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お茶の水女子大学大学院 人間文化創成科学研究科 比較社会文化学専攻 表象芸術論領域
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表象芸術論領域研究発表会を開催しました。

 去る2009年10月7日、表象芸術論領域では研究発表会を開催しました。
 当日のプログラムおよび発表要旨は下記の通りです。

開催日: 2009年10月7日(水) 18:15〜20:15
会場: 文教育学部2号館110室
プログラム:
発表1: 18:15〜18:55 佐藤 里野氏
「同時性の過剰『true/本当のこと』にみる「いま、ここ」」
発表2: 18:55〜19:35 松岡綾葉氏
「ビデオダンス研究 ―映像化された身体を探る―」
発表3: 19:35〜20:15 黒川真理恵氏
「近世後期上方における音曲物出版の諸相―阿波屋一統を中心に―」

同時性の過剰『true/本当のこと』にみる「いま、ここ」 佐藤 里野

 パフォーマンス・アートは、その一回性、つまり「いま、ここ」のモメントを戦略的に追求しながら歴史的に発展してきたといえる。『true/本当のこと』(川口隆夫、白井剛出演、2007年日本初演)では、筋電センサーなどの多彩なテクノロジーと、ダンサーの身体の動きとを連動させることより、ライヴ・パフォーマンスにおける「いま、ここ」に、同時性の精度の高さという面からアプローチしているように見える。しかし、本発表では、『true』にみられる同時性を、単に「いま、ここ」の感覚を活性化するための装置ではなく、逆にそれを異化するものとして解釈し、そのような同時性の概念と、スペクテーターシップ(観客性)との関係を検証することを試みる。発表前半では、『true』で用いられているテクノロジーと、ライヴ・パフォーマンスで実際に観客に知覚される現象との関係を分析し、「同時性」というパースペクティヴから、知覚可能なものと知覚不可能なもの、「リアル」なものと「フェイクなもの」がパフォーマンスにおいてどのように相互作用しているのかを考察する。そのうえで、『true』における同時性のプロジェクトが、単に舞台上で起こっていることと観客とをリアルタイムにリンクさせるというよりも、むしろ「同時性」という概念そのものの虚構性や不可能性を示唆するものであることを明らかにする。続いて後半部では、前半部で論じられた「同時性」の問題を、パフォーマンス研究との関連においてどのように発展させることができるのかを考察する。ここでは、ハイデガーとベルクソンから、「時間」と「空間」に関する哲学的な概念を参照し、それらの概念と、パフォーマンスにおける「いま」という時間の在り方の認識とを接続させながら、『true』の同時性をあらためて検証する。その中でとくに、「いま」という時間の捉え方と、「身体」との関係に着目し、「同時性」の問題と「身体」の問題に関連性を持たせつつ、二つの問題が交差するところで、パフォーマンスする「身体」や「時間」の概念が複雑化される新たな可能性を論じることを試みる。このような新たな認識は、パフォーマンスする身体そのものだけでなく、その身体と時と空間を共有する観客によって初めて成り立つものである。そこで発表の最後では、ベルクソンの「持続」と「同時性」の概念から批評的なスペクテーターシップの在り方を考察し、『true』のライヴ・パフォーマンスにおいて、現象として「知覚されるもの」と「知覚されないもの」との間でスペクテーターシップが担っている重要な役割を指摘する。以上の3つの観点から、『true』という作品を通して、今日、パフォーマンス研究において「同時性」の問題を取り上げる意義について検証することが本発表の目的である。

ビデオダンス研究 ―映像化された身体を探る― 松岡綾葉

 ダンスの映像作品であるビデオダンス(video dance)という表現形態は、ポストモダンダンスの隆盛の中で生まれ、近年なお目覚しい発展を遂げている。本研究においては、映像化された舞踊の持つ新たな方向性に着目し、映像中において身体とその動きがどのように描かれ、捉えられているか作品分析による考察を行う。分析対象にはイギリスのダンスカンパニーDV8 Physical Theatreのビデオダンス作品"The Cost of Living"(2003)を用いた。ビデオダンスとはどのような作品なのか定義を踏まえた上で、作品分析によって映像化された身体の特徴を考察し、舞踊表現の可能性の一つを探ることを目的とする。ビデオダンスは、映像というフレームの向こうの遠心的空間が持つ様々な可能性から、ビデオダンスはしばしば"new art form"と呼ばれ、ダンスでもない、映像でもない、新たな芸術ジャンルの一つとして位置づけられている。また、アメリカのビデオダンス作家・研究者であるK.Pearlmanによると、ビデオダンスを構成する要素として「ダンス」「映画」「ヴィジュアルアート」があり、ビデオダンス作品には各要素のいずれかが主体となっているという。これらの先行研究から本研究ではビデオダンスを「映像とダンスによる創造的な芸術作品」と捉え、そこに身体が介在するものと限定する。以下、分析による考察から映像化された身体の特徴について述べる。"The Cost of Living"は、Pearlmanのいう「映画」の要素が主であり、ダンスの要素を除けば本作品は映画そのものである。映画の中の身体とは物語を語る媒体であり、身体の動きはすべて物語に関連しているものである。ところが、本作品においては物語のための身体にダンスの要素が加わる。そのダンスとは、@物語を補足し説明的なもの、A物語の表面的な筋に沿っておらずあえて深い解釈を必要とする逆説的なもの、B物語とは関係がなく、身体の面白さだけを表現したものの3つに大別される。このように物語と踊る身体との関係性によって、観客は「映画を見ているような、ダンスを見ているような」(飯名直人,2007) 二重の知覚を得ることができると考える。次に、カメラアングルや編集技術によって、身体は意図的に操作され、身体の見え方や質感は変容し、観客に新たな視座をもたらす。このことにより、操作された身体は、観客に作品世界への没入感を与えてくれると考えられる。つまり、観客との間に常に一定の距離と客観性のある舞台作品に比べ、ビデオダンスは観客を主体的に作品に巻き込むことができるのである。最後に、撮影ロケーションによって、日常性を追求し、よりリアルな空間を作ることができる。つまり、踊る身体の背景に見える日常性が作品世界に対する想像力を高めてくれるのである。カメラや編集による映像効果とも相まって、このような空間の演出効果は踊る身体にさらなる解釈をもたらすものと考えられる。

近世後期上方における音曲物出版の諸相 ―阿波屋一統を中心に― 黒川 真理恵

 江戸時代、三都(京・大坂・江戸)では、音曲物の詞章本が数多く出版された。詞章本とは、音曲の歌詞を記した版本のことで、曲節譜や三味線の調弦法が併記されているものもある。浄瑠璃、義太夫節、長唄、地歌、流行歌など、種目ごとに定型の書式がある。江戸時代後期になると、稽古事として音曲を習う人々が増え、詞章本は教習用としてますます出版されるようになった。
 詞章本の出版システムは、近年の研究により解明されつつある。詞章本は通常、音曲の種目ごとに、ある特定の版元から出版された。劇場音楽の場合は、その音曲が上演された芝居小屋と版元が専属関係を結び、その版元から出版されることが多かった。それに対し、劇場で上演されることのない音曲の場合は、その種目の家元と版元が提携関係を結び、そこから出版されることが多かった。
 上方で音曲物や草紙物を扱っていた版元に、阿波屋という版元がいる。阿波屋の屋号を名乗る版元は複数存在した。大坂の阿波屋平八・阿波屋太三郎・阿波屋平七・阿波屋文蔵、京都の阿波屋七兵衛・阿波屋定次郎などである。おおよその活動年代は、版本および本屋仲間記録によると次の通りである。平八・太三郎・平七が宝暦〜安永期(1760〜1770年代)、定次郎が安永〜天保期(1770〜1840年代)、文蔵が安永〜明治初期(1770〜1870年代)である。
 宝暦〜安永期頃の阿波屋は、宮薗節と義太夫節の詞章本を主に出版していた。宮薗節は、劇場で上演される機会は少なかったとされる。阿波屋平七や定次郎は、宮薗節の太夫の宮薗鸞鳳軒と提携関係にあり、詞章本の目次や奥付には「鸞鳳軒直伝」と表記していた。また、定次郎は、文化・文政・天保期に流行歌の詞章本を数多く出版した。流行歌の題材はさまざまで、当時上演されていた芝居や役者を描いたものもある。
 阿波屋の版本には、奥付の書式や商標などいくつかの共通点がある。それらの共通点は、京・大坂両方の阿波屋にみられ、年代を超えて継承されているものもある。本発表では、阿波屋の版本にみられる共通点を図示するとともに、音曲物出版における阿波屋のネットワークについて指摘したいと思う。

(参考文献・著者五十音順)
 大阪府立中之島図書館(編)1975〜1993年『大坂本屋仲間記録』第1〜18巻 大阪:大阪府立中之島図書館.
 竹内道敬 1989年『近世邦楽研究ノート』東京:名著刊行会.
 竹内道敬 1998年『近世邦楽考』東京:南窓社.
 竹内有一(編)2008年『詞章本の世界―近世のうた本・浄瑠璃本の出版事情―』京都市立芸術大学日本伝統音楽研究センター.
 根岸正海 2002年『宮古路節の研究』東京:南窓社.
 宗政五十緒;朝倉治彦(編)1977〜1980年『京都書林仲間記録』第1〜6巻 東京:ゆまに書房.


表象芸術論領域研究発表会担当 猪崎弥生 中村美奈子

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