究では、ITとGDTの比較分析を通して、ITとは異なるGDTの実施意義を明らかにすることを目的とした。
複数の口頭テストの比較を行った先行研究では、テスト得点の分析から、テスト形式の違いが得点に影響するかどうかが調べられている(例:Shohamy et al., 1986)。しかし、テスト得点は、用いた評価方法によって変化し得るものである。テスト得点のみの分析では、実際に異なる発話が現れていたのかどうかが明らかにならないと考えられる。そのため本研究では、テスト得点に加えて受験者の発話データの分析も行った。
研究課題1では、両テストのテスト得点の相違を明らかにするために、両テストの得点の相関分析及び平均得点の差を調べる検定を行った。研究課題2では、実際の発話に現れたテスト形式の影響を探るために、受験者の発話の文字化資料を、@ターン数、A発話量、B1ターンの長さ、C使用語彙の難易度と異なり語数、の4点から分析した。
対象者は、成人韓国人学習者9名である。各受験者にITとGDTを各2回ずつ実施したため、分析対象とした各テストの受験者数は延べ18名であった。評価対象能力は、両テストとも「相手とのやりとりにおいて自分の考えや意見を日本語で述べる力」に統一し、話題も両テスト共通のものを選んだ。ITは試験官と受験者の1対1で行い、GDTは1グループ3名で行った。テストは全て録音・録画し、各録画資料を2人ずつの評定者が、7項目(発音、語彙、文法、談話構成、流暢さ、自発性、応答の適切さ)からなる両テスト共通の評定尺度を用いて評価した。
テスト得点の分析の結果、両テストの総合得点には高い相関が見られた。一般的に会話テストとして行われているITとの相関が高かったことから、GDTにも会話テストとしての妥当性があることが示された。しかし、評定項目別に見ると、有意な相関のある項目(発音、語彙、流暢さ、自発性、応答の適切さ)と、ない項目(文法、談話構成)があることがわかった(表1)。また、「発音」「語彙」の得点はGDTのほうが低い傾向があり、テスト形式の違いが得点に影響することが示唆された。
発話データの分析結果からは、GDTにおける受験者の発話には、ITより「発話量が少ない」「発話量の個人差が大きい」「1ターンが短い」「語彙が豊富」という特徴があることがわかった(表2)。これらは、GDTにおいて学習者同士で会話の進行が求められることから現れた特徴だと考えられる。
 さらに、GDTの発話データの特徴がテスト得点に与えた影響を推測した(図1)。1つは、1ターンの短さによる影響である。GDTでは、文末まで言い終わらない発話や短い発話が多く、そのことが文法力や談話構成力の評価を難しくし、「文法」「談話構成」の得点は両テストで相関がなかったと考えられる。また、ターンの短さは発話の聞き取りにくさにもつながり、「発音」「語彙」の得点の低さをもたらしたと考えられる。もう1つは、語彙の豊富さの影響である。GDTでは受験者が語彙をふんだんに用いて会話を行っていたと考えられるが、その結果、減点対象箇所も増え、「発音」「語彙」の得点が低くなるというマイナスの影響があったと推測される。発話量については、本研究では、テスト得点に与えた影響を分析するのに十分なデータがなかった。
 以上、ITとGDTの受験者の発話には異なる特徴があり、それらがテスト得点の違いにも影響している可能性を示した。GDTにITとは異なる実施意義があると言える。今後の課題としては、テスト得点及び発話データの関係を実証的に裏付けること、GDT独自の評定尺度を作成することなどが挙げられる。


図1 グループテストのテスト得点と発話の特徴の関係
【参考文献】
横山紀子・木田真理・久保田美子(2002)「日本語能力試験とOPIによる運用力分析―言語知識と運用力との関係を探る―」『日本語教育』113号、43-52.
Shohamy, E., Reves T., & Bejarano Y.(1986) Introducing a new comprehensive test of oral proficiency. ELT Journal .40(3), 212-220.
van Lier, L.(1989)Reeling, Writhing, Drawling, Stretching, and Fainting in Coils: Oral Proficiency Interviews as Conversation. TESOL Quarterly. 23(3), 489-508.

修論発表会要旨

【研究動機・目的】
現在、第二言語口頭能力のテスト方法として一般的に行われている、試験官と受験者が1対1で行うインタビューは、「参加者の関係が非対称的」「複数の話者がいる場面のインターアクション能力を調べられない」等の問題点が指摘されている。一方、学習者同士の話し合いを評価するグループテストでは、参加者間の関係が対等であり、また、1対1の場面とは異なる発話を評価できると考えられる。そこで本研究では、インタビューとグループテストのテスト得点及び受験者の発話を分析することによって、インタビューとは異なるグループテストの実施意義を明らかにすることを目的とした。
RQ1 テスト形式の違い(インタビュー、グループテスト)はテスト得点に影響を与えるか
(1)両テストの得点には相関があるか (2)相関があった項目の両テストの平均得点には差があるか
RQ2 テスト形式の違い(インタビュー、グループテスト)は受験者の発話にどのような影響を与えるか
(1)ターン数 (2)発話量 (3)1ターンの長さ (4)使用語彙の難易度と異なり語数
【研究方法】
9名の韓国人成人学習者を対象に、インタビューとグループテスト(1グループ3名)を各2回ずつ実施した。評価対象能力は、両テストとも「相手とのやりとりにおいて自分の考えや意見を述べる力」に統一した。テストは全て録音・録画し、各録画資料を2人ずつの評定者が、7項目(発音、語彙、文法、談話構成、流暢さ、自発性、応答の適切さ)からなる評価尺度を用いて評価した。
【主な結果】
テスト得点の相関分析の結果、総合得点では高い相関が見られ、グループテストにも会話テストとしての妥当性があることが示された。項目別に見ると、「発音」「語彙」「流暢さ」「自発性」「応答の適切さ」では有意な相関が見られたが、「文法」「談話」では有意な相関が見られなかった。また、平均値の差を分析した結果、「発音」「語彙」の得点はグループテストのほうが低い傾向があることがわかった。  
発話データの分析の結果、グループテストにおける受験者の発話には、インタビューより「発話量が少ない」「発話量の個人差が大きい」「1ターンが短い」「語彙が豊富」という特徴があることがわかった。
【今後の課題】
被験者数を増やし、テスト得点と発話データの関係を実証的に裏付ける必要がある。また、グループテスト独自の評定尺度の作成、受験者から見たグループテストの妥当性の分析なども、課題である。
【主な参考文献】
Fulcher, G.(1996) Testing Tasks: Issues in Task Design and the Group Oral. Language Testing. 13, 22-51.

 

氏名

楊 虹 (やん ほん)

修了年度

2003年度(2004年1月提出)

修士論文題目

中日接触場面における話題転換
―女子大学生の場合―

要旨

(300字以内)

本研究は中国語母語話者(CNSとする)と日本語母語話者(JNSとする)の日本語による自由会話における話題転換を転換ストラテジーと転換の型という2つの観点から分析し、次のような知見が得られた。
1) 話題転換ストラテジーでは、JNSは話題を終了させるストラテジーの使用率が高く、CNSは話題を開始するストラテジーを多用する傾向が見られた。JNSは協働的転換が大勢を占めるが、CNSには何の前触れもない「突発的転換」が多く見られた。長い沈黙の後の話題導入は中国語母語話者のほうが圧倒的に多かった。
2) 話題転換の型では、CNSには前の話題との関連性の低い新出型話題の導入が多く、JNSには関連性の高い派生型話題の導入が多かった。

要旨

(1000字以内)

本研究は、中日接触場面で中国語母語話者(以下CNSとする)と日本語母語話者(以下JNSとする)がお互いに対して違和感を抱く原因の一つと思われる話題転換に焦点を当て分析を試みた。話題転換には複数の話題転換ストラテジーが用いられている(メイナード1993ほか)。話題転換ストラテジーは話題間の内容的関連性(話題転換の型)にも大きく関係している(村上・熊取谷1995ほか)。接触場面では、参加者の話題転換ストラテジーは母文化や母語でのフレームの影響を受け、時には異なる文化を持つ会話の相手に違和感を与えることがある(Yamada1989)。また、日本語学習者の話題転換ストラテジーがJNSに対して不自然な印象を与えていることも明らかにされている(Nakai2002他)。そこで、本研究はCNSとJNSによる接触場面での1)話題転換ストラテジー、2)話題転換の型の出現傾向に違いがあるかを明らかにすることを目的とし、中国国内で日本語を学ぶCNSとJNSの日本語による初対面の自由会話(20分×14組)をデータに用い分析を行った。
その結果、話題転換ストラテジーについては、JNSは話題終了ストラテジーの使用率が高く、CNSは話題開始ストラテジーを多用する傾向が見られた。JNSの話題転換の8割弱が協働的転換であるが、CNSにはそれが4割未満であり、逆に何の前触れもない「突発的転換」が多く見られた。長い沈黙の後の話題導入は中国語母語話者のほうが圧倒的に多かった。これらの違いから中日母語話者における話題転換のフレームの相違が窺える。すなわち、JNSにおける話題転換は会話参加者双方の合意の上でなされ、沈黙も含む各ストラテジーの使用による話題終了の確認が重要だと考えられるが、CNSにおける話題転換は話し手単独で行われうるもので、沈黙等会話の停滞を避けるために行われる一面もあるのではないだろうか。
また、話題転換の型については、CNSには前の話題との関連性の低い新出型話題の導入が多く、JNSには関連性の高い派生型話題の導入が多かった。CNSには新出型転換においても、「突発的転換」が多く見られるが、これはJNSに違和感を抱かせる一因となっているではないかと考えられる。一方、JNSは会話の主導権を取らないために関連性の高い話題を導入しているではないかと考えられる。
中日母語話者のお互いに対する違和感は上記の異なる話題転換のフレームに起因するものではないかと思われる。本研究は日本語教育に携わる者が異なるフレームを持つ学習者の談話行動や談話規範を理解し、それらを考慮にいれた談話ストラテジーの教育を行うことが重要な課題となっていることを示唆していると言えよう。

要旨

(2000字以内)

中日接触場面のコミュニケーションにおいて、中国語母語話者と日本語母語話者がお互いの話し方に違和感を抱く場合がある。本研究は、中日母語話者が相手に対する違和感を抱く原因の一つと思われる話題転換に焦点を当て分析を試みた。
話題転換には複数の話題転換ストラテジーが用いられている(メイナード1993、他)。話題転換ストラテジーは話題間の内容的関連性(話題転換の型)にも大きく関係している(村上・熊取谷1995、他)。接触場面では、参加者の話題転換ストラテジーは母文化や母語でのフレームの影響を受け、時には異なる文化を持つ会話の相手に違和感を与えることがある(Yamada 1989)。また、日本語学習者の話題転換ストラテジーが母語話者に対して不自然な印象を与えていることも明らかにされている(Nakai 2002、木暮2002)。しかし、中国語母語話者日本語学習者の接触場面での話題転換に焦点を当てた研究はまだ見当たらない。そこで、本研究は中日接触場面では、1.中国語母語話者と日本語母語話者による話題転換ストラテジーに違いがあるかどうか、2.中国語母語話者と日本語母語話者における話題転換の型の出現傾向に違いがあるかどうか、という2点を明らかにすることを目的とし、中国国内で日本語を学ぶ中国語母語話者と日本語母語話者の日本語による初対面の自由会話(20分×14組)をデータに用い分析を行った。
その結果、話題転換ストラテジーについては、話題終了ストラテジー全般において日本語母語話者の使用率が高かった。そのうち相槌、まとめや評価、繰返しに有意差が見られた(グラフ1参照)。開始ストラテジーにおいては、日本語母語話者の使用に個人差が見られたが、各ストラテジーの使用率には大きな開きが見られなかった。一方、中国語母語話者は「ためらい」の使用率が他のストラテジーの使用率との間に大きな開きが見られ、しかも日本語母語話者より有意に高かった(グラフ2参照)。会話参加者の相互作用的特徴を表す話題転換スタイルでは、日本語母語話者の話題転換の8割弱が協働的転換であるが、中国語母語話者にはそれが4割未満であり、逆に何の前触れもない「突発的転換」が多く見られた(グラフ3参照)。長い沈黙の後の話題導入は中国語母語話者のほうが圧倒的に多かった。日本語母語話者における話題転換は会話参加者双方の合意の上でなされることで、沈黙も含む各ストラテジーの使用による話題終了の確認が重要であると考えられるが、中国語母語話者における話題転換は話し手単独で行われうるもので、沈黙等会話の停滞を避けるために行われる一面もあるのではないだろうか。
また、話題転換の型については、中国語母語話者には関連性の低い新出型話題の導入が多く、日本語母語話者には関連性の高い派生型話題の導入が多かった(グラフ4参照)。中国語母語話者は沈黙を避けるために新出型話題を導入するという傾向が窺われた。しかし、中国語母語話者には新出型転換においても、「突発的転換」が多く見られ、これは日本語母語話者に違和感を抱かせる一因となっているではないかと考えられる。一方、日本語母語話者が関連性の高い話題を導入している傾向は会話の主導権を取らないこととも関連していると考えられる。
中日母語話者のお互いに対する違和感は上記の異なる話題転換のフレームに起因するものではないかと思われる。また中国語母語話者の話題開始ストラテジーである「ためらい」の多用は学習言語での話題導入の難しさを表していると考えられる。本研究は日本語教育に携わる者がいかに異なるフレームを持つ学習者の談話行動や談話規範を理解し、それらを考慮にいれた談話ストラテジーの教育を行うかが重要な課題となっていることを示唆していると言えよう。
参考図表




参考文献
木暮律子 (2002) 日本語母語話者と日本語学習者の話題転換表現の使用について. 第二言語としての日本語の習得研究 5, 5-23.
村上恵・熊取谷哲夫 (1995) 談話トピックの結束性と展開構造. 表現研究 62, 101-111.
メイナード,K.泉子 (1993) 会話分析. くろしお出版.
Nakai Y. (2002) Topic Shifting Devices Used By Supporting Participants in Native/Native and Native/Non-native Japanese Conversations. Japanese Language and Literature
Tannen, D. (1993) Framing in Discourse. Oxford University Press.
Yamada H. (1989) American And Japanese Topic Management Stragegies In Business Meetings. , Washington,DC.

修論発表会要旨

【研究動機・目的】
中日接触場面では、話題転換においてお互いに違和感を抱く場合があり、これらの違和感はお互いが異なるコミュニケーションの行動規範や方略を適用していることによるものではないかと考える。このような違和感は円滑なコミュニケーションやより深い人間関係の構築には障碍となっていることが予想される。そこで、本研究は接触場面における中日母語話者の話題転換に違いがあるかどうかを明らかにすることを目的とし、以下の二つのリサーチクエスチョンをたてる。
RQ1 中日母語話者の話題転換ストラテジーに違いがあるか。
RQ2 中日母語話者の話題転換の型はどのようなものか。
【研究方法】
データは女子大学生14組の初対面の2者間会話の録音録画を用いる。会話参加者は中国内で日本語を専攻する3,4年生と在中国の日本人留学生である。使用言語は日本語で、話題は指定しなかった。冒頭からの20分間を分析対象とした。分析方法は以下の通りである。
RQ1:@話題転換ストラテジーの使用率を算出し、中日両群を比較する。
A沈黙を長さに分け、その後の話題導入者を中日比較する。
B話題転換のパターン化を図り、両者の話題転換スタイルをまとめる。
RQ2:@話題を新出、派生、再生という3つの型に分類し、各型の占める割合を中日比較する。
   ARQ1の結果をさらに転換の型別に集計する。
【主な結果】
RQ1:終了ストラテジーについては日本語母語話者の使用率が全般的に中国語母語話者より高く、開始ストラテジーについては中国語母語話者の「ためらい」の使用率が日本語母語話者より有意に高かった。長い沈黙の後の話題導入の3/4は中国語母語話者によるものである。また、話題転換スタイルの出現傾向では、中国語母語話者は協働的転換が4割未満だが、日本語母語話者は8割近く占める。中日母語話者の話題転換ストラテジーに相違が見られたと言える。
RQ2:話題転換の型を見ると、中国語母語話者は新出型話題が最も多く、日本語母語話者は派生型話題が最も多かった。両者には異なる傾向が見られた。
【今後の課題】
今後は非言語行動が話題転換にどのような影響を与えているかを明らかにしたい。また、母語話者同士の会話資料も入れて、接触場面と母語話者同士場面の対照分析を行いたいと思う。
【主な参考文献】
村上・熊取谷 1995 談話トピックの結束性と展開構造 表現研究 62,101-111
メイナード,K.泉子 1993 会話分析 くろしお出版
Tannen,D. 1993 Framing in Disscours. Oxford University Press.

 

氏名

吉岡 千里 (よしおか ちさと)

修了年度

2003年度(2004年1月提出)

修士論文題目

日本語における音象徴の研究
−母音を対象として−

要旨

(300字以内)

言語学において「恣意性」という概念が当たり前のこととして受け入れられてきたが、それと相反する概念として、音が単に物理的な音としてだけではなく、それ自身単独で何らかの意味をも持ち、聞いた者に何らかのイメージを喚起するという、「音象徴」という考え方がある。本研究では、日本語の母音における音象徴を明らかにすることを目的とし、質問紙を用い、日本語母語話者が「大きい」「小さい」「明るい」「暗い」「広い」「狭い」「平面的」「立体的」「高い音」「低い音」「突出」という概念と日本語の5母音との間にどのような結びつきを感じているのかを調査した。結果として、ある概念と特定の母音に関連が見られた。

要旨

(1000字以内)

言語学において「恣意性」という概念が当たり前のこととして受け入れられてきたが、それと相反する概念として、「音象徴」がある。「音象徴」とは、音が単に物理的な音としてだけではなく、それ自身単独で何らかの意味をも持ち、聞いた者に何らかのイメージを喚起するという考え方である(上村1964、1965, 田守・スコウラップ1999, 牧野1999)。
本研究では、質問紙を用い、日本語における母音の音象徴を明らかにすることを目的とした。質問紙から得られた回答から、選ばれた母音を数量的に分析した。また、提示した概念 と選ばれた母音との相関を見るためχ2検定を行った。日本語母語話者が12個の概念と日本語の5母音との間にどのような関係を見出しているのかをその傾向から分析し、それが何の影響によるのかを考察した。結果は以下に表す。
表 概念と母音の関係図
概念を表す語 母音の順序 傾向 影響する要因
「大きい」 /a/>/o/>/u/>/e/>/i/ /a/ → 後母音 → 前母音 舌の前後関係
「小さい」 /a/</o/</e/</u/</i/ /a/ → 低母音 → 高母音 舌の高低関係
「明るい」 /a/>/i/>/e/>/u/>/o/ /a/ → 前母音 → 後母音 舌の前後関係
「暗 い」 /a/</i/</e/</u/</o/ /a/ ← 前母音 ← 後母音
「広 い」 /a/>/o/>/e/>/u/>/i/ /a/ → 中母音 →高母音 舌の高低関係
「狭 い」 /a/</o/</e/</u/</i/ /a/ ← 中母音 ← 高母音
「平面的」 /a/>/e/>/i/>/u/>/o/ /a/ → 前母音 → 後母音 舌の前後関係
「立体的」 /e/</i/</a/</u/</o/ /a/ ← 前母音 ← 後母音
「高い音」 /i/>/a/>/e/>/u/>/o/ 前母音(/a/) → 後母音 舌の前後関係
「低い音」 /i/</a/</e/</u/</o/ 前母音(/a/) ← 後母音
「突 出」 /u/>/i/>/o/>/e/>/a/ /u/と/i/ 口腔内空間形状
「下 品」 /e/>/u/>/i/>/o/>/a/ /e/と/u/ 既存語
5組の対になる概念の内、3組で母音の傾向が反対になった。このことから、ある概念と音の間には偶然ではありえない関係があると考えられる。今までしばしば恣意的関係によって成り立っているといわれてきた音と意味の関係が、そうではなく有契的関係をもつものもあるということが裏付けられたといえる。
なお今後の課題として、子音の影響、母語の影響、地域差や性別による差なども考慮した調査が必要であると考えられる。

要旨

(2000字以内)

言語は、「記号」であり、世の中に存在する多種多様な記号体系の中で、もっとも分節化の進んだ複雑な記号体系である(山梨1998)。記号学を創始したソシュールは、「記号」とは、「能記」と「所記」との結合関係であると述べ、その関係は「自然的・合理的なものではなく恣意的なものである」(スリュサレヴァ1989:72)とした。言い換えると、記号としての単語を作っている要素は、音素列と意味であり、音素列が「能記」であり、意味が「所記」である(町田2003)。要するに、音と意味の結合は「恣意的」であるというのである。
しかし、音が意味を担うとする音義説は、洋の東西を問わず古くから言われていることであり(堀井1986. 野間2001)、Sapir(1928)以来、一部の研究者達によって音と意味の間の対応関係について論じられてきた。これらの音と意味の間に関係があるとする立場をとる研究者が拠りどころとするのが、「音象徴」という概念である。「音象徴」とは、音が単に物理的な音としてだけではなく、それ自身が単独で何らかの意味を持ち、聞いた者に何らかのイメージを喚起するという考え方である(上村1964、1965, 田守・スコウラップ1999, 牧野1999)。
母音の音象徴については、特に、/a/が「大きい」という概念を表し、/i/が「小さい」という概念を表すというのは一致した見解である(Sapir 1928,Newman 1933,矢田部 1948,上村1965,堀井1986,Jakobson 1987,Hamano 1998,苧阪編2001)。また、子音の音象徴に関して言われることに、口蓋音 は「硬い」、鼻音 は、「暖かさ」、「柔らかさ」、「粘着性」などを表し、鼻音・流音 は、「柔らかい」、「滑らかさ」、「流動」を表すなどがある (Sapir 1928,Newman 1933,上村1964,上村1965,Hamano 1998,牧野1999,野間2001)。
しかしながら、音象徴が語に与える影響は、語を構成する母音と子音の関係、また文化的な要素など複雑に絡み合っているため研究対象として扱いにくく、今まであまり実証的に検証されてこなかった。しかし、言語の本質に関わる問題として、音と意味が「恣意的」な関係のみによって成り立っているのではなく、必然的関係あり、それが「音象徴」によるものであるという事実も無視してはならない。
本研究では、今まで明らかになった知見に加えて、より具体的に日本語における母音の音象徴を明らかにすることを目的とした。そのために、無意味語を選択肢とした質問紙を用いた。質問紙から得られた回答から、選ばれた母音を数量的に分析した。また、提示した概念と選ばれた母音との相関を見るため、_2検定を行った。このようにして、日本語母語話者が12個の概念と日本語の5母音との間にどのような関係を見出しているのかをその傾向から分析し、それが何の影響によるのかを分析、考察した。結果として、以下の表に表すようなことが明らかになった。
表 概念と母音の関係図
概念を表す語 母音の順序 傾向 影響する要因
「大きい」 /a/>/o/>/u/>/e/>/i/ /a/ _ 後母音 _ 前母音 舌の前後関係
「小さい」 /a/</o/</e/</u/</i/ /a/ _ 低母音 _ 高母音 舌の高低関係
「明るい」 /a/>/i/>/e/>/u/>/o/ /a/ _ 前母音 _ 後母音 舌の前後関係
「暗 い」 /a/</i/</e/</u/</o/ /a/ _ 前母音 _ 後母音
「広 い」 /a/>/o/>/e/>/u/>/i/ /a/ _ 中母音 _高母音 舌の高低関係
「狭 い」 /a/</o/</e/</u/</i/ /a/ _ 中母音 _ 高母音
「平面的」 /a/>/e/>/i/>/u/>/o/ /a/ _ 前母音 _ 後母音 舌の前後関係
「立体的」 /e/</i/</a/</u/</o/ /a/ _ 前母音 _ 後母音
「高い音」 /i/>/a/>/e/>/u/>/o/ 前母音(/a/) _ 後母音 舌の前後関係
「低い音」 /i/</a/</e/</u/</o/ 前母音(/a/) _ 後母音
「突 出」 /u/>/i/>/o/>/e/>/a/ /u/と/i/ 口腔内空間形状
「下 品」 /e/>/u/>/i/>/o/>/a/ /e/と/u/ 既存語
さらに、5組の対になる概念のうち3組において、母音の傾向が反対になった。このことから、ある概念と音の間には偶然ではありえない関係があると考えられる。今までしばしば恣意的関係によって成り立っているといわれてきた音と意味の関係が、そうではなく有契的関係をもつものもあるということが裏付けられたといえる。
なお今後の課題として、子音の影響、母語の影響、地域差や性別による差なども考慮した調査が必要であると考えられる。

修論発表会要旨

 

 

氏名

李 佳盈 (り かえい)

修了年度

2003年度(2004年1月提出)

修士論文題目

電子メールにおけるコミュニケーション(台日対照研究)―依頼の場合―

要旨

(300字以内)

本研究は、電子メールにおけるコミュニケーションを明らかにするため、依頼行動を取上げ、依頼の展開、それに対する「断り」と「承諾」を、対面場面の依頼展開パターンを援用して分析を行い、また展開とストラテジー使用の台日間の異同も調べた。その結果、電子メールの媒体特性独自の展開があることが分かった。また、台湾人にとっては、たくさんのストラテジーを使って人間関係を円滑にするより、ストレートなコミュニケーションスタイルで依頼という目的を遂行することの方が好まれている傾向が窺えた。日本人の方がよりたくさんのストラテジーを使用しており、相手への配慮や人間関係を維持しようとする工夫が見られた。今後の課題としては、依頼以外の言語行動、上下・親疎関係が異なる相手、日本語学習者によるメールを調べる必要がある。

要旨

(1000字以内)

本研究では、電子メールで行われているコミュニケーション行動の一端を明らかにすることを目的とする。そこで、「多くの場合は話し手がその益を受け、聞き手は損をする」(北尾1988:53)とされ、人間関係を損ないやすい「依頼」を取上げて、分析した。
20代の同性友人同士・台日各々30組(男女半々)、計60組を対象者として、それぞれの母語による電子メールを分析対象にした。協力者が最初に友人に送る電子メールの内容は、「研究の協力を依頼するメールを書く」と設定し、実際にやりとりをしてもらった。それらの電子メールで行われている依頼行動の展開とストラテジーを分析し、コミュニケーションスタイルの異同について、調査した。
対面場面の依頼展開との対照の結果、電子メールには新たな要素(〈予告(件名)〉、〈依頼後の行動〉)が見られた。それらは電子メールという媒体のもつ特性ゆえのものと考えられ、電子メールは独自のコミュニケーションの展開を持っていることがわかった。
また、台湾と日本の電子メールの依頼展開には差が見られ、依頼の展開に関する習慣が違っていることが電子メールでも示された。電子メールで使われている依頼ストラテジーについては、全体的に日本人の方がより多くのストラテジーを使用しており、相手への配慮や人間関係を維持しようとする工夫が見られた。台湾人にとっては、多くのストラテジーを使って人間関係を円滑にするよりも、ストレートなコミュニケーションスタイルで目的を遂行することが好まれている傾向がうかがえた。また、台湾人・日本人のいずれにおいても、ポジティブポライトネスストラテジーがネガティブポライトネスストラテジーより多く使われる傾向が見られた。その理由としては、ポジティブポライトネスストラテジーの1つの【仲間意識】が多く使われていること、また、電子メールという文字だけの媒体なので、積極的に自分の主張をはっきり言わないと伝わらないおそれがあること、そしてメールの相手とは友人関係であることなどが考えられる。
本研究では、依頼行動だけに焦点をあて、電子メールという媒体の内容分析を試みた。しかし、電子メールは他の目的でも使われ、上下や親疎など相手との関係によって、書き方や言葉遣い、利用するストラテジーも変わる。したがって、今後の課題として、勧誘や問い合わせなど他の言語行動、相手との関係から生じる書き方の差異の分析が挙げられる。また、日本語学習者が書いたメールを本研究の結果と照らし合わせて、コミュニケーションギャップが発生する原因を探っていきたい。

 

氏名

星野(倉谷) 治賀子 (ほしの(くらたに) ちかこ)

修了年度

2003年度(2004年1月提出)

修士論文題目

海外日本語教師派遣における「教師の成長」と「経験の還元」 −REXプログラム帰国教員の語りからの考察−

要旨

(300字以内)

本研究では、日本語教師として海外に派遣されたREX教員を対象にインタビューを実施し、
彼らの意識を語りから分析、解釈することによって、プログラムの目的である
「教師の成長」と「経験の還元」の実態の一側面を明らかにした。
分析においては、木下(1999)の提唱する、ミニ版グラウンデッド・セオリーを用い、
まずREX教員が何を学んだと意識しているかについて6つの学びの概念を抽出し記述した。
同様に、経験を帰国後の現在どう位置付けているかについて明らかにし、
その上でどのような還元についての意識を形成しているのか探った。
考察ではREX教員の派遣による成長、多文化化する学校における活躍の可能性を提示した。
一方で、国内における多文化化に対する意識が形成されにくいことが明らかになり、
国際文化交流事業としての派遣プログラムの限界を提示し、
国内の現状を見据えたプログラムに移行するための示唆を提示した。

要旨

(1000字以内)

文部科学省は総務省、地方自治体との協力により、公立の学校教員を日本語教師として海外に派遣するREXプログラムを1990年から実施しており、派遣を終え復職した教員(以下、REX教員)にはそこで得た経験を教育現場に還元していくことが期待されている。もともとこのプログラムは国の国際文化交流推進事業として開始され、REX教員の帰国後も所謂外(海外)向きの「国際化」「国際交流」での活躍が想定されている。ところが、近年日本国内は多言語・多文化社会に移行しており、それに伴って学校も多文化化が進み、学校教員には様々な対応が求められている。本研究では、REX教員が多文化化する学校において経験を生かせるのではないかという観点から、彼等が派遣を通して何を学び成長したのか、それをどう現在に位置付け、日本の教育現場につなげようとしているのか明らかにした。更に学校現場での実践を阻む要因についても探った。
REX教員自身の経験の捉え方に焦点を当てるため、非構造化インタビューを実施し、彼らの語りを分析した。分析方法としては木下(1999)の提唱するミニ版グラウンデッドセオリーの方法を用いた。その結果について、海外派遣を学校教員の「成長の契機」とする観点(高木1998)と、「単一文化」と「一斉共同主義」を持つ日本の学校文化(恒吉1996)という観点から考察した。            分析と考察によって明らかになったのは以下の点である。
◎REX教員は「固定観念からの脱却と発想の転換」を中心概念とした6つの学びを得ていた。そして、「母語を教えるというパラダイムの転換」「異なるシステムや異なる価値観を持つ人々との出会い」という要因によって、固定化された既存の価値基準にとらわれず自由な発想を持ち、学校現場に起こる多様な状況変化に対応できる人材へと成長している。
◎REX教員は帰国後、学校教育の現場において還元についての意識を形成し、学びを結び付けていた。その意識からは、固定化された学校システムについて問い直し、多様性を受け入れて世界で通用する子どもを育てていく発想を持っていることが言え、学校の多文化化に対応していく上で、重要な役割を果たす可能性が提示された。
◎還元についての意識が学校現場の日本語教育に結びつき難いのは、外国語教育としての日本語教育から、第二言語教育としての日本語教育への転換ができていないからだと考えられる。また、学校内の多文化化に関して意識が形成され難いのは、プログラムが国際文化交流事業として実施されており、外(海外)向きの「国際交流」や「国際化」を重視したスタンスにあるためだと考えられる。
◎学校現場で経験を生かそうとする際には、勤務校の条件や、学校組織の中での立場、日本の学校文化による見えない拘束といった障害があることがわかった。
以上の結果から、今後派遣プログラムにおいて、国内の実情を踏まえた内容を取り入れるべきだとの示唆が与えられた。また地方自治体による有効な人材活用も不可欠であると言える。

要旨

(2000字以内)

 

修論発表会要旨

【研究目的】REXプログラムとは全国の公立学校教員を日本語教師として海外に派遣するプログラムであり、帰国した教員(以下、REX教員)は派遣を通して得た経験を教育現場に還元していくことが期待されている。近年、日本の学校では外国系児童生徒の増加をきっかけに、多文化化が進んでいる。本研究ではREX教員が、国際交流や外国語教育といった「外向き」の活躍だけでなく、多文化化に伴う課題においても、その力を発揮していくことができるのではなかと考え、彼等が派遣を通して何を学び、成長したのか、その経験を現在にどのように位置付け、日本の教育現場につなげていこうと意識しているのかについて明らかにした。更に、経験を生かし現場に還元していく上で、どのような要因が実践に影響するのかについても解明した。【研究方法】調査対象者 : REX帰国教員17名 (公立の小中高校の現職教員。教科は国語、英語、社会、小学校、障害児教育。派遣先はアメリカ・中国・韓国・英国・フランス)調査方法  : 非構造化インタビュー(プログラム応募から帰国後までの経験について語ってもらう)分析方法  : ミニ版グラウンデッド・セオリー(木下1999)により、文字化したインタビューデータをコーディングし、それらを更に抽象度の高い主要カテゴリーに生成していく。最終的に全てのカテゴリーを結びつけるコア・カテゴリーを立て、カテゴリー間の構造を見出す。【主な研究結果】◎REX教員は「固定観念からの脱却と発想の転換」を中心概念とした6つの学びを得ている。そして、「母語を教えるというパラダイムの転換」「異なるシステムや異なる価値観を持つ人々との出会い」という要因によって、固定化された既存の価値基準にとらわれず自由な発想を持ち、学校現場に起こる多様な状況変化に対応できる人材へと成長している。◎REX教員は教育の各領域において、学びを結び付けて還元の意識を形成していた。彼らは、固定化された学校システムについて問い直し、多様性を受け入れて世界で通用する子どもを育てていく発想を持っており、学校の多文化化に対応していく上で、重要な役割を果たしていける可能性が提示された。◎還元の意識が日本語教育に結びつき難いのは、外国語教育としての日本語教育から、第二言語教育としての日本語教育への転換ができていないからだと考えられる。還元の意識を形成しているケースは、個人的経験や個人的要因によるもので、プログラム自体には意識を形成させる直接的経験が含まれていないと考えられる。◎学校現場で経験を生かそうとする際には、勤務校の条件や、学校組織の中での立場、教員間の縦割り意識による制限といった障害がある。また、行政や学校側のREXに対する関心の薄さから、適材適所の人材活用がなされてないこともわかった。【日本語教育への示唆と今後の課題】母語である日本語を教えることは、常識や観念を問い直すことにつながり、教師の成長をもたらすことがわかった。また、海外日本語教育経験の一側面を明らかにできたことから、REXプログラムに限らず、今後、海外教育経験のある人材を国内でどう評価し活用していくかという観点を提示できたといえる。  また、国や自治体の財政困難が続きプログラムの見直しが求められている現在、REXは「外向きの国際化」や国際交流といった面だけでなく、日本社会、学校現場の抱える「内なる国際化」にも目を向けていけるような内容へ移行していく必要性が示唆された。また行政側もREX教員への評価を見直し、帰国後の活躍を見通した派遣ができるようビジョンを再確認する必要がある。今後の課題としては、今回の結果を踏まえた実践面からのアプローチが求められる。更に他の日本語教師派遣プログラムとの比較や教師研究などとの比較も有効であると考えられる。

 

氏名

高橋 薫 (たかはし かおる)

修了年度

2003年度(2004年1月提出)

修士論文題目

日本語作文における構想指導の効果
―日本語母語話者児童を対象にした単一事例実験―

要旨

(300字以内)


本研究では、作文過程での内省的な思考の操作を支援する構想指導を行い、日本語母語話者児童を対象に、単一事例実験でその有効性を検証した。その結果、指導の効果は分析的評価12項目のうち「語・語句」「言語形式」「課題への対応」「具体的記述」「明確さ」「興味」への効果が大きく、「内容の展開」「統一性」「書き出し」には中程度の効果が、「論理的つながり」「結論」へは小さな効果がみられたが、「主題」に対する効果は見られなかった。また、産出作文は、課題から連想されたトピックを書き連ねるものから、課題の要請や読み手の反応を考慮した文章へと変化した。以上のことから、作文過程での内省的な思考の操作の支援が作文の質を向上させる可能性があることが示唆された。

要旨

(1000字以内)

本研究は作文過程を問題解決過程と捉え、その過程での思考の操作を支援する構想指導の有効性を、第一言語のライティングモデルに照らし合わせて検証するものである。Scardamalia & Bereiter (1987)は知識変形モデルと呼ばれる熟達者のライティングモデルと、知識表出モデルと呼ばれる初心者のライティングモデルを示し、その作文過程の違いを明らかにした。知識表出モデルとは、与えられた作文の課題から思いついたことをそのまま書き連ねるようなものであり、内省的な問題解決の手続きを経ることなく文章を産出してしまう。一方、知識変形モデルには「何を書くか」に関わる内容的問題空間と「どのように書くか」に関わる修辞的問題空間というふたつの問題空間が含まれている。熟達者は内省的な作文過程を通して、このふたつの問題空間の間で相互作用を行いながら、課題の要請に応じて書くべき目標を設定し、文章を産出していると考えられている。
 解がひとつに定まらない問題解決の過程では、課題の要請に応じて目標を設定し文章を生みだすために知識を体制化していく過程、すなわち作文の構想は、書き上げる文章に大きな影響を及ぼすと考えられる。しかしながら、書き手がどのように文章を産出しているかという文章産出過程そのものの研究は多いものの、そこから得られた知見に基づく実践的な作文指導研究は第一言語でも第二言語でもあまり行われていない。
 そこで本研究では、日本語母語話者児童(小学校5年生女児)1名を対象に、内省的な作文過程を促す構想指導を行い、その有効性を検証することを目的とした単一事例実験を行った。研究課題は以下の2つである。
 1. 構想指導は産出作文の質を向上させるか。
 2. 指導の効果は、作文の質のどの下位項目に表れるか。
 その結果、作文の全体的な評価では効果量は小さいものであったが、産出作文の質を向上させた。また、児童の作文は課題から連想されたトピックを書き連ねる知識表出的な文章から、課題の要請や読み手の反応を考慮した知識変形的な文章へと変化した。分析的評価では、12項目のうち「語・語句」「言語形式」「課題への対応」「具体的記述」「明確さ」「興味」への効果が大きく、「内容の展開」「統一性」「書き出し」には中程度の効果が、「論理的つながり」「結論」へは小さな効果が確認されたが、「主題」に対する効果は見られず、項目により効果の現れ方に違いがあることが明らかになった。
 これらの結果から、限定的ではあるものの、本研究の構想指導は作文過程での書き手の認知的な負荷を軽減し、熟達した書き手が行っているような内省的な作文過程を促進すること、また、作文過程での思考の操作の援助が作文の質を向上させる可能性があることが示唆された。

要旨

(2000字以内)

本論文は作文過程を問題解決過程と捉え、その過程での思考の操作を支援する構想指導の有効性を第一言語のライティングモデルに照らし合わせて検証するものである。認知心理学では、その分野の豊富な知識を持つ熟達者(expert)とそうでない初心者(novice)の比較研究が数多く行われている。これは、学習とは初心者が熟達者になる過程であると考えられているためである。Scardamalia & Bereiter (1987)は知識変形(Knowledge transfer)モデルと呼ばれる熟達者のライティングモデルと、知識表出(Knowledge telling)モデルと呼ばれる初心者のライティングモデルを示し、その作文過程の違いを明らかにした。知識表出モデルとは、与えられた作文の課題からトピックについて思いついたことをそのまま書き連ねるようなモデルである。知識表出モデルでは、書き手の注意は、次に何を語るかを見つけ出すという活動からなっており、内省的な問題解決の手続きを経ることなく文章を産出してしまう。そのため文章の一貫性は考慮されていないと考えられている。一方、知識変形モデルには内容的問題空間と修辞的問題空間というふたつの問題空間が含まれている。内容的問題空間とは、作文のトピックに関わる書き手の信念や知識の問題を取り扱う空間であり、「何を書くのか」に関わる知識やその内的な操作を含む空間である。修辞的問題空間とは、作文そのものに関する問題を取り扱う空間で「どのように書くのか」に関わる知識や操作が含まれている。熟達者は内省的な作文過程を通して、このふたつの問題空間の間で相互作用を行いながら、課題の要請に応じて書くべき目標を設定し、文章を産出していると考えられている。
 内田(1993)が「読み、書き、話す過程で得られる『解決案』は正解は一つに定まらず、解決の自由度や評価の自由度が大きい、構造のゆるやかな問題解決であると捉えることができる。」(p77)と述べているように、解がひとつに定まらない問題解決の過程では、課題の要請に応じて目標を設定し文章を生みだすために知識を体制化していく過程、すなわち作文の構想は、書き上げる文章に大きな影響を及ぼすと考えられる。しかしながら、書き手がどのように文章を産出しているかという文章産出過程そのものの研究は多いものの、そこから得られた知見に基づく実践的な作文指導研究は第一言語でも第二言語でもあまり行われていない。
 そこで本研究では、文章産出を創造的な問題解決過程と捉え、日本語母語話者児童を対象に、内省的な作文過程を促す構想指導を行い、その有効性を検証することを目的とした実験を行った。研究課題は以下の2つである。
 1. 構想指導は産出作文の質を向上させるか。
 2. 指導の効果は、作文の質のどの下位項目に表れるか。
被験者は小学校5年生の日本語母語話者児童1名で、処遇を行わないベースライン期と構想指導を行う処遇期の作文を比較する、ABデザインの単一事例実験である。得られた作文は数値化して効果量を測定したうえで時系列分析を行い、実際の作文データと併せて総合的に処遇の効果を判定した。
 その結果、作文の全体的な評価では効果量は小さいものであったが産出作文の質を向上させた。また、児童の作文は課題から連想されたトピックを書き連ねる知識表出的な文章から、課題の要請や読み手の反応を考慮した知識変形的な文章へと変化した。分析的評価では、12項目のうち「語・語句」「言語形式」「課題への対応」「具体的記述」「明確さ」「興味」への効果が大きく、「内容の展開」「統一性」「書き出し」には中程度の効果が、「論理的つながり」「結論」には小さな効果が確認されたが、「主題」に対する効果は見られず、項目により効果の現れ方に違いがあることが明らかになった。
 これらの結果から、本研究の構想指導は作文過程での書き手の認知的な負荷を軽減し、限定的ではあるものの、内省的な作文過程を促進すること、また、作文過程での思考の操作の援助が作文の質を向上させる可能性があることが示唆された。

【主要参考文献】
・内田伸子 (1993) 「モニタリングと認知行動 読み、書き、話す過程で生ずるモニタリング」『現代のエスプリ』9, 65-78.
・杉本卓(1989)「文章を書く過程」 鈴木宏明・鈴木高士・村山功・杉本卓 著『教科理解の認知心理学』東京:新曜社, 1-48.
・Scardamalia, M., Bereiter, C. & Steinbach R. (1984) Teachability of reflective processes, Cognitive Science, 8, 173-190.
・Scardamalia, M. & Bereiter, C. (1987) Knowledge telling and knowledge transforming in written composition. In Sheldon, R. (Ed.), Advances in applied psycholinguistics, 142-175.

修論発表会要旨

 

 


最終更新日 2003年12月19日