2001年度修士論文要旨


氏名

朱 ヒョン淑

修了年度

2001年度(2002年1月提出)

修士論文題目

韓国語・日本語のニ言語環境にいる韓国人児童の二言語能力

−母語保持・発達を中心に−

要旨

(300字以内)

本研究では、都内の公立小学校に通う韓国人児童27名を対象に、会話力テストによる韓国語・日本語の二言語能力を調べた。その際、滞在期間・入国年齢・母語保持努力を言語能力に影響を及ぼす要因として取り上げ、二言語能力との関係を分析した。
分析の結果、@母語である韓国語力が第2言語の日本語力より低く、特に認知的会話力において母語力が著しく低いこと、A日本語の日常的会話力より、認知的会話力のほうが習得に時間がかかること、また入国年齢の低い子どもの中で認知的会話力の低い子どもが多いこと、B母語の日常的会話力と認知的会話力が保持できる入国年齢が異なり、また喪失の速度も異なること、C入国年齢・滞在期間より保持努力が母語能力にもっとも影響しており、滞在期間・入国年齢により蒙ることになる母語力の喪失または未発達を保持努力によって克服できること、D日本語と韓国語との間で、特に認知的会話力において相互依存関係が見られ、保持努力により母語力の高い児童は日本語力も高いこと、E母語保持の具体的方法として、保育園や幼稚園入園後も親子ともに母語を使用し続けること、入学前に母語の文字学習を終えること、入学後は母語で教科学習をすることなどが母語保持・発達に重要であることが示された。

要旨

(1000字以内)

本研究では、日本に滞在する外国人子どもに、日本語だけを教える日本語教育でなく、彼らの母語も同時に保持・育成し、両言語に堪能であるバイリンガル教育の視点に立ち、韓国語・日本語の二言語併用環境にいる子どもたちの日本語能力と母語能力の実態、そして母語力の保持・育成のための方法について調査を行なった。滞在期間・入国年齢・保持努力を言語能力に影響を及ぼす要因として取り上げ、両言語能力との関係を分析した。
東京都内に住む韓国人児童27名を対象に言語能力の指標としては会話力を測定し、滞在期間・入国年齢・保持努力などは質問紙調査を行い、統計分析をした。
その結果、@母語である韓国語が第2言語の日本語より低く、特に認知的会話力において母語が著しく低いこと、A日本語の日常的会話力より、認知的会話力の方が習得に時間がかかること、B母語の日常的会話力と認知的会話力が保持できる入国年齢が異なり、また喪失の速度も異なること、C日本語と韓国語の間で、特に認知的会話力において相互依存関係が見られること、D入国年齢・滞在期間より保持努力が母語能力にもっとも影響しており、滞在期間・入国年齢により蒙ることになる母語力の喪失または未発達を、保持努力をすることにより克服できること、E保育園や幼稚園入園後も親子ともに母語を使用し続けること、入学前に母語の文字教育を終えること、母語での教科学習が母語保持・発達に重要であることが示された。
 本研究で得られた結果は、今後日本の小・中学校に増加するだろう、外国人子どもの言語教育を考える上で、一つの資料になると考えられる。また二言語環境で子どもを育てることになる親にとっては、どの言語も失うことなく子どもの二言語とも育てるための方法を考える上で、参考になると考えられる。
調査・分析を進める中で、多くの問題点や限界に行き当たった。今後の課題は以下のように考えられる。
第一に、データの数を増やすことにより、本研究で得られた結果の一般化を試みる。
第三に、読解力・作文力の思考・認知力と深い関係がある領域も含め、総合的な言語能力を測定することで、より多角的な言語発達関係を解明する。
第四に、より客観的な言語能力のテスト・評価の方法を模索する。
第五に、具体的に母語のどの部分が足りないのか、保持努力をしても克服できない部分はあるかなど、言語的側面の分析を試みる。
 以上を今後の課題とし、二言語環境で生きることを余儀なくされる外国人の子どもたちにとって、彼らの持っているものが失われるのではなく、持っているものを生かして、また別の能力を足していけるような日本語教育の有り方を探っていきたい。

 

氏名

遠山 千佳

修了年度

2001年度(2002年1月提出)

修士論文題目

日本語自然習得者による助詞ハ、助詞ガ、及び無助詞の使い分け

−タガログ語話者の談話の分析−

要旨

(300字以内)

フィリピン人1名(9ヶ月間の縦断的研究)及びフィリピン人5名(横断的研究)を対象に、これら日本語自然習得者が談話の中で助詞ハ、助詞ガ及び無助詞をどのような機能と結びつけているのか、それらの助詞の使い分けが難しい文脈はどのような文脈かを観察し、助詞の使い分けの習得順序を考察した。
その結果、助詞ガは焦点・強調部分をマークしていること、助詞ハは先行する名詞句を取り立てるが、その取り立てる範囲は日本語母語話者より狭いこと、無助詞は眼前のものに判断を与えるが、取り立てや比較を行わないことなどがわかった。また、使い分けが難しい文脈を、統語機能、談話機能、対象比較機能の3つの観点からまとめた。使い分けの習得順序としては、ハ、ガ、無助詞の使い分けは早期に始まり、格助詞間の使い分けが遅れることがわかった。この結果は教室活動の教授法やシラバス・カリキュラム作成などに応用できると考えられる。

要旨

(1000字以内)

本研究の課題は、フィリピン人の日本語自然習得者が、談話の中で助詞ハ、助詞ガ及び無助詞をどのような機能と結びつけているか、それらの助詞の使い分けが難しい文脈はどのような文脈かを観察し、助詞ハ、助詞ガ、無助詞の使い分けの習得順序を考察することであり、仮説構築を目的とした事例研究である。助詞ハと助詞ガの先行研究は、さまざまな観点から数多くなされているが、自然習得やタガログ語話者に焦点を当てたものは数少ない。また、日本語母語話者を対象にした無助詞の研究はなされているが、第二言語を対象とした場合は、助詞の省略、脱落、あるいは助詞がないほうが自然である場合についての言及は見られるものの、無助詞の積極的な機能に関する習得研究はわずかである。
本研究では、フィリピン人1名の会話の記録(9ヶ月間の縦断的研究)及びフィリピン人5名に対するインタビュー(横断的研究)を対象に、誤用の現れた文脈と正用の現れた文脈を比較分析する方法をとった。
その結果、助詞ガは焦点・強調部分をマークしていること、助詞ハは先行する名詞句を取り立てるが、その取り立てる範囲は日本語母語話者より狭いこと、無助詞は眼前のものに判断を与えるが、取り立てや比較を行わないことなどがわかった。また、1人称につく場合は、助詞ハは意見を述べ、無助詞は事実や感情を述べる傾向も見られた。助詞ハ、助詞ガ、無助詞の使い分けが難しい文脈は3つの機能の観点からまとめた。ハが主題、ガが主語という統語機能の観点からは、「〜ハ〜ガ〜」の構文と引用文が難しく、情報の新旧が関わる談話機能の観点からは、現象文であるが、話し手の判断や主観が入る場合、説明などの判断を含む事実を述べる場合、主語あるいは提題部分が旧情報で、述部が新情報であるが、話し手が旧情報の部分も強調したい場合が難しい。また対象比較機能が関わるものとして、形式は似ているが、選択(総記)と判断(対照)の違いがある場合、単純な名詞の対照ではなかったり、比較されているものが言語化されていない場合、状態述語のガが総記性を持つ場合が難しいようであった。以上の分析結果から、助詞ハ、助詞ガ、無助詞の使い分けの習得プロセスと無助詞の習得過程を拡散モデル(Diffusion Model)に表した。今回の対象者は、助詞ハ、助詞ガ、無助詞の使い分けは早期にできはじめるが、ガ、ヲ、ニ、ノなど、どの格助詞を使うかの習得はそれより遅れていた。
得られた結論が母語の影響によるものなのか、習得環境によるものなのか、普遍的なプロセスによるものなのかについて、また帰納的に得られた今回の結論についての検証は今後の課題である。その上で、教室内活動に応用する工夫もしていきたいと思っている。

修論発表会要旨

【研究目的】
話し言葉の特徴の一つである無助詞は、文のさまざまなところに現れるが、主語や主題を助詞ハ、ガとは異なる機能で表すことがある。助詞ハとガは学習者にとって使い分けが難しい助詞であるが、同様に主語や主題をマークする機能を持つ無助詞を加えて、日本語を自然習得したフィリピン人がどのようにこれらの使い分けを行っているかを明らかにする。
【研究課題】
1)対象者は助詞ガ、助詞ハ、無助詞の機能をどのように捉えているか。
2)助詞ガ、助詞ハ、無助詞の使い分けが難しい文脈は、どのような文脈か。
3)対象者の助詞の使い分けの習得プロセスはどのようになっているか。
【研究方法】
フィリピン人1名の会話の記録(9ヶ月間の縦断的研究)及びフィリピン人5名に対するインタビュー(横断的研究)を対象に、誤用の現れた文脈と正用の現れた文脈を比較分析した。
【分析―助詞ハ・ガ及び無助詞の機能、及び使い分けが難しい文脈】
1)助詞ガは日本語母語話者より広い範囲で焦点化の機能をもち、逆に助詞ハは狭い範囲での取り立て機能をもつ。2)1人称につく場合、助詞ハは意見を述べるときに、無助詞は感情を述べるときに使用される傾向がある。3)旧情報を焦点化したい場合や、判断の加わった事実説明の場合など、それぞれの助詞の機能が重なり合うような文脈においての使い分けが難しい。
【考察―助詞の使い分けに関する習得】
自然習得のタガログ語話者の場合、助詞ハ、ガ、無助詞の使い分けが、格助詞間の助詞の使い分けに先行している。
【今後の課題】
事例研究であったため一般化へ向けての検証的研究、帰納的方法であったため、原因を考察できる研究が今後の課題として残されている。
【主な参考文献】
久野_(1973)『日本文法研究』大修館書店
坂本他(1995)「超上級日本語話者の発話における誤りについて」Proceedings: The 6th International University of Japan Conference on SLR in Japan
大谷博美(1995)「ハとガとφ―ハもガも使えない文―」『日本語類義表現の文法(上)』宮島・仁田編,くろしお出版

氏名

古市 由美子

修了年度

2001年度(2002年1月提出)

修士論文題目

内省を重視した日本語教育実習のナラティブ分析

−多文化共生指向の教育実習をどう経験したのか−

要旨

(300字以内)

本研究は、内省モデルに基づいて実施された大学院における教育実習のケースを取り上げ、その実態を探る。Labov(1972)の「評価モデル」を用いて、実習生22名のインタビューをナラティブ分析した結果、実習生各々は、これまでの経験や知識に新たな「共生言語としての日本語」教育の実践を取り込み、内省することによって個々の意味構築を行っている。そこには、5つの意味構築パターンが見られた。「固有の意味構築」を生む要因は、実習生の「共生言語としての日本語」教育に対する動機づけ、日本語教育のイメージによる教育観や先入見(Preconception)、今後就くであろう日本語教師の役割意識などである。また、実習生の日常的な経験の内省は、実習理念との相互作用の中で、実習生の問題意識を明確にし、「固有の意味構築」に大きく寄与する。実習生は、自分にとって有効な役割を積極的に取捨選択し、その役割にそって固有の意味構築を行い、変容するアクティブな存在であることがわかった。

要旨

(1000字以内)

第二言語教育における教師教育パラダイムが「トレーニング型」から教師の「成長型」にシフトすることによって、教師教育研究は内省や成長型プログラムを対象とする研究へと移行している。
本研究は、内省モデルに基づいて実施された大学院における日本語教育実習のケースを取り上げ、その実態を探る。多様な背景を持つ実習生がその独自性を重視する内省モデルに基づいた実習において、多言語多文化共生社会の創造を視野に入れた「共生言語としての日本語」教育を実現するという新たな日本語教育の枠組みを提示されたとき、彼らが示す「固有の意味構築」のパターンはどのようなものかを解明していくことを目的とする。また、固有の意味構築は、どのような過程および経験によってなされるのかを明らかにしていく。
研究方法としては、実習生22名から収集したインタビューならびに内省レポートをデータとし、ナラティブ分析の手法をとる。ナラティブ分析とは、Connelly&Clandinin(1990)によって、個人的実践的知識を明らかにする方法の一つとして提起されたもので、被調査者が語るナラティブによって「形式的な知識、個人的な意思や目標、身近な出来事の蓄積された経験をどのように統合するのか」を明らかにすることができるとされている。
Labov(1972)の「評価モデル」を用いて、インタビューをナラティブ分析した結果、実習生各々は、これまでの経験や知識に新たな「共生言語としての日本語」教育の実践を取り込み、内省することによって個々の意味構築を行っている。そこには、5つの意味構築パターンが見られた。「固有の意味構築」を生む要因は、実習生の「共生言語としての日本語」教育に対する動機づけ、日本語教育のイメージによる教育観や先入見(Preconception)、今後就くであろう日本語教師の役割意識などである。
実習生は、内省レポートによって、「日本語教授及び日本語教育の学習」、「私的な領域」、「授業」に関して内省を行っている。その中で「私的な領域」での経験は、自己の体験と実習理念の相互作用の中で、実習生の問題意識を明確にし、「固有の意味構築」に大きく寄与する。実習生は、自分にとって有効な役割を積極的に取捨選択し、その役割にそって固有の意味構築を行い、変容するアクティブな存在であることがわかった。
以上のことから、内省モデルに基づく教育実習は、実習生個々人のこれまでの経験を振り返り、揺さ振り、気づきを与え、新たな情報や知識を統合して実習生固有のものとし、創造的でダイナミックなものとして獲得されることが示唆された。

要旨

(2000字以内)

80年代に始まった日本語学習者の多様化は、留学生や技術研修生などのような知識・技能修得のための短期滞在者に加え、いわゆるニューカマーと呼ばれるインドシナ難民や日系外国人労働者、アジアからの花嫁の定住型外国人などの増加にともない、90年代には新たな段階に入ったと言えよう。このような社会状況の変化や学習者の学習需要の多様化に対応するため、平成11年3月には、「日本語教員養成に関する調査研究協力者会議」によって、「日本語教員養成において必要とされる教育内容」として日本語教育の抜本的な改革案が示された。
このような状況を写し出すように、日本語教員養成・研修に責任を持つ大学および大学院での教員養成をめぐる研究・教育も転換期を迎えている。90年代から第二言語教育における教師教育のパラダイムが、それまでのクラフトモデルや応用科学モデルを下敷きとした「トレーニング型」から教師の「成長型」へとシフトしていることが分かる(Nunan 1989、Richards 1994)。教員養成のモデルとしては、Wallace(1991)によって、内省的実践家として教師を位置づける内省モデルが提示され、一人一人の教師が自分の経験を通して蓄積してきている経験的知識と、研究によって得られた受容的知識を、実践を通した内省のサイクルを通すことによって自らのものにしていく道筋が示された。「教師の成長」を標榜する日本語教師教育においては、一人一人の実習生が既に持っているものを重視し、何を、どのように教えるかではなく、いつ、なぜ、どのような方法で教えるのかを正面に据え問うことを通して、自らの言語観や言語教育観を鍛え上げ日本語教育についての各人固有の意味を構築していくことが示されている(岡崎・岡崎1997)。
本研究は、内省モデルに基づいて実施された大学院における日本語教育実習のケースを取り上げ、その実態を探る。多様な背景を持つ実習生がその独自性を重視する内省モデルに基づいた実習において、多言語多文化共生社会の創造を視野に入れた「共生言語としての日本語」教育を実現するという新たな日本語教育の枠組みを提示されたとき、彼らが示す「固有の意味構築」のパターンはどのようなものかを解明していくことを目的とする。また、固有の意味構築は、どのような過程および経験によってなされるのかを明らかにする。
研究方法としては、実習生22名から収集したインタビューならびに内省レポートをデータとし、ナラティブ分析の手法をとる。ナラティブ分析とは、Connelly&Clandinin(1990)によって、個人的実践的知識を明らかにする方法の一つとして提起されたもので、被調査者が語るナラティブによって「形式的な知識、個人的な意思や目標、身近な出来事の蓄積された経験をどのように統合するのか」を明らかにすることができるとされている。個人の主観的現実及び過程への照射という特徴を持っており、教師の個々の「声」に耳を傾け、教師の文化を内面から理解する方法である(Cortazzi 1993)。
Labov(1972)の「評価モデル」の分析枠組みを用いて、実習に関するインタビューをナラティブ分析した結果、実習生各々は、これまでの経験や知識に新たな「共生言語としての日本語」教育の実践を取り込み、内省することによって個々の意味構築を行っていることが明らかになった。その結果、「限定型」、「役割拡大型」、「葛藤型」、「指導観変容型」、「他者との相互作用型」の5つの意味構築パターンが見られた。意味構築のパターンを生む要因は、実習生の「共生言語としての日本語」教育に対する動機づけ、日本語教育のイメージによる教育観や先入見(Preconception)、今後就くであろう日本語教師の役割意識などが示唆された。
次に実習生の内省レポートを分析した結果、「日本語教授及び日本語教育の学習」、「私的な領域」、「授業」に関して内省を行っている。その中で特に「私的な領域」での経験は、自己の体験と実習理念の相互作用の中で、実習生の問題意識を明確にし、「固有の意味構築」に大きく寄与する。これは、内省モデルにおける「経験的知識」(Wallace 1991)が実習生の意味構築において最も重要な位置を占めることを示唆している。このように、実習生は自分にとって有効な役割を積極的に取捨選択し、その役割にそって固有の意味構築を行い、変容するアクティブな存在であることが明らかになった。
以上のことから、内省モデルに基づく教師教育は、実習生個々人のこれまでの経験を振り返り、揺さ振り、気づきを与え、新たな情報や知識を統合して実習生固有のものとし、創造的でダイナミックなものとして獲得されることが示唆できる。

 

氏名

水口 里香

修了年度

2001年度(2002年1月提出)

修士論文題目

類義語の使い分けに関する研究

−メタ言語知識の役割について−

要旨

(300字以内)

本研究では、日本語学習者の「類義語の使い分け」の実態を明らかにすることを目的とし、日本語母語話者との比較を通して、語彙習得とメタ言語知識という2つの観点から分析を試みた。調査項目には外来語を含む類義語を取り上げ、日本語学習者40名、日本語母語話者94名を被験者とし、類義語に関する多肢選択形式の問いと類義語間の違いについての自由回答法の問いから成る質問紙を用いて、調査を行った。学習者には、フォローアップインタビューも実施した。
 その結果、学習者にとって、外来語をめぐる類義語の使い分けの際、使い分けの基準に関するメタ言語知識が有効であることが示唆された。さらに学習者と母語話者で類義語の使い分けが異なるのは、語の意味境界・意味概念等に違いがあることに起因する可能性が指摘できた。

要旨

(1000字以内)

本研究は、第二言語として日本語を学ぶ学習者の「類義語の使い分け」の実態を明らかにすることを目的とし、語彙習得とメタ言語知識という2つの観点から、分析を試みたものである。
 先行研究によると、第二言語習得研究において語彙習得研究は未開拓な分野であり(Laufer:1991、長友:1998)、その中でも語彙の意味習得に関する研究、類義語習得に関する研究はまだ緒に就いたばかりであるという。それゆえに、研究結果に基いた語彙指導法が提示・実施されておらず、日本語学習者は類義語の使い分けをなかなか理解できない(プレム:1991)。とりわけ、一方の語が外来語である類義語「外来語をめぐる類義語」は、他の語種以上に、複雑な様相がもたらされている(松尾他:1965)という。では、学習者はどのようにして類義語の使い分けができるようになるのであろうか。そこで、近年、第二言語習得研究の分野で注目されつつあるメタ言語知識と言語習得の関係に関する先行研究に当ってみたところ、両者の関係について未だ十分な証拠は提示されておらず、また語彙習得とメタ言語知識の関係を追究した研究はほとんどされていないのである。
 以上を踏まえ、本研究では3つの研究課題を設定した。
@第二言語として日本語を学ぶ学習者の場合、類義語の使い分けにとってメタ言語知識は有効なのか。
A第二言語として日本語を学ぶ学習者の場合、メタ言語知識のほかに、類義語の使い分けに影響を及ぼす要因があるのか。
B外来語をめぐる類義語の使い分けにおいて、日本語母語話者と日本語学習者では、どのような違いがあるのか。
以上の研究課題を追究するために、英語圏学習者20名、中国語圏学習者20名、日本語母語話者94名を被験者とし、外来語をめぐる類義語を調査項目に取り上げ、類義語に関する多肢選択形式の問いと類義語間の違いについての自由回答法の問いから成る調査紙を用い、調査を行った。学習者には、使い分けの基準についてのフォローアップインタビュー、及び日本語能力測定のためのテストも実施した。そして、母語話者群との比較により分析を行った。
 その結果、以下の3点が明らかになった。
@ 第二言語として日本語を学ぶ学習者の場合、外来語をめぐる類義語の使い分けにとって、使い分けの基準に関するメタ言語知識が有効であると示唆された。
A 第二言語として日本語を学ぶ学習者の場合、母語や日本語能力などの違いは、類義語を使い分けできることの十分な説明にはならない。
B 学習者と母語話者とで類義語の使い分けが異なるのは、語の意味境界・意味概念等の認識が異なっていることに起因する可能性が指摘できる。
これらの結果は、「類義語の使い分けにおけるメタ言語知識の役割」と「外来語をめぐる類義語の使い分けに関する日本語母語話者と日本語学習者の共通点・相違点」についての基礎研究に寄与するものと考えられる。また、本研究によって、語彙習得におけるメタ言語知識の役割や第二言語の語彙学習における意味境界・意味概念等の習得の難しさが示されたと言えよう。

修論発表会要旨

【研究動機・目的】
第二言語として日本語を学ぶ学習者は、類義語をどのようにして使い分けているのだろうか。そこで、本研究では「類義語の使い分け」の実態を明らかにすることを目的とし、語彙習得とメタ言語知識という2つの観点から、分析を試みた。
【先行研究】
第二言語習得研究において語彙習得研究は未開拓な分野であり(Laufer:1990、長友:1998)、その中でも語彙の意味習得に関する研究、類義語習得に関する研究はまだ緒に就いたばかりである。それゆえに、研究結果に基いた語彙指導法が提示・実施されておらず、日本語学習者は類義語の使い分けをなかなか理解できない(プレム:1991)。とりわけ、一方の語が外来語である類義語「外来語をめぐる類義語」は、他の語種以上に、複雑な様相がもたらされている(松尾他:1965)という。では、学習者はどのようにして類義語の使い分けができるようになるのであろうか。一般的な日本語能力によるのか、それとも使い分けについて説明できることによるのか。そこで、近年、第二言語習得研究の分野で注目されつつあるメタ言語知識と言語習得の関係に関する先行研究に当ってみたところ、両者の関係について未だ十分な証拠は提示されておらず、また語彙習得とメタ言語知識の関係を追究した研究はほとんどされていないのである。
【研究課題】
@第二言語として日本語を学ぶ学習者の場合、類義語の使い分けにとってメタ言語知識は有効なのか。
A第二言語として日本語を学ぶ学習者の場合、メタ言語知識のほかに、類義語の使い分けに影響を及ぼす要因があるのか。
B外来語をめぐる類義語の使い分けにおいて、日本語母語話者と日本語学習者では、どのような違いがあるのか。
【研究方法】
1. 日本語母語話者を対象とした予備調査により調査語の選定、及び調査紙の作成。
2.本調査の実施。
《対象者》 日本語母語話者(日本人大学生)94名≪=ベースラインデータとして≫
      英語圏日本語学習者20名・中国語圏日本語学習者20名
《材料》@調査紙=類義語の使い分けに関する多肢選択形式の問題(60問)
類義語間の違いについての自由回答法の問い(6問)
A調査紙に対するフォローアップインタビュー  B SPOTを使い、日本語能力のレベル分け  
《分析方法》
母語話者群との比較により分析。(「類義語の使い分け能力」得点 と「メタ言語知識」得点)
【結果】
@第二言語として日本語を学ぶ学習者の場合、外来語をめぐる類義語の使い分けにとって、使い分けの基準に関するメタ言語知識が有効であると示唆された。
A第二言語として日本語を学ぶ学習者の場合、母語や日本語能力などの違いは、類義語を使い分けできることの十分な説明にはならない。
B学習者と母語話者とで類義語の使い分けが異なるのは、語の意味境界・意味概念等の認識が異なっていることに起因する可能性が指摘できる。
【語彙指導法への示唆】
@ 本研究の調査結果からの示唆、及びNagy(1997)などで言及されている「定義重視の教授(definition-based
instruction)」に依拠した指導法、「語彙項目に関するメタ言語知識を提示する方法」を提案。
A日本語学習者の持つ語彙に関する知識の不安定さを認識した語彙指導の重要性。
【主な参考文献】
・プレム モトワニ(1991)「日本語教育のネック‐外来語」『日本語教育』74
・松尾拾、西尾寅弥、田中章夫(1965)『類義語の研究』国立国語研究所報告書28
・松田文子(2000)「日本語学習者による語彙習得−差異化・一般化・典型化の観点から−」『世界の日本語教育』10
・ Han,Y.&Ellis,R.(1998)“Implicit,Explicit Knowledge and general language proficiency.” Language teaching Research 2-1 pp.1-23
・Nagy,W.E.(1997)“On the role of context in first- and second-language vocabulary learning.”
In N.Schmitt.& M,McCarthy.(Eds.) Vocabulary:Description,Acquisition and Pedagogy pp.64-83
・Sorace,A.(1986) “Metalinguistics Knowledge and Language use in Acquisition poor Environments.”
Applied Linguistics6-3 pp.239-254

 

氏名

林 靖宜

修了年度

2001年度(2002年1月提出)

修士論文題目

台湾人日本語学習者による相対自他動詞の習得状況

要旨

(300字以内)

本研究では日本語の相対自他動詞における形態的な対立に焦点を当て、台湾人日本語学習者を対象に、相対自他動詞の習得状況について調査を行った。その結果、以下のような傾向が明らかになり、自他動詞の区別に対する形態的特徴の役割が示された。
(1) 学習者の相対自他動詞の習得状況は、「日本語能力」、「自他動詞の区別方法」及び、「自他動詞の形態的違い」に影響されている。
(2) 日本語能力が上がるにつれ、自他動詞の区別能力も上達する。
(3) 「言語学的方法」(形態・意味)は「非言語学的方法」(記憶・感覚)より自他動詞の区別に有効である。
(4) [-eru]と[-u]の対立による相対自他動詞は、「過剰般化」の傾向が見られたことから、学習者にとって習得が最も困難な項目であり、また習得順序は語の「難易度」に影響されているようである。

要旨

(1000字以内)

 本研究は、日本語の相対自他動詞における形態的な対立に焦点を当て、台湾にいる台湾人日本語学習者103名を対象に、相対自他動詞の習得状況について調査・分析を行ったものである。
 日本語能力測定のためのテストによって対象者を上位群と下位群に分けた。自他動詞テストから得た、[-eru]と[-u]の対立による泓゙動詞/自動詞に[-aru]が含まれる類動詞/他動詞に[-su]が含まれる。類動詞/「.〜。.以外」の「類動詞ごとの正答率及び、自由記述による自他動詞の区別方法に基づいて分析を行った結果、以下のことが示された。
まず、学習者の相対自他動詞の習得状況は、「日本語能力」、「自他動詞の区別方法」及び、「自他動詞の形態的違い」に影響されていることが明らかになった。学習者は日本語能力が上がるにつれて、相対自他動詞の区別能力も上達する。また、[-aru]という特徴を持つ自動詞は日本語能力が低い段階から習得できる項目であり、[-su]という特徴を持つ他動詞はレベルが上がるにつれて習得される可能性がある。
次に、自他動詞の区別方法について、動詞の形態や意味などによる「言語学的方法」は、学習者の記憶や感覚などによる「非言語学的方法」より相対自他動詞の区別に有効であり、言語学的方法は特に[-aru]という特徴を持つ自動詞と[-su]という特徴を持つ他動詞に有効だと考えられる。
自動詞も他動詞もあり、形態から自動詞か他動詞か区別のできない[-eru]と[-u]の対立による相対自他動詞は、習得が最も困難である傾向が見られた。学習者がこの対立の動詞を区別する際、一方の動詞だけに適用できる方法に頼り、適用できない動詞にまでその方法を使用しているという、「過剰般化」の傾向も示された。また[-eru]と[-u]の対立の動詞では、学習者の習得順序は日本語能力試験に準ずる「難易度」に影響され、習得状況に差が現れた。さらに、この対立の相対自他動詞の習得は、日本語及び学習者の母語における動詞の「有標性」と「意味特徴」の異同によって影響されている可能性も考えられる。
以上の結果から、相対自他動詞の区別に対する形態的特徴の役割が示された。また、日本語を指導する際に、動詞の形態的・意味的特徴を応用する方法の有効性も示されたと言えよう。しかしながら、学習者の習得メカニズムを解明するには、縦断的な調査及び、他の母語話者を対象とする研究を重ね、相対自他動詞の習得を多角的に追究する必要が考えられるので、これについては今後の課題としたい。

最終更新日 2003年01月09日